M.M KUMA Mercy the Bear.




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 6 - 73 1〜2 2024/7/28
作品ページ(なし) サークルページ



<とにかく、突き抜けたテンションと独特の世界観についていって下さい。>

 この「KUMA Mercy the Bear.」という作品は、同人サークルである「non color」で制作されたビジュアルノベルです。non colorさんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。切っ掛けはC102で同人ゲームの島サークルを回っている時でした。C102にもなってくるとコロナ禍の影響もかなり無くなり、コロナ禍前程とは行きませんが大変賑わいを取り戻してきた印象があります。その為同人ゲームサークルも非常に多くの数が参加されており、嬉しく思った記憶があります。その中でも、個人的に一際気になったタイトルが今回レビューしている「KUMA Mercy the Bear.」です。熊、ですからね。ストレートなタイトルにも拘らず全く内容が読めませんでした。パッケージの表紙にはメイド服を着た女の子が熊っぽいポーズを取り、裏側は雪山の寒そうな背景描写です。もうパッケージを手に取った瞬間に、同人ゲームはやはり底が見えないなと思ってしまいました。そんな期待を持ってプレイし、今回のレビューに至っております。

 白い山脈を超えると、極楽があるらしい。そんな噂を聞きつけて、数多くの人たちが山脈越えに挑んでおりました。ですが、山には熊が住んでおります。熊に勝てる人間はいません。だからこそ人々は銃を装備し熊に対抗する準備を整えるのです。そんな熊の中に、もはや伝説と呼ばれている存在がいました。その名前はLUNA、凶暴な熊の中でも異常に発達した熊なのだそうです。その姿を見たものは誰もおりません。それは果たして存在しないからでしょうか。それとも、出会った人が襲われて帰ってこれなかったからでしょうか。主人公であるゴボウは、そんな白い山脈の麓の村に滞在している作家です。村の公民館にいる女の子に一目惚れし、何かと理由を付けて滞在してそろそろ1ヶ月になります。ある日村へ貢ぐための魚を釣っていたら、とても大きなハムボーンを釣りあげました。ですが、そのお腹には人の腕が入っていたのです。驚く間もなく、そのハムボーンをとある女の子に奪われてしまいます。何故かメイド服を着て、野性味のある発言をする不思議な女の子です。彼女との出会いと同時に、村に不穏な出来事が起こり始めます。果たして物語の結末はどのようになるのでしょうか。

 正直言って、プレイ開始早々は作品のテンションを理解する事が出来ませんでした。日本ではないどこか北国なんだろうなと思ったのですが、どうやら時代背景が現代ではなさそうです。世界観の説明が極端に少なく、状況を理解する事に追われました。何よりも、主人公であるゴボウのキャラクターが割とぶっ飛んでいます。軽率な発言、常識破りな行動、それでいてマイペースで能天気、とんでもない器の大きさだなとは思いました。そんな中に、メイド服を着たやたらと野性味のある女の子の登場ですよ。もうこの作品は何なんだと思いましたね。それでも時々一般的な感覚を持っている人が登場したりと、絶妙にプレイヤーの精神を繋ぎとめてくれます。これが全て計算されて作られているとしたら、素晴らしいテキストだと思います。まずは作品の雰囲気をつかむ事に全力を注ぎましょう。それでもきっと飲まれると思いますので、確実な事を整理して読み進める事が大切です。

 その他の特徴として、背景描写の美しさが挙げられます。パッケージ裏に描かれている白い山脈に代表されるように、全ての背景を丁寧に細かく描いております。基本的に舞台である白い山脈の麓の村を中心に物語が展開されるのですが、村の外も中も数多く描いておりますので舞台の様子を理解する事が出来ます。またBGMは往年有名だったクラシックをふんだんに用いております。少なくとも日本ではないなと確実に思わせてくれました。システム周りは最低限揃っている感じでした。バックログはありますがセーブ&ロードがありません。かろうじてクイックセーブ&ロードがあるだけで中断だけ出来るといった感じです。スキップもありませんので、始めから終わりまで一周する事を前提にしているのかなと思いました。

 プレイ時間は私で1時間50分でした。選択肢はなく、一本道で最後まで読む事が出来ます。上でも書いてますが、とにかく独特のテンションで始めはついていくのが精一杯でした。それでも、美しい背景やクラシックの荘厳な演出と合わせて徐々に世界観を理解していきました。何とか独特のテンションについていく事が出来たら、後はシナリオを堪能しどのような結末になるのか予想する事ですね。少し頭のねじが抜けた主人公、メイド服の女の子、村の風習と来訪者、起きてしまった事件、これらの行きつく先を予想し結末を見届けて下さい。面白い作品をプレイさせて頂きました。ありがとうございました。


