M.M 黒翼ノ天使




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 7 87 5〜6 2020/1/4
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<裏表のない真っ直ぐなテキストで表現されるのは、生と死という物と幻創映画館初めてのバトルシーンです。>

 この「黒翼ノ天使」は同人ゲームサークルである「幻創映画館」で制作されたビジュアルノベルです。幻創映画館さんの作品では過去に「光の国のフェルメーレ」「四角い恋人」をプレイさせて頂きました。どちらも好きなのですけど、私は特に「光の国のフェルメーレ」が本当に好きなんです。好きというよりも、久しぶりに鼻を啜るくらい泣いてしまいました。裏表のないダークファンタジーで描かれる愛の形がストレートに突き刺さりましたね。次にプレイした「四角い恋人」も、やはり真っ直ぐな登場人物とシナリオでこの段階で私はきっと幻創映画館さんに絶対の信頼を持ったのでしょうね。どんなジャンルでもどんなシナリオでも間違いなく自分に合う、そんな確信をもって今回C97の新作である「黒翼ノ天使」をプレイし始めました。

 主人公が目を覚ましたのは、雨が降り注ぐゴミ捨て場でした。周りにはゴミと同じように自分に似た人間の死体も転がっております。そして、自分が何者なのか全く覚えていないのです。そんな主人公目掛けて突然銃声が響きます。ですが主人公は自分でも分からないのですが人間離れした運動能力で銃を撃った張本人に一気に詰め寄ります。その犯人は一人の女の子でした。彼女は怯えるでも怒るでもなく、ただ無表情でこう言ったのです。「私を殺してくれる人をずっと待っていた」と。女の子に連れられて来たのはボロボロになったホテルの残骸の様な場所。そこで主人公を待っていたのは人を殺す仕事でした。雨が降り注ぎ死が身近にあるこの国て、自分の生き方と大切なものを探す物語が幕を開けるのです。

 上でも書きましたが、幻創映画館の作品はどのジャンルであれ基本的に裏表のないテキストが特徴だと思っております。場面の情景ですとか登場人物の心理描写などがストレートに表現されており、スッと自分の中に入ってきます。特に今作は架空の西洋を舞台としたファンタジーですので早い段階での舞台設定やキャラクターの理解が必要不可欠です。ですが気が付けば慣れてしまっており、どんどん先が読みたい衝動に駆られました。またこの作品は途中で章が分かれており、章題でハッキリと物語が区切れるタイミングが分かります。一気にプレイしてしまうのも構わないと思いますが、章が区切れるタイミングで小休止を取りリスタートするもの良いかも知れませんね。

 そして今作で表現されるのは生と死、そしてバトルです。名前のない主人公とヒロインが登場し常に死が付きまとっておりますので、必然的に自分が生きる意味ですとか何故人を殺さなければいけないのかという事に葛藤していきます。自分に価値などあるのか、生きていても仕方が無いのではないか、そんな事を考えながらなお人を殺していくのです。最後に待っている結末は報いでしょうか。それを是非見届けてあげて下さい。そして人を殺すに当たって銃を始めとした武器を数多く使用します。時には敵対組織との戦いとなり、臨場感あるバトルシーンが描かれます。基本的に主人公もヒロインも強いのですが、だからこそ自分達に匹敵する敵が現れた時のバトルは必見ですね。そんなこれまでの作品にはなかったシーンもまた魅力です。

 他の点として、BGMと背景は全てオリジナルです。しかもその数は非常に多く、場面場面で最適に演出しようという気概を感じました。雨の降る灰色の街の描写、バトルシーンの臨場感あふれる描写、それ以外にも楽しい場面悲しい場面悔しい場面などを丁寧にBGMと背景で演出してくれます。本当に数が多いので、是非じっくりと眺めてそして耳をすましてみて下さい。また登場人物の多くがフルボイスであり、イメージを固めてくれます。特にメインヒロインの多彩な表情は声があってこそ輝いていると思いました。これだけ様々な要素を盛り込んで、それでも無料で提供しているのが本当いい意味で恐ろしいと思います。それぞれ単体でも魅力的な演出を堪能して下さい。

 プレイ時間は私で5時間15分くらいでした。選択肢はなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。幻創映画館さんの作品にはプレイ時間の目安が書かれているのですが、私はいつもその半分くらいの時間で終わらせてしまうみたいです。今回の黒翼ノ天使であれば想定時間は600分=10時間でした。オートプレイで進めれはこの位の時間になると思いますね。5時間はちょっと速かったかなと思いますが、気が付いたらエンディングにたどり着いていましたのでそれだけどっぷりと嵌ってしまったのだと思います。上でも書きましたが、この作品は章に分かれておりますので是非各章ごとに小休止を挟みながらゆっくり進めてみて下さい。それだけ咀嚼する何かがあると思っております。非常にオススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<何かを愛しその人や物の為に生きる信念を持てた彼らが心から羨ましい、何故ならそれが幸せになる条件なのだから。>

