M.M 俺と彼女の聖域の終わりと…




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
5 5 - 62 〜1 2017/10/21
作品ページ サークルページ



<人と人の距離感を見つめ直す切っ掛けになる、不器用でこそばゆい男女の物語です。>

 この「俺と彼女の聖域の終わりと…」は同人サークルである「ぜびしゅ!」で制作されたビジュアルノベルです。ぜびしゅ!さんに初めてお会いしたのはC92で同人ゲームの島サークルを回っている時でした。私は即売会ではちょっとでも触覚が反応した作品は全部手に取ってしまうタチでして、今回レビューしている「俺と彼女の聖域の終わりと…」もパッケージを見て気になり購入しておりました。オレンジ色に輝く電車の車内で考え事をしているのか恥ずかしがっているのかなんとも読めない表情をしている美少女が立っている姿はそれだけで映えるものであり、それでいてタイトルに「聖域」と想像力を掻き立てるワードが入っております。これはただの日常の物語なのか、それともファンタジーに変貌するのか、聖域とは何なのか、この美少女が魔法少女にでも変身するのか、そんな色々な想像を持ちながらプレイし始めておりました。結果としてこの作品は日常を描いた作品でした。ですが、この聖域という言葉の重みに最終的に気付かされる温かい物語でした。

 主人公はどこにでもいる普通のフリーターです。普通のフリーターという言葉がそもそも普通かどうかは分かりませんが、決して未来に対して特にやる気があるわけでもなく何となく日々を漫然と過ごしておりました。主人公はいつも電車で仕事に向かいます。そして、始発駅から乗り込みいつも同じ電車同じ場所に乗る1人の女子高生を眺めるのが唯一の楽しみでした。毎日の日常の景色、この2人になにか特別な接点があるわけでもありません。それでもこの2人しかいない瞬間は主人公にとって掛け替えのないものでした。それでも途中駅を過ぎればほかのお客さんも乗ってきます。その瞬間、2人だけの空間は終わりを迎えるのです。まさに2人だけの聖域、しかも主人公が勝手に聖域だと思っているだけです。そんな聖域が終わってしまったら、そして終わった先には何が待っているのでしょうか?小さな男女の物語が幕を開けます。

 人間関係において、大切にしたい距離感というものはあると思います。仕事であれば仕事の間柄、学生時代の知り合いであれば学生時代の間柄、趣味であれば趣味の関係、それぞれの立場で接し方も話すことも全然変わってきます。それは当たり前のことであり、日々多くの人と触れ合う中で距離を図ることは自分を守る事にもなります。好きな人がいれば距離を詰めたい、それでも今のこの関係が心地よい、そんな葛藤は誰もが感じたことがあると思います。何よりも相手の気持ちが分かりませんからね。自分は距離を近づけたい or 遠ざかりたいと思っても、相手がどう思っているか分かりません。この2人の気持ちがズレると、想像以上に面倒くさい事になります。そうであるなら今のままでも構わない。電車の中でお互い会話もせず名前も知らない2人、その距離感はある意味掛け替えのないものであり尊いものなのかも知れません。だからこそ、その距離感を壊す事には大きな勇気が必要なのです。

 この作品の魅力は主人公とヒロイン2人の心理描写です。フリーターである主人公は一見夢も希望もない青年に見えます。そして電車の中にたまたま乗り合わせた女子高生に見蕩れるだけです。こんな主人公、恥ずかしくて正直見ていられないと思うと思います。ですが彼には他の人にはない魅力がありました。それはお年寄りに席を譲る、不良高校生がいたらそれとなく牽制する、ひったくり犯がいたら足を引っ掛けて止める、そんな現実では中々行動に移せない事をやりのけるのです。とてもカッコ良いです。ですが、そんな小さな事に誰も気づかないのです。一方ヒロインは本が好きな文学少女です。そして美少女です。高嶺の花という言葉がピッタリです。ですが、彼女はただお高く止まっているだけの女の子なのでしょうか?例えば、たまたま同じ電車に乗り合わせた男性がした小さな良い事に気づいたりしないのでしょうか?この作品は主人公視点でのみ展開されます。つまりヒロインの気持ちは分からないという事です。だからこそ、物語を進めていく中で実はお互いこんな事を思っていたという事が後にネタばらしされます。その時プレイヤーの皆さんはどう思うでしょうか、それを確認して欲しいですね。

