M.M コトノ葉カナタ




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 - 82 4〜5 2018/2/25
作品ページ サークルページ 体験版



<分からなければメモを取り、最後まで考える事を諦めず、自分なりの答えを見つけてみて下さい。>

 この「コトノ葉カナタ」という作品は同人サークルである「SILK P.O.D.」で制作されたビジュアルノベルです。SILK P.O.D.さんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。作品を手に取ったのはC92にて同人ゲームサークルを回っている時でした。シンプルなジャケットの中央で何かを考えているような少女の姿、それだけで普通のギャルゲーではない何か訴えかけるシナリオが待っている予感がしました。実のところその後暫くは他の作品をプレイしており、今日までの約半年間放置しておりました。ですがその後ビジュアルノベル部に参加されるという事で、これは早めに把握しておきたいと思い大急ぎでインストールしてプレイに至っております。もちろんプレイは大急ぎではなく淡々といつもの通り行わせて頂きました。むしろ、大急ぎでなどとてもプレイ出来ない内容でした。

 主人公である進藤広樹は理学部数学科に所属している大学一年生です。かつて高校時代、広樹の成績はとても優秀でとりわけ数学については全国模試でも上位に入る程の実力でした。数学が好きで仕方が無かったのです。ですが、大学に入りそこでの数学に触れて絶望しました。全く理解出来なかったのです。そんなギャップに対応出来ず、華々しいはずの大学生活が憂鬱なものへと変わっていきました。そんな大学一年目の夏休み、ふとした切っ掛けで一人旅をする事にしました。そして、旅先で1人の少女と出会います。名前は那希。そして、那希は広樹に問います。「今見えている世界は実在するのか?」と。答えのない哲学的な問い。ですが、この哲学的な問いから、既に広樹は逃げる事が出来なくなっていたのです。広樹と那希の世界を巡る物語が、ここから幕を開けます。

 この作品にとって哲学を欠かす事は出来ません。そもそも、サークル名である「SILK P.O.D.」の「P.O.D.」とは「Philosophical Over Dose」の略です。直訳は「哲学の過剰摂取」。この時点でサークルさんのどのような哲学が待っているのか楽しみでした。そして、物語開始5分足らずでいきなりメインヒロインからの哲学的な問いです。この作品は、初めから登場人物に物語の進行を投げてはいけません。プレイヤーであるあなたも哲学的な問いに向かわなければいけないのです。ネタバレになりますので多くは語りませんが、この作品のシナリオは劇的に変化します。加えて視点もまた劇的に変化します。今あなたが見ている世界はどこなのか、何が真実で何が嘘か、そしてこの劇的な変化の先に待っているものは何なのか、きっとそれは、プレイヤーの数だけ答えがあるのかも知れません。是非、最後まで逃げずにプレイして欲しいです。

 その他の特徴としてはBGMが挙げられます。この作品は、基本的にはピアノを中心とした優しい音色のBGMが流れております。ですが、それはあくまで表の姿であり、劇的に変化する状況を煽るかのようにBGMもどんどん変化していきます。そしてそれはそのまま一人称の人物の心理描写と呼応しているのです。曲によってはスピーカーの振動で机が震える程のものもあり、かなり大げさに表現しております。その遠慮のないBGMを堪能して欲しいですね。そしてそれ以外の要素にも強いこだわりを感じました。テキストは時に文字にならない程の混乱を表現しており、背景は時に見るに堪えない程の混乱を表現しており、演出は時に語るに堪えない程の混乱を表現しております。先程から何度も言っておりますが、混乱するのです。いや、敢えて混乱させているのかも知れません。それでも、今目の前で展開されている世界が見えているものなのです。考える事を放棄せず、一文一文しっかりと噛みしめてクリックしていって下さい。

 プレイ時間は私で4時間40分掛かりました。この作品には選択肢があり、幾つかのエンディングが用意されております。上で書いておりますが、劇的に変化する場面と混乱させる演出によって果たして本当にこれがエンディングなのか?と思う場面もあるかも知れません。それでも、最後までたどり着けばきっとこれがトゥルーエンディングなんだなと気付けると思います。割と長いです。そして平均と比べてメモの量も多くなりました。大事そうな言葉ばかりですのでプレイ時間の3分の1はメモの時間だったかも知れません。よく5時間以内で終わったと自分に驚いております。皆さんにもメモを取りながらのプレイをオススメします。分からないものに蓋をしてはいけません。是非最後までプレイして、自分だけの答えを見つけてみて下さい。おススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<最後まで諦めずに考え抜く事、それが哲学であり幸福に至る唯一の道。>

