M.M 君の在り処
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
7 | 6 | 7 | 78 | 9〜10 | 2017/1/25 |
作品ページ | サークルページ |
<是非プレイヤーの皆さんから彼ら側に寄り添い、リアルな高校生らしいキャラクターを味わって欲しいですね。>
この「君の在り処」という作品は同人サークルである「Lead.」で制作されたビジュアルノベルです。Lead.さんの作品をプレイしたのは今作が初めてでして、C91の一日目に同人ゲームサークルの島を回っている時に手に取らせて頂きました。正直に言いましてジャケットを一目見て買おうって決めてましたね。水彩画の様に柔らかい人物描写に淡い色で統一された背景、そして扱っている題材が「初恋」という事で非常に甘酸っぱくこそばゆい物語を連想させました。公式HPの中で各ヒロイン3人+トゥルーエンドを含めた計4ルート、プレイ時間12時間〜15時間と抱えており同人ノベルゲームの平均と比較して長めのシナリオとなっております。腰を据えてプレイする時間を確保しじっくりと物語に触れてみようと思う気持ちでプレイさせて頂きました。
主人公である上野祐二はどこにでもいる普通の高校生です。両親は共働きで朝早く出社し帰りは夜遅く、基本的に家では一人で過ごす時間が多くなっております。決してアクティブな性格ではなく、無難で波風の立たない生活を求めている姿はいわゆる草食系と形容できるかも知れません。それでもそんな彼を慕う人は確かに存在し、高校になってから知り合った神代絵美や赤石あかりとたわいもない話をしながら平凡な高校生活を送っておりました。そんな祐二が遅刻しそうな時によく使うのが裏口のフェンスをよじ登ること。そして物語が動き出す起点もこのフェンス越えからでした。自分と同じ風にフェンスをよじ登る小柄な女の子、彼女との出会いが人間関係の変化や祐二自身の気持ちの変化を生み出し、忘れられない夏が始まるのです。
私がこの作品をプレイし始めて10分で思ったのが「実家のような安心感」でした。どこにでもいる普通の高校生、それでも何故か彼の周りに集まる女の子達、両親はほとんど家に不在、まるで一昔前の典型的な美少女ゲームの様です。そしてヒロインである3人の女の子も、ツンデレ、快活、不思議とバランスの良い(?)属性が揃っており、3者3様の物語を見せてくれるのかなと思わせてくれます。王道には王道たる理由がある。ある意味教科書通りなプロットに安定感のあるシナリオが待っていると強く期待させました。ですがこの予想はその後プレイを進めていくうちに認識がズレていき、典型的な美少女ゲームとは違う様相を見せ始めました。
この作品を語る上で会話のテンポを外すことは出来ません。主人公は17歳の高校生です。そして高校生という年代はまだまだ子供であり、他人を思いやるとか自分はこういう人間であるといった事に対して未熟でし。その為傍から聞けば痛々しい言動が目立ち、良くも悪くも素直な様子が記憶の中に残っていると思います。この作品の会話のテンポがまさに現実世界の高校生のそれであり、典型的な美少女ゲームの主人公補正の様なキャラクターではありません。言ってしまえばあまりにも不器用なのです。相手の言葉の意図がわからず斜め上の回答をしてしまったり、逆にそれはヒロイン側もそうであり、話題がコロコロと変わり着地点が見えなかったり、察して欲しい気持ちばかりで説明が不足していたりと話が進んでいるのか進んでいないのかも分かりません。その為人によっては登場人物にイライラしたりじれったいと思うかも知れません。いわゆる美少女ゲームの感覚でプレイしてはいけないという事です。
ですがだからこそ等身大のキャラクターが魅力であり、リアルな高校生らしさを感じる事が出来ます。そういう意味で、是非プレイヤー側の皆さんが出来るだけ登場人物に寄り添い自身の高校生時代を思い出しながら読んでみる事をオススメします。受身な姿勢ではこの作品の良さは十分に伝わりません。神の視点ではなくプレイヤーの視点になるのです。ましてやこの作品で扱っている題材は「初恋」です。恋すら知らない年代の男女です。そんな彼らが異性を意識したとき、今まで通りに会話が出来るでしょうか。この作品は主人公をそれを取り巻く3人の女の子の初恋の物語です。しっかり属性を抑えつつもリアルな高校生らしいキャラクターを楽しんで欲しいですね。
プレイ時間は私で9時間15分程度掛かりました。共通部分で約1時間、各ヒロインとトゥルーエンドでそれぞれ約2時間という感じです。冒頭書きましたが、水彩画の様な柔らかい表情の女の子の姿が印象的でありそれがそのまま作品の雰囲気となっております。特に赤らめた表情が素敵ですね。素直な彼らですので表情一つが魅力的であり、会話一つ一つに温かさがあります。各ルートのみであれば比較的短いですので、午前・午後・夜といったまとまった時間を選んで頂き一ルートをしっかりと読み切って欲しいですね。そして最後のトゥルーエンドまでたどり着き、彼らの行く末を見守って欲しいと思います。オススメです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<自分を大切にする事、それが自身に繋がり前に進む決断を下す為に一番大切な事。>
