M.M 空っぽたまごは泥を見る




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
5 7 - 71 〜1 2022/12/15
作品ページ(無し) サークルページ



<計算された世界観と雰囲気の中で、どこか儚げなシナリオとBGMを楽しんで下さい。>

 この「空っぽたまごは泥を見る」は同人ゲームサークルである「それからもうひとつ」で制作されたビジュアルノベルです。それからもうひとつさんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。切っ掛けですが、私とcrAsmという個人サークルを運営している倉下さんで行っているcrAsM.M ビジュアルノベルオンリーに参加頂いた事です。crAsM.M ビジュアルノベルオンリーでは、イベント前に私の方で一部サークルさんの作品をプレイさせて頂きました。今回レビューしている「空っぽたまごは泥を見る」も対象作品であり、Twitterという字数制限のある中で雰囲気が伝わる様文字を起こしてみました。イベントも終わりましたので、改めて私のHPでレビューとしてまとめております。丁寧な雰囲気の中に、確かに伝えたい物がありそれが心に残る作品でした。

 気が付けば、自分は空っぽでした。私の名前は何なのか、私は何のために生まれてきたのか、ここはどこなのか、そんな基本的な事も分からないのです。ただ、唯一残っているのは自分のメモリーにある誰かの記憶。やる事もありませんし、この記憶をたどってみる事にしましょう。そこにいたのは、一人の少女でした。名前はゼッタと言います。そして、どうやら自分の名前はオーヴァルというらしいです。そして、ゼッタは自分のマスターだそうです。マスターの遊び相手でありお世話するのが私の役目、そんな一人の少女と一人の人工知能の触れ合いから物語が幕を開けていきました。

 この作品は、主人公であるオーヴァルが自分の中に残っている記憶のメモリーを覗いていく事で物語が進んでいきます。淡々と進んでいく物語ですが、この2人の間に何か決定的な別れがあった事は物語序盤から想像つくと思います。それでも、自身のメモリーの中にゼッタの記憶があるという事が何かメッセージ性があるように思えます。果たして、ゼッタとオーヴァルの間に何があったのでしょうか?そして、ゼッタの記憶の先にどのような結末が待っているのでしょうか?是非少し先の未来を想像しながら読み進めて頂ければと思います。

 その他の要素として、作品全体を作っている雰囲気が独特でした。どこか儚げで淡い色合いの世界観であり、情報は最低限です。唯一分かるのはゼッタの姿のみ、それ以外の情報はBGMと効果音くらいしかありません。この閉鎖的な世界観もまた、この作品の象徴であり意味があるものです。テキストだけではなくそれ以外の要素全てを使って作品を表現している様子が伝わります。またBGMはフリー素材に加えて真島こころ氏の素材が使われております。ピアノの透明感あふれるサウンドが特徴な真島こころ氏、是非穏やかなBGMの中でテキストを読み進めていって下さい。効果音は、物語当初から強く主張してきます。勿論これにも意味がありますので、最後までプレイして答えを確かめてみて下さい。

 プレイ時間は私で20分くらいでした。選択肢は基本的にはなく、エピソード選択画面からあなたが読みたいエピソードを選んでいく形式です。とはいえ、始め選択出来るエピソードは1つしかなく、そこから1つずつエピソードが増えていきますので自ずと一本道になるかと思っております。そして、このエピソードこそ主人公オーヴァルの中に残っているメモリーそのものという事です。全てのメモリーを見終わった先にエンディングが待っております。20分と短いですが、伝えたい事が凝縮された内容に満足感が高かったです。是非皆さんもちょっと面白い雰囲気を味わってみては如何でしょうか。


→Game Review
→Main


以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<あなたが孤独だと思ってしまった時、あなたが持っている記憶を思い出してみて下さい。>

 人工知能って、自殺する事が出来ないんですよね。この作品を通して、自殺出来ない事の苦しみと大切さの両方を感じてしまいました。この先オーヴァルに待っているのはどんな時間でしょうか。それを想像するに、人間の寿命はあまりにも短すぎます。

 世界の仕組みについては、私もそこまで詳しく理解している訳ではありません。ただ、少なくともゼッタとオーヴァルに今生の別れがやってくる事だけは分かりました。良く分からない世界のルールに振り回され離れ離れになってしまう2人、それだけでもとても寂しいのにその先にはもっと寂しい事実が待っておりました。いない人を待つ、これ程辛い事が他にあるでしょうか?人間でも人工知能でも、ただ待ち続けるというのはとても儚く苦しいものだと思いました。

 この作品の中で一番心に突き刺さったテキストは「ひとりぼっちは、さみしい」でした。ひとりぼっち、孤独、人間が一番恐れている物の1つではないでしょうか?私は常に、人は1人では生きていけないと思っております。仮に1人で生きていると思っている人がいたとしても、実際は間接的に多くの人の存在によって自分が生かされております。ですがそういう生きる死ぬという意味ではなく、やはり孤独という感覚が人間にとって本質的に恐れているのではないでしょうか。話し相手がいなければ、自己を認識することは出来ません。他人がいるから、自分がいるのです。私は私と思っている人がいても、その比較対象がなけれ私も何もありませんからね。ですが、オーヴァルは本当に1人になってしまいました。ゼッタだけではなく、全ての動植物が消えてしまったのですから。残ったのは、自分の中にあるゼッタの記憶のみ。それを回想するだけの人生に、意味などあるのでしょうか。

 ですが、オーヴァルのメモリーに残っていたのは自分が収集したゼッタの記憶だけではありませんでした。その中には、オーヴァルも知らないゼッタからのメッセージがありました。ゼッタも寂しかったんですね。自分が死ぬと決まって、そのままその事実を受け入れる事が出来る程強くはなかったみたいです。大切なオーヴァルに自分の気持ちを残したい、そんな愛情を感じる事が出来ました。そしてゼッタは「また会おう、オーヴァル」と言ってくれたのです。また会える、つまりオーヴァルはいつか孤独ではなくなる時が来るのです。実際にゼッタとオーヴァルが再会出来たのかは分かりません。この辺りは読んだ人の解釈次第なのだと思います。それでも、また会おうの一言で少なくともオーヴァルは救われました。それならいっちょ待ってやろうか!と思ったのでしょうね、「君のことを僕は待ち続けよう」というセリフに力強さを感じました。これは私の解釈ですが、END 直前の「hello? I am」はゼッタの生まれ変わりの女の子のセリフなんじゃないかと思っております。もしかしたら、数万年や数億年経った未来かも知れません。それでも、オーヴァルに話しかけてくれる人が居るのは紛れも無い事実です。

 この作品は、記憶と孤独について表現した作品だと思いました。人は誰もが孤独になりたくないと思っている筈です。それでも孤独になってしまった時、支えになるのは孤独でなかった時の記憶だと思います。自分にはこれだけの人間関係を築く事が出来たんだ、その事実だけでも未来に向かって歩いていく原材料になると思います。もしあなたが人間関係や仕事で躓いて、自分は孤独だと思ってしまったとします。それでも、あなたの記憶にはそれ以外も楽しかった事がある筈です。その記憶を思い出し、もう一度立ち上がってみてはどうでしょうか?人生において大切な事を、この作品から学ぶ事が出来ました。ありがとうございました。


→Game Review
→Main