M.M LIKE LIE CRY




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 6 - 77 9〜10 2014/6/10
作品ページ サークルページ



<主人公をはじめ登場人物達の荒削りな心の揺れ動きを受け止めて欲しいですね>

 この「LIKE LIE CRY」という作品は同人サークルである「CINQ SYNCH」で制作されたビジュアルノベルです。CINQ SYNCHさんと初めてお会いしたのはC85で島サークルを回っている時でして、その時は他の島サークルで買ったビジュアルノベルの1つ程度の認識でした。その後Twitterや幾つかのレビューサイトの中でよく名前を見る機会があり、評判が良いということでプレイするに至りました。感想ですが、思春期の男女の心の揺れ動きやすれ違いの描写が丁寧で誰もが経験したことがあるであろう思い出が蘇ってきました。

 主人公である牧野久司はこの春大学進学を切っ掛けにかつて住んでいた街である椎名町に帰ってきました。久司は小学校の時までこの街に住んでおりました。そこで1人の女の子に恋をしたのですが、小学生という事で小さなプライドやつまらないいじめなどがありその女の子と後味の悪い別れをしてしまいます。素直になれなかった負い目や周りと協調できなかった自分の性格等を省みて、引越し先では思慮深い性格で楽しい中学・高校生活を送ることが出来ました。そんな久司が再びこの椎名町に帰ってきた理由、それはかつて辛い経験をしたこの街で新しい人間関係を作り過去のトラウマを克服する為でした。新しい生活に新しい出会いは久司の人生にどのような転機をもたらすのか、若く切ない物語が幕を開けます。

 この作品の最大の見所は主人公である久司の心の成長です。久司は過去の恋愛で苦い経験を味わった事もあり、性格的にどうしても一線を引くといいますか周りに合わせるといった感じで大人しい印象を受けると思います。それは勿論間違っていることではなくむしろ当たり前の行動だと思います。ですが果たしてその性格は本当に周りの事を思って行っているのでしょうか、それとも過去の苦い経験を味わいたくないが為に距離をあけているのでしょうか。自分の振る舞いについてほとんど無自覚的に行っている久司はこの街で自分の行動について省みることになります。最終的に久司が出す答えは何なのか、是非プレイヤーの皆さんも出来るだけ久司の気持ちに寄り添って見届けて欲しいですね。

 そして久司がこの街で新たに出会う友人達のキャラクターもまた目を離せないですね。ヒロインは全部で4人いて彼女たちの性格はシナリオを読んでいけば勿論理解できるのですが、ヒロイン以上に男の友人達が大変いい味を出しております。気さくな奴もいれば根暗な奴もいて如何にも大学生らしいキャラクターだと思いました。この辺りのリアルさもまたこの作品の魅力であり、より久司の心の底を突っついてくれます。どのルートに行っても全てのキャラクターが関わってきて、個別ルートに入ったら他のヒロインは登場しない様なよくある単純なボーイミーツガールとは違う一線を画したシナリオになっております。時には恋愛・友情・願望などとにかく悩むシナリオが待っているかも知れません。そんな時は信頼できる男友達の言葉を聞きながら解決していくのもまた手だと思いますね。

 プレイ時間的には私で10時間程度掛かりました。ここで注意ですが、私は一度読んだ文章は既読スキップで飛ばすのですがこの既読スキップが上手く機能しませんでした。まだ読んでいない文章も平気で飛ばしてしまいますので、2周目まではスキップせず全体の流れを把握した方が良いと思います。個別ルートに入るのは難しくはなく一度ルートに入ってしまえばもう選択肢はありませんので、スキップするタイミングはすぐ掴めると思います。後はBGMが場面場面で有効的な役割を果たしております。主人公の心情に合わせてバサっと変わりますのでプレイ中は何度も「おっ?」と手が止まりましたね。その為特にED付近のBGMの変化はかなり拘っており見所であります。全体として多少荒削りな印象ではありましたが、その荒削り具合もまた主人公の揺れ動く気持ちの表れに思えました。時には辛い場面もあるかと思いますが、主人公と一緒に最後までテキストを読んで頂ければと思います。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<相手を信頼し相手を信頼した自分の気持ちを信頼する事、それが自分の気持ちを曝け出せる唯一の方法>

 …果たしてこの主人公に対して何人のプレイヤーが共感できたのでしょうか。ここまで頭の中だけでウダウダ考えて行動に移せない主人公が他にいたでしょうか。普通ビジュアルノベルの主人公はその圧倒的なコミュニケーション能力で課題の解決へ突き進む存在のはずです。それこそ「主人公補正」という言葉を生むほどです。ですがこの主人公はもう傍から見たらイライラが募る程のコミュ障で、よくもまあ周りの人はこんな奴を慕ったり好きになったりしたものです。ですが最後までプレイし終わって一日時間を開けて改めて思い返し、その疑問に対して1つの答えが出ました。この主人公に対するイライラの原因、それは他ならぬ私自身の過去の経験そのものを繰り返しているからでした。