 あとがきで制作者がこの作品を鬱ゲーと言っておりましたが、私は決してそんな事は思いませんでした。むしろこれ程のハッピーエンドは無いのではないかと思いました。不幸な境遇に苦しい事ばかりの人生でしたが、最後の最後であんな素敵な世界にたどり着けたのです。これがハッピーエンドではなくな何なのでしょうか。本当、心の底から良かったと思いました。

 この作品で終始一貫していた事、それは全ての登場人物が自分の信念に従って人生を生きたという事です。生きるために他人の死など関係ないと思うも良し、祖国の為に自分すらも犠牲にするのも良し、大切な人の為に全てを捧げるのも良し、そんな心の強い人ばかりいたという印象でした。勿論、自分の信念に従うだけで周りなど関係ないという自己中心的なだけではありませんでした。傍にいる人の事を気遣い、また自分の寂しさを誤魔化しながら生きておりました。本当、時代が時代ならもっと豊かで楽しい人生を長く歩めたのかも知れません。

 ですが、彼らを見て幸せという物は周りが決める物ではなく自分で決める物だと分かりました。そしてそれは例えば長生きするとかお金があるとかそういった一般的なもので整理される物ではありませんでした。兵器として改造され魔人として生きる運命を背負った登場人物達、彼らは薬が無ければ生きていけず人間とは違う五感と運動神経を持っており明らかに生きるのに不自由です。それでも、彼らが不幸せかと言われれば決してそうではありませんでした。自分が信じる物を信じて行動する姿勢はどれもカッコよく、良し悪しとかそういった尺度に意味などないと思わせてくれました。羨ましいと素直に思いましたね。

 だからこそ、始め自分の気持ちに嘘を付いて人を殺し続けてきたエリカには表情が無く、全てを諦めておりました。自分はこのまま人を殺しながら何となく生きて何となく死んでいくんだろうと思っておりました。そんなエリカを変えたのはエルトの存在でした。エルトの存在は既に魔人になってしまった自分達にまだ人間らしさを思い出させるものでした。勿論エリカは葛藤しました。人を殺し続けなければ薬が貰えず生きていけない彼らにとって、人間らしさなど余計なだけだからです。ですがエリカもエルトも気付いたんですね。自分の意に反して長生きする先に幸せなどないと。例え短い命でも自分達がやりたい事をやるのが本当に幸せだという事に。

 その事に気付いたエリカとエルトに、もう何も怖い物はありませんでした。例え戦争のない土地にたどり着けなくても、途中追っ手に殺されたとしても、傍にお互いがいればそれだけで幸せなのだと気付いたのですから。それでも限りある生を精いっぱい生きよう、やれるならやるだけやってみようという姿勢が素敵でした。魔人の彼らにとって出来る事は人を殺す事だけでした。ですが、そんな彼らが人を殺さない事を決意して歩んでいく様子は本当にカッコいいと思いました。勿論障害も沢山ありました。人を殺さなかったばかりにエルマが襲撃して来たり、アヤメやアリスを対立したりしました。ですがそれはもう仕方がありませんでした。何故なら、それが彼らの宿命であり信念なのですから。

 この作品では信念や生き方と同じく愛についても問うておりました。愛の形は様々ありますが、共通しているのは相手の事を想うという事です。それが恋人だったり、家族だったり、友人だったり、決まっている物はありません。そして、この愛こそが自分自身の信念を作っていくのかなと思いました。自分一人だけではなく、大切な人や物があった方が人は強くなれます。よく聞く言葉ですが、きっとそれはその大切な人や物に対する愛から信念が生まれるからだと思いました。私はそういう意味でも彼らの事を羨ましいと思いました。ちゃんと愛するものを持ってそれに基づく信念を確立できたのですから。

 物語最後、エリカとエルトは初めの約束通りお互いの心臓に銃口を向けてそのまま死にました。ですが、その時の心持ちは始めと終わりで全く逆でした。自暴自棄になりただ死にたかったのではなく、愛する人と一緒に天国へ行けるのですから。「愛してる……」その言葉の後に死んだ2人を知っているのは、カラスだけでした。これで彼らの人生は終わりです。ですがその後も天国で幸せな生活が待っております。そこにはかつて争い衝突したみんなが待っておりました。魔人として辛い人生を歩んできたのです。ここからは十分に幸せな人生が待っているでしょうね。いつまでも、大切な人が傍にいて幸せにいて欲しいと思いました。ありがとうございました。


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