M.M 暗い部屋




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 7 83 3〜4 2020/3/31
作品ページ(サークルページと同じ) サークルページ(ミラー)



<暗い部屋・・・その暗さはきっとあなたの想像以上のものになっているでしょう。>

 この「暗い部屋」という作品は、同人サークルである「暗い部屋製作委員会」で制作されたビジュアルノベルです。プレイした切っ掛けは、過去に「SWAN SONG」という作品をプレイした事です。SWAN SONGのシナリオライターである瀬戸口廉也氏は、本数こそ決して多くは無いもののその人物の真理を多角的に丁寧に描き出すテキストが多くのファンを呼んでいる人気のライターです。私自身SWAN SONGが作り出す無常感に驚いてしまい、是非氏の別の作品をプレイしてみたいと思いました。ここ最近では、2019年に発売されたMUSICUS!に熱狂的なファンが集まっている様子を目の当たりにしてしまい、プレイしてみたいではなくプレイしなければというある種の使命感を覚えてしまいましたね。そんな氏がシナリオライターを務めた同人ビジュアルノベルがこの暗い部屋です。あのSWAN SONGのイメージがあり、そしてタイトルが暗い部屋です。もうどんなシナリオが待っていても驚かない覚悟でプレイし始めました。

 その部屋には、一切外からの光が入らないんです。そこに住んでいるのは、母親と子供の2人だけ。母親は世界的に有名な芸術家であり、それが故の奇行だと誰もが思っておりました。ですけど、そうんであるのなら残された子供はどう思ってるんでしょうか。聞けば、その子供はもう何年も部屋の外に出ていなんですって。ちゃんと食事をとっているのでしょうか。ちゃんと勉強しているのでしょうか。ちゃんと人間らしい生活をしているのでしょうか。そんな芸術家の家に、アパートの大谷さん立ち合いの元で家宅捜索が入る事になりました。中に入って目に留まったのは、非常にセンスを感じる調度品の数々。そして強烈なまでの匂い。そう、母親は息絶えてもう何日も経過していたのです。そして、その隣にいる子供も寄り添うように横たわってました。2人で仲良く天国へ旅立ったのだろう、そう思った捜査員ですが・・・よく見たら子供の方は、まだ温かい・・・?暗い部屋から始まる物語は、こんな形で幕を開けました。

 この作品は、基本的に複数の人間の語りで構成されております。主人公がいる訳ではなく、作中に登場する様々な人が誰かとの面談を受けている形で物語が語られていくのです。ザッピングという形式ですね。様々な視点を経由しながら、彼ら彼女らが語るとある過去の出来事を見届けていきます。この語り口と言いますかテキストがまさに瀬戸口廉也氏らしさ満載で、人物のパーソナリティを非常に緻密に描き出しております。また、この作品はいわゆるウィンドウがありません。画面全体にテキストが表示され、それも下から順々に積み重なっていく感じが新鮮でした。立ち絵も無く、テキストに合わせて背景が変化していくだけです。テキスト以外の演出は最低限ですね。本当、文字を読む事に特化した構成にセンスを感じました。リアルタイムで物語が進むのではない、確定した過去を探る形式の先に待っている物を感じてみて下さい。

 個人的に好きな演出は音に関するものです。BGMはオリジナルではなく引用があるみたいですが、やはり使い方が上手でした。基本的に暗い雰囲気ですが、その暗さにもこれだけ幅を持たせる事が出来るのかと驚いてしまいました。また、この作品は基本的にリアリティを追求しておりますのでBGMと合わせて効果音にも注目です。生活感を感じる雰囲気が、色々な意味で雰囲気を作りプレイヤーに働き掛けてきます。あと、上で背景が変化していくだけと書きましたがその背景もまた独特なのは言うまでもありません。テキストに連動して滑らかに変化していきますので、クリックはゆっくり目が良いと思います。始めは背景の意味すら分かりませんでしたが、後半になるにつれこの背景が無いと暗い部屋じゃないなと思うようになりました。暗い部屋に閉じ込められるのは、もしかしたらプレイヤーのあなたなのかも知れません。

 プレイ時間は私で3時間15分でした。選択肢はなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。上でも書きましたが、この作品はザッピングですので定期的に視点が変わっていきます。ですが、変わるタイミングで表題が出ますので今誰が喋っているのかについて迷う事はありません。併せて、休憩を取るのであればこのタイミングが良いと思います。私自身、プレイ開始時は雰囲気に付いていけず視点が変わる度に小休止を取ってました。勿論、後半はのめり込んでしまい一気に最後までプレイしてしまいました。なるほど、流石は瀬戸口廉也氏のテキストだと思いました。これならコアなファンが生まれるのも納得です。暗い部屋がどれだけ暗いのか、是非その暗さというものを皆さんの目で確かめてみて下さい。ダウンロード版はありませんがパッケージであればまだ入手する事は出来ると思います。オススメはしませんけどね。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<別に誰も悪くなんて無いんです。強いて言えば、運とタイミングが悪いんです。>


