M.M 紙一重の想い人




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 7 - 77 〜1 2021/12/27
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<細かな部分まで配慮が行き届き、そして完成された世界観を堪能して下さい。>

 この「紙一重の想い人」は、同人ゲームサークルである「猫と心中」で制作されたビジュアルノベルです。この作品はですね、何と私とお知り合いの倉下さんと一緒に企画したcrAsM.M ビジュアルノベルオンリーというイベントが初出なんです!猫と心中さんは、ビジュアルノベルを中心として小説本など様々な作品を制作されているサークルさんです。元々倉下さんが行っているcrAsmビジュアルノベルリスト2020にも御参加されており、その縁なのかこうして繋がる事が出来て嬉しく思っております。丁寧なHP運営をされており、様々なジャンルの作品を制作されておりとても魅力的です。折角今回新作を作られたという事で、早速プレイしてみました。

 主人公である久留惺(読み方はくめさとる)は、退魔を生業とする家系に生まれた高校生です。惺自身は退魔師になるつもりは無いのですが、家系の為か霊感は普通にありますのでそうした霊的なものは見えてしまいます。ここ最近も、惺はバイト先の知り合いである百合永嵐(読み方はゆりながあらし)に何か違和感を覚えておりました。惺は退魔に積極的ではありませんが、普通に近くにいる人の力になりたいと思う心の持ち主です。嵐に覚える違和感の正体を求めて、自分なりに調査を始めました。すると、嵐は何と惺の姉である久留律花(読み方はくめりっか)の彼氏だったのです。ここでまさかの繋がりを得た惺と嵐と律花、この事が惺の自分自身の道のりを考える切っ掛けになるとはこの時思ってもみませんでした。

 プレイしてみて直ぐに思ったのは、とても丁寧な作り込みだという事です。ウィンドウ形式のスタイルは画面全体に対してバランスよく、そのウィンドウも独自のデザインで描かれ拘りを感じました。基本的な機能は一通り揃っており、読む事に違和感はありません。また特徴として効果音が細かく設定されている事が上げられると思いました。信号機の音、スマホの音、足跡など無くても構わない要素を細かく配備しておりますのでリアルさを感じました。他にも、テキスト表示にてフォントを多用している様子が魅力でした。地の文、LINEのテキスト文、電話越しの会話、これらでフォントを区別しておりますので今が誰の視点のテキストなのかやどの場面のテキストなのかを教える一助となっております。このように、様々な要素でプレイヤー視点を感じる事が出来ます。

 個人的に一番のお気に入りはBGMでした。丁寧な作り込みのシステム周りな事に合わせ、BGMも基本的に耳に優しい穏やかなサウンドを採用しております。それでも退魔というこの世のものではない物を扱っておりますので、どこか不穏と言いますか暗めな印象のBGMが多くなっております。その暗めのBGMが、割と哀愁漂いノスタルジックで非常に琴線に触れました。この作品はプレイ後に登場人物紹介・スチル・音楽鑑賞が出来る付録が解放されるのですが、今現在このレビューを書きながら悠々という曲をエンドレスで聞いております。シンプルで物寂し気、それで物語性を感じるメロディが癖になりそうです。BGMはあくまでBGMですので主役になる訳ではありません。だからこそ、物語に引きつけるに特化したラインナップが素晴らしいと思いました。

 プレイ時間は私で45分くらいでした。選択肢は無く、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。1時間未満ですのでちょっとした時間でプレイし終わる事が出来るテキスト量ですが、没頭してしまって時間の経過を忘れてしまい気が付けば終わってしまった印象でした。霊的なものを取り扱って描いているのは人生観や死生観です。焦点を定めて描いておりますので読後感がとても良いです。伝えたい事が伝われば長さは自由で良い、それを改めて実感できた作品でした。出来たてほやほやですので、是非多くの人にプレイして頂きその完成された世界観を感じて欲しいです。折角のcrAsM.M ビジュアルノベルオンリー初出作品ですからね!素敵な作品でした。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<久留律花は幸せだと思います、これだけ親身になってくれる人がいるのですから。>

