M.M カラゴモリ


<群像劇の特徴を生かした登場人物達の心を繋ぐ物語>

 この「カラゴモリ」という作品は同人サークル「Bread」で制作されたサウンドノベルです。「Bread」さんを初めて知ったのはSC59に参加した時でした。SC59はコミケやCOMITIAと比較して同人ゲームサークルの数が極端に少ないため、全てのサークルを回るのに殆ど時間は掛かりません。そんな少ない同人サークルの中でこの「Bread」さんの呼び込みが非常に目立っており、是非作品を買ってプレイしようと思いました。それが今回のレビューである「カラゴモリ」です。その後コミケやCOMITIAでも何度かお目に掛かりその度に勢いのある声かけをされておりましたのでいい加減プレイしようと思い今に至っております。感想ですが、短いながらも心を揺さぶられるシナリオに大変満足できる内容でした。

 公式HPでも書かれておりますが、カラゴモリとは「殻篭もり」又は「殻子守り」と書く古の妖怪でして、稚児から母をさらいその心の裡に閉じ込める存在です。主人公を含めた演劇部の4人はこのカラゴモリのような事件に巻き込まれることになり、行方不明になっている母親を見つけて子供と再会させる為に奮闘する事になります。ミステリーの様なプロットですがいつの間にか演劇部のメンバーもこのカラゴモリに取り込まれてしまっており、閉じ込められた世界から脱出する為に何が正しくて何が間違っているのかを自問自答しながら前に進んでいくこととなる伝奇物です。

 伝奇物であるということは公式HPのキャラクター紹介を見れば一目瞭然ですね。主人公は元妖怪の縁切り鋏、ヒロインは妖怪のサトリであり友人である女の子は退魔師ですからね。冒頭から妖怪らしい掛け合いが始まり、これが普通のビジュアルノベルでない事を予感させます。プレイヤーの方にはまずは演劇部のメンバーの性格を掴むところから始めて頂きたいですね。物語は始めからいきなり展開していく訳ではなく冒頭は演劇部のメンバーでの掛け合いがメインになりますので、主人公の立ち位置や各キャラクターの性格を把握する時間だと思っております。

 そしてこの作品の特徴として群像劇であることが挙げられます。割と冒頭から演劇部のメンバーそれぞれの視点で会話が展開されていきますので、今回の事件について多角的な視点で解決を目指していく事になります。唯でさえ個性的なメンバーでありますので、それぞれがどのような心理であるのかを把握しながら物語を進めていく事が鍵になります。加えて全てのメンバーが同じ行動をするわけではなく別々の場所で別々の役割で事件解決の為に行動しますので、それぞれで掴んだ事実を持ち寄ることで真実に近づくことが出来ます。群像劇の特徴を生かした読み応えのあるシナリオであると思いました。

 ちなみにプレイ時間的には思ったよりも短く、私で2〜3時間程度でした。それでもプレイ時間以上に長い間このカラゴモリという作品に触れていたような感覚があり、それだけ作品の世界観にのめり込んでいたという事かも知れません。そしてカラゴモリとは親子の心の隙間に付け入る妖怪です。プレイヤーには何故この親子がカラゴモリに付け入られたのか、そして親子を再会させる為には何が必要なのかを考えながらプレイして頂けますとより一層楽しめるのではないかと思います。ちょっと厚めの文庫本を読む感覚でプレイしてみては如何でしょうか。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<全ては自分の殻を破って相手と向き合うことで、本当の意味でお互いを思いやり愛することが出来る>

 振り返ってみれば誰1人として間違った事をしておりませんでした。それぞれがそれぞれの立場でお互いを気遣い大切に思っていながら今回の事件が発生してしまいました。それはちょっとした相手への誤解が生んだ悲劇であり、お互いが自分の殻を破って相手と向き合うことが事件解決への糸口でした。

 自分が大切に思っている事はそれ自身が心の拠り所であり、ましてや壊されてしまっては自分というものが何なのかを見失ってしまいます。そういう意味で例え真実とは異なっていても辛い事実から目をそらしてしまうことはある意味当たり前のことであり、そうする事で自分という物を保ち続けるというのが人間らしさというものです。特に幼い子供にとって母親は最も信頼をおける存在であり、そんな母親が仮にも自分のことを嫌いだったとしたらもう子供は生きてはいけませんね。カラゴモリはそのような心の隙間をつけ込んだ妖怪であり、母親を隠したのがまさか子供自身であるとは当人が気付くはずもありませんでした。

 自分の心を守るために大切なものを心に閉じ込めるのは仕方がない部分ではあります。ですがそのままでは現実から目を背けたままであり本当の意味で問題の解決にたどり着くことは出来ません。いつかは自分の殻を破って真実と向き合う覚悟を持たなければいけない時がやってきます。しかしそれを自分自身で決断することはとても難しいことです。主人公とサトリの2人はそんな1歩前に踏み出せない子供を支える事が目的であり、同時に親子を再会させる為に欠かすことが出来ない存在になってました。

 主人公は元妖怪の縁切り鋏です。本来であれば人と人とを結んでいる縁を切るというとんでもない存在です。ですか今回はその持ち前の鋏を子供の固く閉じられた殻を切る為に使うことが出来ました。確かに主人公とサトリはどこまでも子供に優しくする事が出来ます。ですがどれだけ優しくしても本当の母親と父親になることは出来ません。何よりもこの親子はお互いがお互いを大好きなのですから、それぞれが歩み寄ることで問題は一瞬で解決されます。全ては自分の殻を破って相手と向き合うことで、本当の意味でお互いを思いやり愛することが出来るのだなと感じました。

 今回は母親が失踪したという基点で物語が始まりましたが、自分自身の気持ちを整理し相手と向き合わなければいけないのはどの登場人物にも共通でしたね。一宮は自身がカラゴモリという事で同様ですが年齢も重ねてどこか割り切れる部分を持てたのでしょう、最終的には笑顔で母親と再会できました。後は主人公とサトリの関係も気になりますね。特にサトリは相手の心を読める能力を持っておりますので人間とのコミュニケーションを行うには尚の事苦労しそうです。ですがそのしがらみも主人公の鋏が断ち切ってくれそうですね。最終的に心温まる物語でしたし、続編も期待したいところです。ありがとうございました。


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