 物語最後、アランの「幸福論」という本からの抜粋が掲載されておりました。幸福とは降ってくるものではなく、自分で作るものである。幸福は、突然やってくるのである。この作品は、一見壊れてしまった世界の中でも最後まで考え抜いて、その中で幸福を見つける物語でした。そして、進藤広樹にとっての幸福、それは「探しモノ」そのものだったのかなと思っております。

 自分の話になりますが、私は大学大学院と物理学を専攻しておりました。専攻した理由は、広樹と全く同じで高校時代に物理が大得意だったからです。ですが、大学に入りレベルが徐々に高度化していき時に苦労しながら勉強を続けてきました。確かに途中物理の楽しさを見失いそうになりましたね。ですが、私の場合一冊の本に出会った事で物理の本質と言いますか楽しさを思い出しました。それは「ファインマン物理学 <1> 力学」です。決して高度な事が書いてあった訳ではありません。私がハッとさせられたのは、かなり序盤のとある言葉でした。「とりあえず世の中の現象に対して何か仮説を立ててみる。それは突拍子もないものでいい。正しいか間違っているかは分からない。後は、その仮説を検証し正しそうだなとなればそれが真理なのだ。違った結果が出れば、新しい項を足すだけで良い。その繰り返しが物理学である。」これって、まさに哲学そのものではないかと思いました。

 私はあいにくウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」を読んだ事がありません(近々読んでみようと思います!)。ですがこの作品を通して、哲学とはどんなものかという事を肌で感じる事が出来ました。哲学とは本質的には分からないものです。ですが、それでも考え抜いて自分の答えを確立させるものです。いや、たとえ自分の答えを確立できなくてもそれに一歩でも半歩でも近づこうとする姿勢のことです。もしかしたら、全ての学問は哲学なのかも知れません。今目の前にあるものについて「何だろう?」と考え出す。そこから全ての哲学はスタートします。それが物理現象に起因するのなら物理学になりますし、更にそこから音楽といった芸術に発展するかも知れません。大切なのは、そういった哲学的思考を放棄してはいけないという事です。それが、広樹を含め私たちが生きる意味だと思いました。

 広樹には凪家に伝わる特殊な力がありました。それは時間を逆行するものであり、おおよそ現代の物理学とはかけ離れているものでした。その事は無意識のうちに広樹の精神を歪め、統合失調症を患ってしまいました。自分の存在意義や常識を失ってしまったんですね。それでも、広樹の周りには助けてくれる存在が居ました。主治医の森先生、悠くん、従姉妹の夏鈴、千歳おばあちゃん、そして広樹の探しモノである那希、幸せはすぐそばにあったのです。ギリギリのところで死ななかった広瀬、そして彼を支えてくれる存在、そんな皆の力を借りて、広樹は考える事を始めました。那希から与えられた課題、そして「今見えているものって本当に現実?」の答えを見つける為に。

 哲学の凄いところは、どんな命題でも始められるという事です。これは見方を変えれば、どんな絶望的な状況でも解決の為に前に進むことが出来るという事でもあります。統合失調症になった広樹、それだけでも十分絶望的ですが、それに月島剛というマッドサイエンティストの手も加わってきました。内から外から固められ、広樹の探しモノが遠くに行きかけました。それがあの永遠に繰り返される世界です。自殺しても抜け出せない。これ以上の絶望はありませんでした。ですが、それでも広樹は考えました。ついに「時間とは何か?」という問いにたどり着きました。そして気づきました。幸福は内側にあると。時間は意思の中にあると。自分が見えないものは分からなくて良いんです、予測でいいんです。後は、気づいた幸福を持ち続けるだけで、それがそのままエンディングでした。

 もしあなたが人生の中で不安に思ったら、是非その不安に思った事について考え抜いてください。時には本を読み、時には人の話を聞いて考え抜いてください。その繰り返しの先に、幸福は待っているのだと思います。決して投げ出してはいけません。投げ出した瞬間、あなたは幸福を失ってしまいます。世の中の様々な意見に翻弄され、時には同意し時には否定し、そして最後の最後に残ったものが、あなたの答えです。それを見つけられた人が、幸せになれるのです。哲学でも、数学でも、物理学でも、仕事でも、結婚でも、ビジュアルノベルでも、何でもいいと思います。是非、貴方だけの幸福が見つかる事を祈念して、レビューの終了とさせて頂きます。ありがとうございました。


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