 最後までプレイして、人間にとって何が大切かを再確認出来た気がします。どんなに小さな事でも、誠実さを欠いてしまうとどうしても自分に自信を持てなくなってしまうんですよね。出来る事なら、ずっといつまでも真っ直ぐに誠実に生きたいものです。

 死という物は人間の手に余るものです。というよりも、人生は1度きりでありやり直しが出来ません。だからこそ、たった一度の人生を精いっぱい生きようとするのだと思います。ですけど、同時にやり直しがきかない生だからこそやり直せたらと思うのも当然だと思います。そんな蘇りの様な事が可能だと分かったら、どんな倫理観を持った人でも魔がさして手を出してしまうかも知れません。でもそれは許されない事です。どんな理由があっても行ってはいけません。そこに、人間らしさと言いますか人間の矜持が掛かっているのだと思います。それを行ってしまった久留律花、作中でも甘やかされる事無くしっかりと断罪されました。

 大量の霊に取り憑かれ命を落としてしまった百合永嵐。その責任を感じた久留律花は、退魔術の中でも禁忌とされている憑依の術を使い百合永嵐を借りの命で蘇らせてしまいました。そして、百合永嵐に違和感を持たせないように同じく禁忌とされている忘却の術を使いました。これで、久留律花がずっと管理していれば百合永嵐は死ぬ事無くずっと生き続ける事が出来るのです。しかし、そんな百合永嵐に弟の久留惺は違和感を覚えました。何故か百合永嵐に霊的なものを感じたのです。普段の久留惺であれば特に干渉せずそのまま放っておくのですが、この時の久留惺は違いました。この作品、物語としては百合永嵐が実は死んでいて黒幕は久留律花でしたで終わってしまいそうです。ですが、その中でしっかりと人物が自分を顧みて成長している様子が魅力だと思います。特に久留惺の姿勢の変化は素敵でした。「俺に出来る事を最大限、自分の力量を理解、その積み重ね」というセリフなんて、今までの久留惺にはあり得ませんでした。それだけ、久留惺にとっても力になりたかったのでしょうね。「誰かに思ってもらえるのは嬉しい」と、作中でもありましたしね。もしかしたら、大切な人のために人は変われるのかも知れません。

 そして、百合永嵐は久留律花の禁忌によって生かされている事が分かりました。これに対して、一切の妥協は許されませんでした。別に、久留律花も悪いことをしている自覚はあったのです。それでも、父親に真っ先に相談しなかった辺りやはり後ろめたい事があったのは間違いありません。皆さんも同じ経験があるのではないでしょうか。間違った事をしてしまった時、中々人に言えないですよね。ですけど、それを言う事が誠意というものです。作中でも「正しくあろうとする姿勢に向き合いたい」とありました。これが出来る人が、羨ましいですね。だからこそ、物語の結末は決まってました。「死んだ人間に、生きている人間が出来る事はない」「人間の欲は、小さな穴から際限なく広がっていく」作中で語られたこれらが絶対不変の事実であり、決して例外を認めてはいけません。それが「ただただ敬意を払うのみ、それが死」なのでしょうね。

 久留律花は大学を中退しました。そして二度と退魔術に関わる事を禁じられました。作中で「罪悪感を背負うのが律花の贖罪」とありました通り、もう久留律花に出来るのはこれしかありません。それだけの事をしたのですからね。正直言えば、久留律花の気持ちは痛いほど分かります。そしてそれは久留惺も父親も同様だったと思います。だからこそ、久留律花の行動を許してはいけないのです。それが退魔術に関わるものの矜持でした。久留律花は幸せだと思います、これだけ親身になってくれる人がいるのですから。作中でも「他人事だけど、親身になって考えてくれる人の正論は必要」とありました。久留律花は愛されていますので、退魔術に関われなくてもきっと再スタート出来ると思います。今回の一連の出来事は、退魔術に関わる人にとって苦い記憶となったと思います。その分、誰もが1つ成長できたのかなと思いました。過去にしがみつかず、人間にとって大切な物をこれからも追い続けて欲しいと思いました。ありがとうございました。


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