M.M 黒白痴




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
5 6 - 71 1〜2 2015/3/17
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<是非死の香りの先に待っている彼ら彼女らの想いを想像して頂きたいですね。>

 この「黒白痴」は同人サークルである「F.T.W.」で制作されたビジュアルノベルです。F.T.W.さんの作品では過去に「死埋葬」の方をプレイしたことがあり、箱庭のような美しい世界観の中に漂う死の香りが印象に残っておりました。この死の香りというものについてあらすじでは仄めかす程度ですが、その描写は意外と生々しく大きな拘りがあるのかなと思いました。今回プレイした「黒白痴」も同様に死の香りが漂っておりまして、間違いなく穏やかな結末にはならないだろうなという直感がありました。

 主人公である飴野裄は自分の事が好きではありませんでした。何故なら自分はニセモノの体を持っているからでした。それでもそんな主人公を慕う人物は周りにたくさんおりました。元恋人である花枷奉花、主人公の周りに付きまとう此声理譜、同じ寮で生活している加賀すみれ。しかし彼女らはみな人とは違う性質を持っておりました。花枷奉花には喰人鬼という噂が立っておりました。此声理譜は人を殺す虐殺手の仕事をしておりました。加賀すみれは物を食べることが出来ない症状を持っておりました。そんな彼ら彼女らによる愛憎劇が幕を開けます。

 最大の魅力はやはり死が身近にある演出だと思います。普段は普通の学園ものの様で穏やかな雰囲気で物語が進んでいきます。ですが時にそれは一瞬で崩壊し、突然死の香りに満ちた雰囲気につつまれます。この死の香りですが、BGMや効果音、背景などを駆使して最大限に演出しております。普通に会話をしているかと思ったらいきなり「ザシュッ!」っと鋭利な刃物のような効果音ですからね。何故そこで殺しが発生するのか。彼ら彼女らはいったい何と戦っているのか。始めはその展開の速さに戸惑うかと思いますが、是非死の香りの先に待っている彼ら彼女らの想いを想像して頂きたいですね。

 プレイ時間は私で1時間10分掛かりました。かなり濃い内容だったのですが時間としてはあっという間という感じでした。またこの作品はプロローグからエピローグまで幾つかの章に分かれておりまして、その区切りで一旦手を休めて頭の中を整理してからリスタートすると良いかも知れません。是非プレイヤーの皆さんには死の香りに当てられて欲しいのですが、同時にその香りに溺れないよう気をつけて欲しいですね。面白かったです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<自分達は「白痴」ではない、そんな主張を込めて「黒白痴」というタイトルにしたのかなと思っております。>

 全体を見返して、この作品はきっと自己愛の大切さを描いていたのかなと思っております。飴野裄が自分の事をニセモノと嫌っておりましたが、これは例えでもなんでもなく本当にニセモノでした。自身が実験の失敗作でありただ飴野裄の人格を埋め込まれた器であると知ったとき、確かにそんな自分は愛せなくなると思います。ですがそれでも最後は自分が欲しい物を目指して死んで行きました。この時ようやく自分のことを愛せたのかなと思っております。

 どの人物も自分にコンプレックスを持っておりました。此声理譜は虐殺手であり人に恋をするなんて思っても見ませんでした。ですが実際は飴野裄の事を好きになり、彼との結婚を本気で意識しておりました。花枷奉花も自身に流れる喰人鬼の性質を制御する事が出来ず、飴野裄との約束を破ってしまう自分を嫌いでした。ですがやはり最後は彼の事を好きな気持ちが残り、彼と一緒に死ぬ未来を夢見ました。加賀すみれについては同じラボ=ラックの被験体という事でその思いは一入でした。イーターである自分を嫌いでありながらも飴野裄に対する想いは絶対であり、周りを排除してでも彼を自分のものにしようと動きました。

 本当不器用な人たちだと思いました。まさにタイトルが示す通り「白痴」だと思いました。「痴」には精神障害、神経障害という意味があります。愛の形が歪で極端すぎるのです。私は彼のことが好きだから他の人は全員排除しよう。そんな理屈が遠ればこれ程楽な事はありませんね。ですが、当の本人にとっては本当切実な悩みでした。唯でさえ普通ではない自分です。もしかしたら普通でない自分が人を好きになる事自体間違いなんじゃないかと思ってしまうかも知れません。でもそんな事はありません。彼女らが抱いた想いは大切なもので、やり方は乱暴でしたが美しいものでした。自分達は「白痴」ではない、そんな主張を込めて「黒白痴」というタイトルにしたのかなと思っております。

 一つ心残りな点がありました。それは飴野裄の人格の所在です。ラボ=ラックの被験体として生活していた飴野裄ですが、その人格は植えつけられたものであり本物ではありませんでした。では学園で生活して3人の女の子と関わった彼はどこまで本物ではないのでしょうか。将来的にまた人格を引っペ替えして本物の飴野裄へ戻すのでしょうか。残念ながらそれは出来ないと思っております。何故なら彼は自分の事を大切にすると決意したからです。ニセモノの体を受け入れる、この段階で彼は被験体ではないのだと思いました。此声理譜を追って命を絶った飴野裄、自分の気持ちに向き合えなければ出来ない行動でした。ラボ=ラックについて今後語られるかは分かりませんが、人の気持ちはそう簡単には扱えないんだという主張のようにも思えました。彼ら彼女らが天国で愛する人と一緒に生活していることを願って、レビューの終了とさせて頂きます。ありがとうございました。


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