M.M 虚無に揺蕩う祷り




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 7 - 80 4〜6 2020/12/29
作品ページ サークルページ



<ミステリーではありますが、それ以上に登場人物達のキャラクターと人間関係を注視して欲しいです。>

 この「虚無に揺蕩う祷り」という作品は同人サークルである「憑霊」で制作されたビジュアルノベルです。憑霊さんの作品をプレイしたのは今作が初めてで、触れた切っ掛けはCOMITIA134で島サークルを回っていた時でした。COMITIA134が開催された2020/11/23はコロナ禍の真っ最中であり、様々なイベントが制限された時期でした。それでも中小規模の即売会は徐々に再開し始め、COMITIAも今回のCOMITIA134が久しぶりの再開でした。ですが参加サークル数は従来の半分以下となり、必然的にビジュアルノベルを頒布するサークルさんも少なくなっております。そんな中でも作品を頒布するサークルさんがいるという事で、どんな出会いがあるのか楽しみに参加しました。今回レビューしている「虚無に揺蕩う祷り」もまたそうしたCOMITIA134で入手したビジュアルノベルです。暗い背景に佇む全裸の女性の姿が強烈にイメージを与えてくれました。どうやらミステリーの様で、そのようなシナリオが待っているのか素直に興味を持ちプレイし始めました。

 主人公である二ツ森勝巳は普通の高校生です。幼馴染の阿由葉芽衣乃を始め同じ学年のメンバーと当たり前の日常を送っておりました。勝巳は元々心臓に病気を持っており、それが故に消極的な性格で友達は決して多くはありません。それでも、持ち前の優しさから勝巳を慕う人は少なからずおります。そしてこの夏休み、勝巳の姉である二ツ森綾の知り合いが使っている山奥の洋館を借りて余暇を過ごす事になりました。クラスメイト達との非日常的な日常、そんな夏休みの1ページになるはずでした。ですが、洋館に到着したその日の夜に1人の少女が死んでしまいます。ここから、楽しいはずの余暇が疑心暗鬼に満ちたものに変わってしまいました。何故少女は死んでしまったのか。一度は自殺として整理したはずなのに不安が払拭されない雰囲気、帰りたいのに退路が断たれた状況、そんな中で人間模様がリアルに描かれる物語が展開されていきます。

 この作品はミステリーです。主人公たちは抜け出す事が出来ない洋館の中で、どこかにいる筈の殺人鬼を探す事になります。あらすじではどこにも殺人という言葉は出ておりませんが、1人の少女が死んでそれが自殺で終わってしまったらそれで物語が終わってしまいます。何よりもミステリーですので、プレイヤーは主人公たちと一緒にこの事件の真相を探っていきます。ですが、この作品の根底にあるのは登場人物達の会話の積み重ねにあると思います。この作品、目的の洋館に行くまでに比較的長い時間学校での日常生活を描いております。ともすれば無駄とも言えてしまう描写ですが、こうした当たり前の日常を長い時間描く事で各登場人物のキャラクターや人間関係を理解する事が出来ます。これがあると無いとでは思い入れが全然変わってきますね。ミステリーであると同時に人間模様を描いたドラマでもありますので、是非その両面からこの作品を見てみて下さい。

 また個人的に感心した事に、製作者が非常に豊富な語彙を持っている事が挙げられます。読んでいて気付いたのですが、この作品は単語に対して振り仮名が非常に多いです。そして、振り仮名が降っている単語は私がこれまでプレイして来たビジュアルノベルでは殆ど見る事が出来ない言葉ばかりでした。言ってしまえば、一見して意味が分からない慣れていない単語が多かったという事です。例を挙げれば、沈思(ちんし)、馥郁(ふくいく)、佇立(ちょりつ)、浅見(せんけん)、津些(つゆいささ)、森閑(しんかん)といった感じです。勿論、単純に私の勉強不足だと思いますしもしかしたら当たり前に知っている単語なのかも知れません。それでも、私としては製作者の語彙力に感服してしまったのは事実です。折角のミステリーですので、是非分からない単語は辞書で調べながら読み進めてみては如何でしょうか。

 他の点として、BGMは数こそ少ないものの場面の情景をよく表現しております。極端に変化する事は無く、1場面に1BGMをずっと流す感じでした。背景については、一部フリー素材でありながらも舞台となる洋館付近については写真を加工したものが使用されており実際にモチーフがある事を伺わせます。そして、テキストはウィンドウモードと縦書きを使い分けておりました。会話中心の場面はウィンドウモード、場面のザックリとした説明の時は縦書きという印象です。そして、ミステリーらしく洋館の見取り図があったり調査メモがあったりと推理欲を掻き立てる演出もありました。全体として作品の雰囲気にプレイヤーを持って行く事に重点が置かれており、良く吟味され計算されていると思いました。