 この作品の中で私が一番心に刺さった言葉は「俺の隣はさぞ居心地悪いだろう?」でした。こんな言葉、よくもまあビジュアルノベルの中で引きずり出せたものだと思いますね。元々自分自身のつまらない性格を周りに知られたくない主人公ですので、当然そんな気持ちを押し隠し周りに合わせて言葉を選び振る舞います。そういう意味で自分から本心で言葉を発せないためどうしても話を降るまで思考するタイムラグが生じ、その為に啓太とかに話の主導権を握られてました。そしてそんな自分に気づいていながらもどうしようもないと諦める訳ですが、諦めるだけでは飽き足らずそんな自分の振る舞いを正当化までし始めました。

「自分の本当の姿を見せたくない」→「本音を言えない」→「言葉を選ぶ」→「時間がかかる」→「話が弾まない」

そしてここから更に、

→「自分はコミュ障だ」→「周りもそう思っているだろう」→「こんな自分と付き合ってもつまらないだろう?」

そして最終的に、

「俺の隣はさぞ居心地悪いだろう?」

ですよ。どれだけ卑屈でネガティブな奴なんでしょうね。こんな性格なのに自分は変わったんだとかとか言って、そしてちょっと壁にぶつかったら自分は変わってなかったんだと諦めて、流石にイライラしましたよ。はっきり言ってバッドエンドしか見えませんでしたしむしろバッドエンドになったほうが良いんじゃないかと思うほどでした。

 ですが、ここまで主人公をコケにしておきながらこの思考の流れには私自身とても共感できるんですよね。何故なら同じことを私も思った事があるからです。こういう思考の流れって、恐らく過去にいじめられたりとか失恋したとかで絶対的に人から嫌われたくないという想いを抱いた人がするのだと思います。新しい環境で出来た人間関係、それは掛け替えのないものであり絶対に失いたくないものです。それこそ自分の気持ちなんてどうでもいいんです。自分を殺して最大限周りに合わせてでも失いたくないんです。それでも自分の本当の気持ちをさらけ出したいという思いも同時に持っており、このぶつかり合いが歪んだ結果この卑屈な思考回路になるんだと思います。

 よく「本音をさらけ出せよ!」というセリフをビジュアルノベルのみならず現実世界でも聞きますけど、それは無理なんです。本音を曝け出した結果周りとの距離が離れたら、それはもう終わりだからです。本音を曝け出せるとすれば、もう「私は何があってもあなたを裏切りません」と契約書でも書かせないとダメなんです。絶対に嫌われない保証が無い限り、こういう思考をする人は自分の本音を曝け出せないんだと思います。いやいや、小学校や中学校で行われる心無いいじめってかなり罪深いと思いますよ。それがトラウマになって卑屈になった人って五万といると思いますね。

 じゃあこういう人ってどうやったら本音をさらけ出せるのでしょうか。実はその答えもこの作品中に書かれておりました。書かれていたというよりは、初めから提示されてました。それが友達の存在です。啓太も亮も本当にいい奴で、心の底から久司の事を心配してました。ヒロインである4人も未来と一緒にいる正治もまた本当に優しく主人公を心から信頼してました。久司はきっと「こいつらだったら自分の事を信頼してくれるから、自分の汚いところを出してもいいんだ」と思えたのでしょうね。信頼できる友達が見つかること、それが本音を言える唯一の方法かもしれません。同時にどの登場人物も少なからず主人公と似たような考えも持ってました。他人を信頼しない、自分の優先順位なんて最後、とにかく周りに合わせる、相手の気持ちを確認するのは怖い、表向きは可愛いヒロインでも心の中は結構ドロドロでした。

 案外人間なんてそんなものだと思います。完璧な人間なんていませんし、多かれ少なかれ久司みたいな思考は誰でも頭を巡ると思いますね。逆に言えば誰でもこういう気持ちを持っているのだから、もっと相手に寛容になれば良いんじゃないかなと思いました。たまに気に障ることを言っても一々気にしない事です。どうしても気にしたら相手に指摘してやればいいんです。そんな事を繰り返していれば、自然と本音を話せる間柄になっていると思います。今作の登場人物は皆あまりにも良い奴でここまで理想的な人には出会えないとは思いますが、ちょっと相手を認めてちょっと自分の本音も漏らすような、そんなところから人間関係は作られるのかなと思いました。


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