→Game Review
→Main


以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<結局のところ、人間は人間らしく、熊は熊らしく生きるしかないのでしょうか?>

 結局のところLUNAとは何者だったのでしょうか、クマの正体は何だったのでしょうか、ゴボウの行く先には何が待っているのでしょうか。そういったいくつかの部分が保留もしくは匂わせになってますが、独特のテンションで終わるかと思ったシナリオはミステリーに変わり、最後には自然を相手にした矜持の変わっていきました。

 ネタバレ無しでも書きましたが、独特のテンションとそれを作り上げているテキストが素晴らしいと思いました。個人的には、ゴボウの小説をクマが読んだ後の「文章から異臭がする」という比喩表現にハマりましたね。このどう努力しても理解しがたく触れたくない物の表現として「異臭」という言葉を使うセンスが好きです。他にも、単純に人生観と言いますか教訓めいた言葉も数多くありました。「必死な奴はキモイんだよ」とか、本当真理を突いていると思いました。自分を含め誰かの必死になる姿を見る事にどこか恥ずかしさを覚えるのは、キモイと思っているからという事は確かに同意出来ました。ですがこれは逆説的に言えばキモイという事は必死であるという事です。それだけゴボウが本気だった事を示しており、冗談と本気を上手く織り交ぜた表現だと思いました。

 途中から顔を出したミステリー要素も面白かったです。どことなく閉鎖的な雰囲気の村という事でゴボウのテンションに引っ張られたままで終わる事はないと思いましたが、割と本格的にミステリーを楽しめました。山師がDを殺したのは何となく想像つきましたが、ここで公民館ちゃんやクマ本人も容疑者として浮上する展開が面白かったです。クマのかなり頭が切れる様子にギャップがあり、やっぱりこいつが物語を動かしていくのかと感心しました。ですけど、その後まさかのゴボウの参戦ですよ。ピエロで終わるかと思ったゴボウもちゃんと物語の主軸に関わってきて、全員に目が離せない後半が見事でした。前半で展開された独特のテンションで何となく気が緩んでいましたが、後半で本格的なミステリーに変わり一気に気が引き締められました。これも計算されていたのかなと思い、素晴らしかったです。

 そしてクライマックス、それぞれの過去と矜持をぶつけ合った争いとなっていきました。結局のところ、山師の妻がどのような最期を遂げたのかは書かれておりませんでしたが、少なくとも山師は妻を失いLUNAに囚われてしまった事は事実でした。言い方を変えれば、山師にとってLUNAがいないと困るんですね。だからこそ、廃メディアの2人がやってきてどの両方を殺したのだと思います。外来者がやってきて、山に潜入して誰も死ななければLUNAはいないと悟られてしまいますからね。LUNAはもういません、何故いないかは分かりませんがそれが真実でした。結局のところ、そうした固定概念に縛られる事が本当に恐ろしい事なのかなと思いまいた。作中でも「人間は皮をはぐととんでもない化け物が出る」とありましたが、皮という理性や常識が無くなるとこの山師みたいになってしまうんですね。そんなある意味人間らしさを垣間見る事が出来ました。

 クマもまた、彼らが住む村の住人と深い縁を持っておりました。クマの母親は、山師の妻に育てられていました。そしてクマがまだ子熊だった時に、山師に解体されました。普通であれば、恨んで当然だと思います。ですが、クマは恨む事はしませんでした。恨まずに、これが人間と熊という種族の違いだと理解して村を離れました。作中でも「分かり合ってしまったら、どっちも滅ぶしかない」とありましたが、そうした自然の摂理を本能的にクマは理解していたのかも知れません。そして、事実としてクマは山師の妻を始め村の人に育てられました。その事に対するお礼をする気持ちを持っておりました。最後に少しだけ顔を出すだけのはずが、ゴボウと出会い廃メディアの2人の殺害事件と関わり山師と決別するという出来事と重なりました。クマにとっては整理出来ていた事柄、そこに最後花を添える出来事となりました。

 最期、この村との因縁が切れたゴボウとクマは北にあるという極楽を目指して進みました。極楽を目指すという事に何か意味があるかと言ったら、きっと無いんだと思います。何となくですが、きっとこの世界は真っ当な文明や大国などは滅んでしまっているんでしょうね。放射能で溢れているとか、核戦争でも起きないとあり得ませんからね。そんな終末観の溢れる世界で、何となく出会ったゴボウとクマが最後道中一緒になるのも不思議な縁ですね。果たして彼らが見た極楽とは、どんな風景だったのでしょうね。この作品は、ゴボウという平凡な一人の人間と、LUNAに囚われた一人の山師と、熊と密接な関りがあるとある村と、その村に恩があるクマが織りなす物語でした。自然と人間の、どこか本質的な物が垣間見れた作品だと思いました。ありがとうございました。


→Game Review
→Main