M.M 狂痛忌 -all in all is all we are-




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 6 5 73 2〜3 2018/2/17
作品ページ(無し) サークルページ



<先の見えない怖さと想像を超えた人間性を、まずは最後までプレイして感じてみて下さい。>

 この「狂痛忌 -all in all is all we are-(読み方はクルイタイム)」は同人ゲームサークルである「F.T.W.」で制作されたビジュアルノベルです。F.T.W.さんの作品は過去に「黒白痴」「死埋葬」「柘榴草紙」「サンダガ!! -HONEY'S END SUPERNOVA-」の4作品をプレイさせて頂きました。イメージ的に狂気や死生観を取り扱った作品を作るサークルさんだと思っているのですが、上記のサンダガのようなドタバタ学園コメディも作られており、作風の幅の広さを感じております。またビジュアルノベルとは別にボイスドラマの方も幾つか制作されており、ビジュアルノベルに捕らわれない様々なジャンルの作品を作られております。今回レビューしている「狂痛忌 -all in all is all we are-」は、私にとってはいつものF.T.W.さんという感じですね。漢字と読みにとんちを聞かせたタイトルも健在です。唯では終わらないシナリオを期待してプレイし始めました。

 主人公である藤原小鳥は、5月を迎えたある春の日にクラスメイトである戸高紋から告白されました。ですが、藤原小鳥はその告白を断るのです。決して戸高紋の事が嫌いなわけではありません。それでも、自分の中の確固たる理由に沿って断りました。ですが、事態は思わぬ方向へと向かいます。告白されたその翌日、戸高紋は帰らぬ人となったのです。犯人は不明、ですが最近主人公たちが住んでいる由野市では連続殺人が起きておりました。その共通点は、無差別殺人である事、被害者の損壊状況が酷いという事があります。戸高紋もまた同様の殺され方をしておりました。そこで、戸高紋と仲が良かった藤原小鳥・天川龍記・服部友近・仙堂真の4人は連続殺人犯を探すことにしたのです。期限は戸高紋の四十九日まで。その調査の果てに待っている結末は何なのでしょうか。

 F.T.W.さんが送る狂気、その魅力は先の見えない怖さと人間の本質を歪ませるキャラクターのつくり方にあると思っております。日々の生活において、殺人に関わる人はほんのひと握りだと思います。ですが、世の中には確実に存在していて、殺人を犯す人と犯される人がいるのです。彼らは殺人を通してどのような気持ちになるのでしょうか。それは、直接本人に訊くしか方法がありません。何故なら想像できないからです。経験できないものを理解するには、自分で経験するか経験した人から話を訊くしかありませんからね。そして、その先に待っているのは常識では考えられない返答かも知れません。自分の想像を超えた何かかも知れません。ですが、それが真実であり現実です。この作品では、そんな常識を超え人間の本質を超えたキャラクターを見る事が出来ます。あなたがどう思おうともこれが真実なのです。まずは、物語を真っ直ぐに最後まで味わいましょう。色々考えるのは、そこから先の作業になります。

 その他の特徴として、この作品は主人公や脇役も含めフルボイスとなっております。同人ビジュアルノベルにおいて、フルボイスの作品は本当に少ないです。それだけボイスを当てるという事は大変なのだと思います。何しろ「文章 + 音 + 絵」がある上で「声」が加わるのですから。ですがそのおかげでよりキャラクターに愛着が湧きました。この子はこんな透明な声なんだな、この子はこんなに声が低かったんだな、この子は想像通りだな、そんな事を思いながら読ませて頂きました。他にも効果音に臨場感があります。この作品は狂気をテーマとしているに加えて、体と体がぶつかり合うバトルシーンが存在します。ムービーの様な演出がある訳ではありませんが、お互いの立ち位置が分かりやすく先の展開が気になるテキストは魅力的でした。そしてそんなバトルシーンを効果音が盛り上げてくれるのです。もちろん日常の部分でも多彩な効果音を使用しております。この辺りも聴いてみて下さい。

 プレイ時間は私で2時間30分くらいでした。選択肢はなく、一本道でエンディングまでたどり着けると思います。これもF.T.W.さんの特徴なのですが、作中で細かく章を分けでおります。大凡30分感覚でしょうか。元々決して長い作品ではないのですが、休憩を挟むタイミングが分かりやすいので親切ですね。どんどん展開される場面、そして明かされる真実、そしてその先に待っている結末と登場人物達の決断、それらを追いかける意味でも章単位で一息つくのが調度良いと思いました。私にとっては2年振りのF.T.W.さんの狂気でしたが、なるほどこんな感じだったなと懐かしくさえ思いました。是非その至高の雰囲気を味わってみて下さい。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<変わらないものはない。だからこそ自分と周りの人を信じて、今を生き続けるしかない。>