最後の最後までハラハラさせてくれました。どのシナリオも本当ギリギリのギリギリまでお互いの気持ちが噛み合いませんでした。みんな相手の事を考えすぎて自分が見えてなかったんですね。自分を大切に出来ない人が、他人を大切に出来る筈がないという事がビシビシと刺さるシナリオばかりでした。
この作品で一番言いたかった事は恐らく自分を大切にして決断するという事なのかなと思っております。振り返れば祐二だけではなく3人とも相手の事ばかり考えていて自分の事は二の次でした。しかも相手の事を考えるとは聞こえが良いですが、実際は自分が一番傷つかない方向に解釈しているだけ。気持ちのぶつかり合いを避け、自分に嘘をついて今のままの関係を続けていく事を望みました。もしかしたらそれが一番無難な生き方なのかも知れません。波風立てずに良い思い出だけ積み重ねてそのまま時間が過ぎる、これもまた幸せのカタチです。ですけどそれは4人が求める最高の答えではありませんでした。本当、好きという気持ちはなんて厄介で難しいのでしょうね。
個人的に一番好きなシナリオは麻衣子の個別シナリオだったりします。最後の最後まで祐二と麻衣子の出会いの記憶を思い出すことが出来なかった祐二。そして実は今の祐二ではない昔の祐くんを見ていた麻衣子。この気持ちのすれ違いは麻衣子の「えへへ」というはにかんだ笑顔に隠されていつまでも見えませんでした。祐二はたとえ過去の記憶が蘇らなくても今から関係を作っていこうと決意しました。それは過去に縛られない立派な選択、麻衣子もそれを望んでいると信じてました。ですが実は麻衣子はそんな事を望んでなかったんですね。彼女が望んだのは過去の祐くんが帰ってくることそれのみ。記憶が蘇らない限り祐二はまた自分の事を忘れるという気持ちを払拭出来ず、結果距離を置くことを選択しました。
驚いたのは最後の最後で麻衣子が祐二に「会いに行ったのは裕二くんじゃなくて祐くんだった」とハッキリ言葉にした事ですね。あれだけぶつかる事を避け笑顔を張り付かせて祐二の前から去ったのにしっかり言葉にして拒絶したのです。この作品の淡い雰囲気の中でこのセリフはあまりにも鮮やかでした。そしてこの言葉を受けた祐二の次の行動に拍手でした。しっかりと過去と現在を区別し、前に進むことを決意したのです。相合傘の文字を自分の手で修正し、麻衣子への気持ちにキリを付けたのです。本当周りから見たら絶対に気づかない些細な食い違い。ですがそれがずっと楔になって2人を一歩前に進ませない枷となってました。ある意味一番のバッドエンド。だからこそ祐二と麻衣子の2人の決断が美しいと思いました。
決断するという事、それは自分の気持ちを整理して前に進むという事です。それは他人の顔色を伺ったり相手の気持ちを優先しては出来ない事です。元々明確に恋を自覚せずに馴れ合ってきた3人の中に、麻衣子という新しい風が入ってきました。この時から本当微妙なニュアンスのレベルでギクシャクしていった4人、それは祐二への恋を自覚しつつも目の前の友達が気になって言葉を告げない姿の表れでした。自分の気持ちを優先すれば絶対に壊れてしまう。それが怖くてびくびくして前にも後ろにも進めませんでした。電話が来ても出たくない、メールが来てもどう返信すればいいか分からない、会ったら何を話せばいいか分からない、それだけこの4人の関係は大切なものであり、自分の恋心を優先する以上のものでした。
ですけどそんな心配も不要でした。この4人の信頼関係はそんな一人一人の恋心で壊れるものではありませんでした。これも皆相手の気持ちを考えすぎた結果ですね。そしてそんな信頼関係が出来上がる切っ掛けになったのは間違いなく祐二の行動のお陰です。祐二は過去の記憶が欠落している事に怯え自分の事を過小評価しておりました。ですが実際はそんなことはなく、祐二が本来持っている素直な気持ちが3人を引き寄せたのです。それってとても誇れる事。祐二は3人にとって本当に正義のヒーローだったんですね。後は自分の行動に自信を持つだけです。その結果決断した答えがそれぞれ4つのエンディング。トゥルーエンド最後の「頑張っている人を信じて、自分が思う道を選び続ければ、未来は変えられる」というセリフには、そんな祐二の自身と決断が表れているように思えました。
始めは典型的な美少女ゲームの様な展開が待っているのかと思いました。ですが実際は自分に自信のない4人がどうやって自分の決断に自信を持てるかまでを描いた成長物語でした。また祐二の失われた記憶がどのようなものなのかという伏線が最後まで残されており、緊張感をもって読み進める事が出来ました。祐二の過去、両親の秘密、麻衣子との約束、色々な事実が表になるトゥルーエンドシナリオは最終章に相応しいシナリオでしたが、全て終わり振り返ればそれすらも祐二の決断の一つに過ぎない事でした。誰を思いどんな言葉を紡ぐのか、相手を労わりつつも自分の気持ちを大切にする事の大切さを教えてくれました。これからも4人仲良くしつつもそれぞれ結ばれた相手との幸せな人生が続く事を願ってやみませんね。ありがとうございました。