 プレイ時間は私で4時間40分程度掛かりました。選択肢はほぼなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。この作品はミステリーですが、あくまで物語として進んでいきますのでプレイヤーが謎を解かなければ先に進めないという事はありません。それでも、折角のミステリーですので色々と想像して気になった点はメモを取りながら進めて頂ければ楽しいと思います。犯人は誰なのか、そして何が目的なのか、殺人のトリックはどのようなものか、色々と考えさせる素材は抱負ですので退屈する事は無いと思います。正解しても不正解でも、自分が考えれば考えるだけ満足感が増えると思います。どうせなら正解を目指してみて欲しいですね。非常に没頭させる時間でした。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<願わくば、全員来生では幸せになって欲しいと思いますね。>

 いやーまさかこんな終わり方になるとは思ってもみませんでした。精々2〜3人程度殺されてそして犯人が暴かれる展開かと思いました。まさか全員死亡エンドになるとは恐れ入りました。そして、犯人である綾の身勝手な理由とそれ以上に仲の良い勝巳とそのクラスメイトの様子に少しホッとしました。

 まずは私自身の正答率ですが、50%といった感じでした。マスターキーを複製したのは予想通りでしたが、それをペットボトルの中に隠していたとは思ってもみませんでした。精々誰にも知られない所にマスターキーを隠していた程度かと思いました。これで最後に勝巳が見かけたプラスチックの欠片の正体が分かりました。そして缶詰めについては当たりました。これはどう考えても事前に仕込むしかないと思いました。そして、綾が台所を管理している以上自由に配置できるんだろうなとは思ってました。交換日記については驚きましたね、持ち物の中で何か浮いているなーとは思いましたがそういう使い方だったんですね。精々、綾が頑張って芽衣乃に文字を似せた程度かと思ってました。同じく書斎でのソーイングセットを使用したトリックは分かりませんでした。改めてみれば、書斎とほぼ同じ間取りのバルコニーがヒントだったんですね。そして換気口と葵が殺された場所が一直線という事もヒントだったんですね。よくもまあ、これだけ手に込んだ殺人をやりましたよ。本当に弟の事が好きだったんですね。

 ですが、この作品は綾の異常性に限らず全体として色恋の要素が表に出た作品だと思いました。元々勝巳の事を好いていた芽衣乃・鈴蘭・春霞でしたが、今回の洋館での余暇という非日常的環境でその気持ちが溢れていきました。普段大人しい鈴蘭ですが、勝巳と2人っきりの時に気持ちを確かめるような素振りを見せました。芽衣乃は、鈴蘭が死んでしまったという極限状態で勝巳に告白し結ばれました。春霞は勝巳と芽衣乃が結ばれた事を知った上で勝巳に迫りました。健二も普段は冷静なのだと思いますけど、この極限状態の中で想い人の葵を失い自暴自棄になってしまってました。非日常的環境や極限的環境が、彼女たちの生存本能を刺激したのかなと思っております。まあ、それ以上に姉である綾の異常性が際立ってましたけどね。勝巳の身の回りの女の子達を殺したからと言って、その気持ちが自分に向くとは限らないのに。

 後は、エンディングを迎えてからの推理パートへの持って行き方に驚きました。プレイヤーに対して丁寧に状況を整理してくれただけではなく、また勝巳たち同級生の普段通りの会話も見る事が出来たのですから。本当、どこまで行っても皆マイペースで楽しそうだなと思いました。正直、あのフリー入力画面を正解しないと真のエンディングには行けないのではないかと思いましたが、そんな事はありませんでしたね。大切な事は、彼らと一緒にこの一連の事件を考える事でした。たとえそれが間違っていたも正しくても、どれだけ彼らに寄り添う事が出来たかが大切だったんだなと思っております。それは、彼らのセリフに現れてますね。一緒に考えてくれるだけで嬉しかった、そんな風に言ってくれてこちらもホッとしました。

 そして、その後に一度アプリが終了してこれで終わりかと思ったら、最後の最後でネタ晴らしが待ってました。綾が書き記した青い手帳、そこには綾の普通ではない愛憎と身勝手な計画の全てが書かれておりました。この作品、本当に図や表を使って視覚的に状況を教えてくれるのが親切ですね。特に、葵を殺したトリックについては図示しないと絶対に分かりませんね。そして、勝巳を含めた全員を殺して綾はこれからどうするんですかね。何よりも、どうして母親すらも殺したんですかね。まるで何か悪霊の様なよくないものに取りつかれた、そんな印象を受けました。綾に待っているのは茨の道、人を殺した報いを受けなければいけませんね。結果として何も残る事はありませんでした。綾のちっぽけ自尊心を満足させ、そしてそれがまた枯れてしまっておしまいです。とても虚しいと思ってしまいました。

 全体的に振り返って、ミステリーとして本格的だなと思いました。トリックもかなり難しかったですし、与えられた材料から正解に導くのはひらめきと発想と想像力が必要でした。そして、登場人物達全員に感情があり物語があったのが良かったと思います。最後に全員が仲良さそうにしていた様子に救われました。そんな風に、ちゃんとプレイヤーも巻き込んで展開してくれた所が嬉しかったですね。後味が悪いようでそんな事も無い、そんな不思議な読後感に浸る事が出来ました。本当、願わくば全員来生では幸せになって欲しいと思いますね。ありがとうございました。


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