「戸高を信じればよかったんだよ、それだけ。」


 物語の最後、紋は小鳥に対して手紙を残してました。そこに書かれている内容は本当に他愛のない事ばかり。突然告白しちゃってごめんね、でもまた5人で仲良くしたいね、でも大好きだよ、余りにも普通過ぎる内容です。ですけど、それが紋の心からの願いであり真実でした。これだけだったんです。紋は小鳥の事が好き、でもみんなといつも通り仲良くしたい。友情と恋愛で悩む普通の高校生だったんです。紋は願っていたんですね、この5人の友情がずっと続いて欲しいって。それは、5人の友情にヒビを入れてしまった自覚を持っているからこその言葉でもありました。変わらないものなんてありません。だからこそ、みんな変わらない様に努めるんですね。この作品では、そんな変わって欲しくないのに変わってしまうものへの抗い方を書いているように思えました。

 この物語の中で、多くの登場人物の人生が変わっております。高校生になり同じクラスになった5人は、それは意気投合しこのまま仲良しで高校生活を続けられたらと思っておりました。ですが、2年生の5月になり紋が殺されてしまいました。もう5人の高校生活は決して送る事は出来ないのです。また、彼ら5人と相対する事になったイル=ヴェロニカのメンバーにとっても同様でした。彼らの仲間である柿本祥平が殺される事で、復讐に駆られたメンバーは5人と相対する事になったのです。もっと細かく見れば、天川龍記は母親の死を切っ掛けに剣術を学び、仙堂真は藤原小鳥を巡る一連の想像を切っ掛けに小鳥の傍におります。小さいものや大きいものまで含め、人生はちょっとした切っ掛けで変わるのです。そしてその結果として今があるのだと思っております。

 主人公である藤原小鳥にとってもそれは例外ではありませんでした。小鳥は生まれてから既に母親を亡くしておりました。そして、その事実に耐えられなかった父親による虐待を受ける日々が始まりました。そうして生まれたのが「表の小鳥」と「裏の小鳥」です。小鳥はそうやって自分を作り出すことで今の生活を守ろうとしました。ですが、それもまた2年前のクリスマスイブで壊れてしまいました。母親の妹である夕への恋心、妹である知佳への暴力、それが小鳥の中の何かを再燃させたのです。後戻りはできないはずでした。ですが、それすらもまた小鳥と真によって隠蔽され、そして今の平穏な日常へと繋がっているのです。自分を歪め他者を巻き込んで、それでも平穏な日常を守り続けたい。傍から見れば狂気にしか見えませんね。ですが、それこそか彼らの真実でした。

 ですが、そんな変化に耐えられなかった存在がいました。それが服部友近でした。両親の愛に恵まれず学校にしか居場所がなかった友近にとって、一度手に入れた幸せを手放すことは決して出来るものではありませんでした。中学の時に好きな女の子と付き合いだし、順風満帆に見えました。ですが、逆にそれが切っ掛けでクラスを二分する亀裂を作ってしまいました。その後転校した友近、もう二度と恋愛はするまいと心に誓ったのです。そんな友近ですからね、永遠に続くとも思われた5人の絆が壊れるような異分子は排除しなければいけないと思ったのだと思います。ましてやその切っ掛けが恋愛ですからね。もう友近は自分の手を止める事は出来ませんでした。

 相手を信じるって、本当とても勇気のいる事だと思います。何しろ、自分が100%管理できないものに自分を委ねるのですから。友近は紋の事が信じられませんでした。そしてその事を小鳥に指摘され、自分の行動の重さに耐えられず自殺を図りました。これに対して小鳥は真を信じました。そして自分の行動の重さに耐える選択をしました。作中最後に語られた「狂いに耐え、痛みを甘受し、忌むべき時間を生きる」、タイトル名を意味するこれこそがこれから小鳥が背負わなければいけないものです。一生付きまといます。ですが、それは何も1人で背負うわけではありませんからね。隣には信じてくれた真がいます。彼女の事を信じられるのであれば、小鳥はこれからも平穏な日常を生きることが出来るのです。

 この作品は、変わって欲しくないものが変わってしまう時にどうすれば良いのか、そしてその為にどのように相手を信じればいいのかを訴えた作品だと思いました。父親を殺してでも守りたかった平穏な日常、それは表の小鳥を隠して、幼馴染である真に依存する事で成し遂げられました。5人の友情は、残念ながら壊れてしまいましたね。誰も、友情を壊したいなんて思ってなかったのにですね。もうこれ以上、小鳥は狂うことは許されません。本当は、狂いたいんでしょうね。タイトルの中にも「クルイタイ」とありますからね。小鳥が狂ってしまったら、家族との平穏な日常も残された3人の友情も壊れてしまいます。ここからが小鳥の人生です。さて、どこまで周りを信じられるのか見届けましょう。ありがとうございました。


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