M.M 暗く遠くの君に告ぐ 〜限界拗らせ少女が高嶺の花に手を伸ばした(物理)結果〜
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
8 | 7 | - | 82 | 1〜2 | 2022/12/30 |
作品ページ | サークルページ |
<とにかく主人公とヒロインの2人の心の機微を噛み締めてみて下さい。丁寧なテキストがアシストしてくれます。>
この「暗く遠くの君に告ぐ 〜限界拗らせ少女が高嶺の花に手を伸ばした(物理)結果〜」は、同人ゲームサークルである「きつねのてぶくろ図書館」で制作されたビジュアルノベルです。きつねのてぶくろ図書館さんの作品をプレイするのは今作が初めてです。切っ掛けは、私とcrAsmという個人サークルを運営している倉下さんで行っているcrAsM.M ビジュアルノベルオンリーに参加頂いた事です。crAsM.M ビジュアルノベルオンリーでは開催前にサークルさんの作品を紹介しました。きつねのてぶくろ図書館は今回レビューしている「暗く遠くの君に告ぐ 〜限界拗らせ少女が高嶺の花に手を伸ばした(物理)結果〜」を紹介し、タイトルの通り冒頭から高根の花の少女とどこか純粋で真っ直ぐな主人公の掛け合いが楽しい作品でした。今回レビューを書くに当たり改めて始めからプレイし直しました。改めてこの2人の尊さが身に染みる作品でした。
目の前に座っている彼女、雲井菫(くもいすみれ)は高根の花と呼ぶにふさわしい存在でした。どこか心ここに在らずという表情で外を見つめており、その眼中に誰も写っていない様です。高根の花であるが故に話しかけ辛く、それがクラスの暗黙のルールとなっておりました。ですが、主人公財前条美(ざいぜんじょうみ)の手は届いてしまいました。たまたま条美の手が菫に触れてしまったのです。届かない筈の存在に、いとも簡単に物理的に届いてしまいました。振り向いた菫から発せられた言葉は「少し、お話しませんか」。ここから、条美と菫の少し不思議な日常が幕を開けます。芸術品に触れてしまった代償は、どのような形で降ってくるのでしょうか。
この作品の内容は、もうほとんどタイトルに書いてある通りです。主人公の条美が限界拗らせ少女という印象は始めありませんでしたが、これは逆に菫が高根の花過ぎて勝手に神格化した結果かも知れません。何れにしても、物語の始まりは条美が菫に手を伸ばしその手が物理的に触れたところから始まります。そして、この2人の交流が全てでありその在り方がとても美しいです。丁寧に2人の心理描写を表現しており、心の機微を感じる事が出来ます。全体的に詩的なテキストが特徴で、1つ1つの場面についてかなりの長文となっております。ですがそのテキストがシナリオ展開を阻害するどころかずっと読んでいたい没入感を与えてくれます。ああ、確かにこんな事を思うだろうなという納得感もありました。プレイ時間に対してメモの文量もかなり多くなってしまい、それだけ文字に残したいテキストだったんだなという事だと思っております。
そして、2人の心理描写を解読していく中てきっと当初持っていた2人に対する印象は変わってくると思います。菫は高根の花ですが、これは見た目の印象から勝手にイメージをつけてそれ以上触れていないという事です。つまり、誰も菫の内面を知らないという事です。そして、外見だけで勝手につけたイメージは往々にして内面のイメージに壊される物です。その事に驚く事は無いと思いますが、是非菫が何故高根の花になってしまったのかを読み取ってみて下さい。そして、主人公である条美が何故限界拗らせ少女になってしまったのかも感じて頂きたいです。菫を高根の花と思うのは、割とクラス全体の共通事項の様です。条美も触れてしまったとは言えその後特に交流しなければ再び高根の花に戻ったはずです。ですが戻らず2人の交流は続いていく事になります。ここにも勿論理由があります。総じて、外面と内面の両方を見る事できっと2人への印象は変わってくると思います。是非2人を隅から隅まで観察してみて下さい。
プレイ時間は私で1時間10分くらいでした。選択肢は無く、読み進めるだけでエンディングにたどり着く事が出来ます。クリック時に少しだけ注意点があります。この作品は、他の作品と比較して一度のクリックで表示されるテキストの量が多いです。その為、テンポでクリックしている人は思わず読み切る前に飛ばしてしまう可能性が大きいです。そしてバックログですが、クリックタイミングで改行されておりませんので読み返すのが少し大変です。その為、基本的にはテキスト表示の途中でクリックせず最後まで表示されてからクリックする事をオススメします。元々急いで読む作品ではありませんので、詩的なテキストを噛み締めながら読み進めてみて下さい。良いものを見させて頂きました。オススメです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<好きな人の側に居るために覚悟を決める、これ程自分の気持ちを赤裸々するものは無いかも知れません。>