 プレイ時間は私で40分程度でした。40分ですのであっという間に終わってしまいます。選択肢もありません。とある男女の小さな物語です。見る人がいたら非常にこそばゆくなる内容です。ですが、そんなもどかしさや初々しさがとても印象に残りました。そして、聖域が終わった後にどうやって距離感を作っていくのかは自分の事のように読む事が出来ました。この作品は不器用で鈍感な男女の物語です。そして人間の距離感の大切さを訴えた作品です。是非この作品を切っ掛けにして、あなたも自分と自分に関わっている人との距離感を見つめ直してみては如何でしょうか。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人の魅力は距離感で変わる。それが良い事なのか悪い事なのか、その時にならないと分かりませんね。>

 人と人がもともと持っている距離感、それを近づけたい遠ざけたいと思ったとき、相手との温度差があると大体離れます。不思議なものですよね。お互いに離れたいと思えば離れますし、自分が近づきたいと思っても相手がそうでなかったら離れますし、お互いに近づきたいと思わないと近づきません。それを知っているから、皆さん人との距離を近づける為に様々な努力をするのだと思います。もっと相手の事を知りたい、相手に自分の事を分かって欲しい、これが本当に難しいですよね。衛と香菜もまた不器用でしたが、少しずつお互いの距離を縮めていきました。一歩一歩地道な歩みでした。だからこそ、お互いに信頼し幸せにしたいと思えるようになったのだと思います。

 自分の事を見てくれるってとても嬉しい事ですよね。衛が行った小さな善行、殆どの人は気づいていませんでしたけど見てくれる人は見てくれていました。それは香菜だけではなく電車の車掌さんもそうでした。そして、見返りなく善行できる人には自然と優しくしたいと思うものですね。他人という距離感から読書友達という距離感に近づいた2人、そしてそこからお互いの気持ちを曝け出す距離感に近づけた切っ掛けは間違いなく車掌さんのお陰でした。因果だと思いました。良い事をすれば、それは自然と自分に帰ってくるのだなと思いました。後は衛がちゃんと決心して前に進む事が出来たのが素晴らしいですね。踏み出しどころを見誤らなかった、だからこそ2人は恋人という距離感に近づけたのだと思います。

 そして香菜も思ったよりも積極的な女の子でした。始めは他人に無関心な子だと思ってましたが、しっかりと周りの状況や人を見る目を持っておりました。そして、この人なら信頼できるという価値観も持っておりました。聖域を壊したのは香菜の方でしたからね。本を利用して自分から衛に話しかける切っ掛けを作りました。その前段ではちゃんと会話できるように自己啓発本も読んでました。そしてその後の「私色に染める」という発言は、意図しているかどうか分かりませんか直撃でした。それからお弁当作りが始まり、徐々に言葉も打ち解けて1年も経過しました。そして運命の日。彼女は改札を出ても15分も衛を待ってました。その気持ちは、確かに衛に届きました。この時、ようやくお互いが近づきたいと思った事に気付けました。とても素敵な物語だと思いました。

 そして個人的に好きだったのが、衛が香菜に対して誠実であった事です。衛は香菜が東京に出るときにハッキリ言いました。「好きだけど、だからこそ俺は君の邪魔になりたくないんだよ」と。衛は自分の事で相手が自分の夢や未来を変えて欲しくないと思ったのでしょうけど、同時にそんな自分の夢や未来を目指す姿に惚れたのだと思います。これは自分もそうです。人が人に惚れるのは、その時その瞬間の姿が美しいからだと思っております。だからこそ、その高貴な部分は変わって欲しくないのです。だからこそ、あの時香菜が「あなたと一緒にいたいから大学に行きたくない」とダダをこねたら、きっと衛は香菜の事を好きではなくなっていたと思います。結果として香菜が大学に行く目的は管理栄養士になる事、更にその目的は衛に美味しい食事を作ってあげたい事でした。もうこっちが拍子抜けするくらいのノロケでしたので色々悩んだのが馬鹿らしく思えますけどね。

 人が人を好きになる事と、その人を自分のものにしたいという気持ちは別物だと思っております。もしかしたら、それもまた相手との距離感が変われば変わるものなのかも知れませんね。人は何故人を好きになるのか。好きになってそれからどうしたいのか。距離感を保ちたいのかそれとももっと近づきたいのか。本当、人間関係って難しいですね。この物語のような絵に書いたような都合の良いラブストーリーはまず起こりません。それでも、彼らの不器用な生き方から感じるものは沢山ありました。これからも結婚を切っ掛けにまた距離感は変わると思います。そしてその距離感で見える香菜にはまた違った魅力があると思います。そんな一生続いていく人生の一幕を見る事が出来ました。ありがとうございました。


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