M.M 春に生きれば




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 6 - 69 〜1 2019/5/31
作品ページ サークルページ

完全版



<作品に込められたメッセージ、それを一人ひとりが考え見つける事が物語の終焉になります。>

 この「春に生きれば」という作品は、同人サークルである「Snow Ground」で制作されたビジュアルノベルです。Snow Groundさんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。切っ掛けはCOMITIA128にて同人ゲームサークルを巡った事でした。COMITIAは他の即売会と比較しビジュアルノベルサークルさんの割合が多いです。数で言えばコミケには遠く及びませんが、それ以外の即売会では10もいないに対してCOMITIAでは20近くもあります。加えて体験版などではない完成されている作品が殆どで、私自身予想以上に新しい作品を手に取る事が出来てとても嬉しく思ってました。今回レビューしている「春に生きれば」もそんなCOMITIAで見つける事が出来た作品です。どこか物悲しいパッケージの表紙と哲学的な問いを投げかける裏面のジャケットにそそられました。きっとこの作品のテーマは自分で見つけるしかないんだろうな、そんな予感と共にプレイ始めました。

 舞台は「冷酷な春」と呼ばれる現象が蹂躙している世界です。この世界において、人間は「静止する」事が許されません。静止してしまった人間は人柱と呼ばれる動かない存在になってしまいます。ですが、ずっと動き続ける事が出来る人間などおりません。次々に人々は人柱になってしまい、気が付けば主人公であるケメルとヒロインであるミオンの2人だけが取り残されてしまいました。ケメルは自分の事を良く分かっておりません。どうして自分は静止せず動き続ける事が出来るのか、いつどこでミオンと出会ったのか、そしてこの冷酷な春の中で何を目指して生きていけば良いのか、そんな事をぐるぐると考え続けるのです。答えなどあるかも分からないこの世界ですが、ミオンと共に世界を巡る事でやがてたどり着く場所がありました。そんな、終末感漂う世界の中で自分の生きる意味を見つける物語が幕を開けるのです。

 プレイし終わって、非常にメッセージ性の強い作品だと思いました。世界設定は多くは語られず、プレイヤーは世界の謎と登場人物の心理描写を探りながらプレイする事になります。大切なのは、全ての事実を解明する事よりも登場人物がこの不思議な世界の中で何を目指すのかを想像し考える事です。静止しなければ人柱になってしまう、そもそも人は何故静止してはいけないのでしょうか?逆に言えば、静止しないで動き続ける事が出来るのはそんなに素晴らしい事なのでしょうか?逆に異質に思いませんか?同じような葛藤をケメルも抱えます。人間らしさとは何か、永遠とは何か、変わるとは何か、そんな漠然とした問いに対して自分なりの答えと登場人物達の答えを照らし合わせてみて下さい。そのメッセージを感じる事が出来た時が、きっと物語の終わりの時だと思います。

 システム面は冷酷な春の世界観を彷彿させるような穏やかで静かな雰囲気になっております。テキストウィンドウの表示や場面転換もゆっくりで、急いでクリックする事に意味を持たせません。また、BGMや背景はフリー素材などを多く使用しておりますが、そのどれもが雰囲気に合っておりやかましい楽曲や派手な背景は一つもありません。全体としてこの冷酷な春という世界を演出する工夫がされております。プレイする上でのストレスも特にありませんし、まずはこの作品の温度感という物を感じてみるのが良いと思います。他の特徴としまして、セーブ機能がありません。代わりに、物語を細かく区切った章単位で栞を設け、そこからロードして始める事が出来ます。かなり細かな区切りですのでセーブ機能がなくても特に違和感はありませんでした。こういった手法も効果的だと思います。

 プレイ時間は私で1時間10分でした。この作品には選択肢が比較的多くあります。ですが物語の全体の流れに影響を与えるものではありません。セーブ機能も無い事ですので。フラグなど考えず自分が思ったまま考えたまま選んでみるのが良いです。敢えてそういう選択肢を用意しているとも言えます。1時間10分という比較的短いプレイ時間でしたが、体感的には2時間位プレイしている感覚でした。それだけこの冷酷な春の世界観に没頭し、登場人物の心理描写に迫ろうとした結果なのだと思います。是非、腰を据えて周りの余計な情報をシャットダウンしてプレイしてみて下さい。きっと、人生観に関わる何か大切なものが見つかると思います。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<家族がいれば前に進める、それが分かった瞬間が永遠の終わりの瞬間でした。>

 非常に不思議な世界の物語でした。冷酷な春の意味も分からず、ケメルの存在も分からず、ただ何も変化のない世界を歩き続けるだけの作品なのかなと思ってました。ですがそんな事はありませんでした。永遠など存在しない、存在するのは家族だけなのかも知れません。

 人工進化身体計画の果てに永久身体となって生まれたケメルとミオン、お腹がすく事もなく疲れる事もなく死ぬ事もなく生きていける存在でした。人によっては羨ましいとすら思えるかも知れません。生き物は、全て生きているから須らく死に支配されていると思います。死ぬのは怖い、死んだら全て終わり、だからこそ生き物は限りある生を生きようとするのだと思いますし、自分が生きている証を残そうとするのだと思います。どんな形でも構わない、どこかに自分が生きていたという軌跡が残せればそれが幸せな人生なのかも知れません。

 だからこそ、永久身体になってしまったケメルとミオンは生きる意味を失ってしまいました。何を言っても聞こえない、どれだけ前を遮っても見えない、触っても感じない体になってました。何故なら、聴く必要も見る必要も触る必要も無いからです。何をしてもしなくても死ぬ事はない、永遠の生を手に入れてしまうという事はそういう事なんだなと思いました。これが恐らくケメルがカノンに気付けなかった理由だと思います。ずっとケメルの傍にいたカノン、それでもそんなカノンの存在に一切気付けなかったケメル、この2人はこのまま一生すれ違いのままに終わるのかなとすら思いました。

 ですがそんな事はありませんでした。何故なら、ケメルとミオンは家族になれたからです。この作品において、永遠と同時に家族という言葉も大切になります。家族とはどのような存在でしょうか?血のつながった存在でしょうか?恋人の事でしょうか?もちろんそれも家族でしょうが、一番大切なのはいつまでも傍にいると信じる事が出来る存在だと思っております。ミオンはケメルに家族になってくれますかと言ってくれました。そしてその言葉にケメルは答えました。この瞬間から、ケメルの永遠とも思える時間は終わり、前に進む時間が動き始めたのかも知れません。

 この作品には解説が付いております。ですが、私は解説は殆ど読んでおりません。解説を読まなければ理解できない物語は物語ではないと考えているからです。それでも、事実関係が分からないと流石に何を言いたい作品のか分からないのでその部分だけは読みました。解説は、必要の都度で良いかなと思っております。それでも、永遠や家族を語っている作品だなという気持ちは変わりませんでした。世界の全てを知っているミオン、そんな彼女に会う旅に出たケメルとカノン、きっとその先にプレイヤーであるあなたとの出会いも待っているのかも知れません。冷酷な春という止まれない世界の中で、永遠と家族の意味を探る物語を楽しませて頂きました。ありがとうございました。


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