最後までプレイして、条美は本当に菫の事が好きなんだなと思いました。そして、好きな人の側に居るために覚悟を決める姿が尊かったです。この作品は、条美を通して覚悟の在り方を考えるお話だったのかなと思っております。
条美がいつから菫の事を好きだったのかは分かりませんが、気が付けば菫の側に居る事に幸せを感じていました。ですが、条美が好きなのは自分の理想通りの菫であり高根の花であり続ける菫でした。だから、菫が何もかもを捨てて遠い世界へ一人で行ってしまう事を許す事が出来ませんでした。結局のところ、この時の条美が好きなのは理想の菫であって現実の菫ではなかったのです。それをストレートに口にしてしまった条美、菫からは軽蔑させられこのまま2人の関係は終わるかと思いました。
ですけど、条美はその後真剣に菫の事を考えました。ただ仲直りするのであればそれほど苦労はしません。ですけど、条美がしたい事は菫と仲直りするだけではなく隣に並んで立つ事でした。結局のところ、条美は現実の菫も好きになってしまったんですね。そして、好きな人の側に居るためには相手に変わって欲しいと言うだけではなく自分も変わらなければいけないという事を理解しました。選んだ方法は、菫が好きな宇宙物理学に近い分野の学部のしかもレベルの高い大学へ行く事でした。条美の成績について特に語られてはいませんでしたが、恐らく志望した大学は今の実力では合格が難しいところなのでしょう。ですけど、そこへ行くために努力する事が今の条美に出来る精一杯の覚悟でした。それが菫に伝わったからこそ、菫も条美との関係を切らず卒業まで傍にいたのだと思います。それでも「条美を待ったりしないよ?」のセリフは流石でしたね。これに対して「勝手に並び立つから。」もカッコ良かったです。
そんな情熱的な条美に対して、菫は一貫して自分の考えを変えませんでした。高根の花になったのは、つまるところ身から出た錆でした。高校に行く必要なんて無いけど飛び級出来るだけの実力はなかったのでとりあえず家に近いこの高校に来ました、なんて言われたら周りの人の反感を買うのは当たり前です。ただ、見た目が綺麗であり一本筋が通っているのは間違いありませんのでまだ高根の花でいれたのだと思います。このまま何もしなければ、淡々と菫は宇宙の果てに行く為に最短距離で歩き続けるのでしょうね。
条美に話しかけたのも、ちょっとしたきっかけでした。この人だったら、自分の事を否定しないと思ったからだと思います。ですけど、条美は一度菫の事を否定しました。この時のショックは大きかったんだろうなと思います。「貴方がもっと私の事をわかってくれる人だと思ってた。」「否定なんてして欲しくなかった。」「そう、勝手に思ってた。」クールな菫でしたが、自分の事を慕う条美からの否定は結構堪えたみたいです。条美も菫も、勝手なんですよね。勝手に相手に理想を押し付けて、勝手に相手を信じて、勝手に相手に失望してます。もしかしたら、恋なんてそういう物なのかも知れません。期待するから失望するのは世の常です。だからこそ、その先の信頼を勝ち取るために覚悟を決めて一歩前に進み出る事が大切なのだと思いました。何だかんだで、菫も条美が隣に帰ってくる事を期待していたのだと思います。「それなら許してあげても良いかな?」というセリフに、菫の嬉しさを感じますからね。
この作品を通して、誰かの隣にいる為には相手の事を理解し受け入れなけれないけないという事を感じました。そしてその上で、自分の気持ちに素直になり覚悟を持って行動する事が必要だと感じました。菫の隣にいる事は、並大抵の努力では達成できません。何しろ、菫は勝手にどんどん先へ行ってしまうのですから。だからこそ、そんな菫の隣にいるために自分の進路を決めた条美は凄いなと思いました。本当に、菫の事が好きなんですね。菫が最短経路で宇宙の果てを目指すのであれば、私は私の最短経路で菫の隣に行く。もしかしたら、宇宙の果てに行くのは菫だけではなく条美も一緒かも知れませんね。そんな、尊い2人の姿を見る事が出来ました。常時詩的なテキストで条美の気持ちがどんどんこちらにまで流れてくるようでした。丁寧な作品をありがとうございました。