「……もう、私を許して」


 別に、季衣子は何も悪くなんて無いんです。強いて悪いものがあるとしたら、運とタイミングなんだと思います。だから、季衣子が許してと懇願してもそんな事に意味なんて無いんです。意味があるとしたら、今目の前にいる人を信じる事くらいなんじゃないかって思いました。

 プレイ開始時から薄々感じてはいましたが、きっとこの家族は何らかの形で崩壊するんだろうなと思ってました。明らかに精太郎と季衣子が受けていたのは警察の事情聴取、それってつまりこの家族の誰かが不幸な形で死ぬという事を意味しておりました。一見普通の家族に見えてそれぞれが心の内で満たされない想いを抱えていた押川家。お互いギリギリの間で持ちつ持たれつで保っていましたが、精太郎の登場でその危ういバランスが崩れてしまいましたね。別にこれも、精太郎が悪いんじゃないんだと思います。ただ、運とタイミングが悪かったんだと思っております。それでも、この一族は流石に運とタイミングが悪すぎました。それが結果として現れたのが、あのエンディングだったんだろうなと思います。

 誰もが誤りを冒してました。これは、社会的に誤りという事ではなく自分で自覚している誤りの事です。寿子と耀子は、お互いの持っていない物に対して嫉妬しました。そんな小さな心の隙間と遊び心から入れ替わりをし、謙治を誑かしました。遊びなのに、それを耀子はずっと根に持っていました。何よりも謙治は本当は寿子の事を好きでした。そして寿子は一瞬魔が差して実の父親との子供を作りました。そしてそれを隠し通しました。耀子は、自分の幸せを常に他人に求めました。いつまでも満たされず、その理由も他人に求めました。もうね、傍から見たらどれだけ雑でどれだけ自分勝手なんだろうって思いますね。一つ一つの事が良い悪いとかは、それは本人たちが自覚して決めて下さい。ですけど、これらの行動の積み重ねが他人、もっと言えば自分の子供達に迷惑を掛けているという事実を無視してはいけません。

 冒頭書きましたが、季衣子は悪くないんです。また、暗い部屋に閉じ込められていた精太郎も悪くないんです。勿論、英も悪くありません。だからと言って大人たちが全員悪いかといったら、そんな事もありません。悪いのは運とタイミング、そして立場の違いなんだろうなと思います。季衣子がいじめられたのは、同級生がいじめるのが悪いんです。切っ掛けは耀子のカルトかも知れませんけど、直接いじめたのは同級生です。それでも、誰も季衣子の話を聴いてくれませんでした。だから自分の胸の内に隠すしかなかったのです。それがあふれ出たのが高校受験の時、この時耀子はショックを受けました。同じくらい季衣子もショックを受けました。傍から見たらそれだけ、良い悪いの話ではありませんでした。精太郎に至っては、自分が不幸とも思ってませんでした。ちゃんと教育されてましたし、常識も持っておりましたし、むしろ恵まれていると思いました。ただ、寿子が有名な芸術家である事、部屋が暗い事、死んだ事、それで勝手に奇異の目で見るようになっただけでした。勝手に耀子がラベリングして、勝手に決めただけでした。そう、結局は自分勝手なんですよ。他人の人生に、そこまで責任は負いたくないでしょうからね。

 初めて事件になったのは、耀子がトラックと激突して死亡した事でした。交通死亡事故です。その前に起きた、例えば寿子が実の父親と子供を持ったとか、英が彼女との子供が出来たとか、寿子が死んだとか、これは別に事件ではありません。ですが、耀子が交通死亡事故を起こしたのは間違いなくこれらの出来事や日々のうっ憤の積み重ねでした。そういう事なんだろうなと思います。人間は理屈ではありませんからね。論理で生きる事が出来たら、誰も不幸になりはしません。感情を持っており個性を持っているから、ぶつかりますし幸不幸も感じるのだと思います。だから、悪いのは運とタイミングなんです。圧倒的に、この日野家と押川家には運が足りなかったんだろうなと思います。ありますよ、私の身近にも。突然誰かと誰かが大声で喧嘩したんですけど、何も知らない人は「突然何で?」って思ったらしいんです。ですけど、事情を知っている私にしてみれば「やっと爆発したか」って感じです。合わないものは合わないですので、それは避けるしかありません。避けられないとしたら、それも運が悪いとしか言えませんね。爆発したのは、タイミングだったと。

 もしかしたら、ずっと一生暗い部屋に閉じこもってその世界だけで生きていた方が楽なのかも知れません。実際、精太郎は不幸に感じてませんでしたし。ですけど、実はそれも失敗でしたね。何故なら、寿子は結婚願望や子供が欲しい願望を捨てられず精太郎に近親相姦してまで迫ったのですから。何よりも、あの暗い部屋はもうありません。精太郎と季衣子は、日の光が眩しい太陽の下に放り出されました。ここからは、自分達の力で生きていくしかありません。まあ、多分大丈夫だと思います。この2人は聡いですから。願わくば、これ以上悪い運とタイミングがやって来ない事ですね。そして、不幸にもそれを手に取らない事を祈ります。丁寧に描かれた人間模様による、とある不幸な家族の物語でした。ありがとうございました。


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