M.M 神絵師養成所
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
6 | 6 | - | 73 | 〜1 | 2022/8/12 |
作品ページ | サークルページ |
<この作品を通して、SNSとの関わり方や好きなものへの向き合い方を考えてみては如何でしょうか。>
この「神絵師養成所」は、同人サークルである「えるりんご」で制作されたビジュアルノベルです。えるりんごさんは同人ビジュアルノベルのみならず同人誌も制作されているサークルさんです。私はえるりんごさんを初めて知ったのはショタ系の作品ですが、ショタのみならず色々なジャンルの作品を作られており多彩だなという印象を持っております。同人ビジュアルノベルも、BLからショタまで様々なジャンルの作品があります。これまで頒布された作品をプレイして、キャラクターが物語を動かしていくという印象を強く持ちました。扱っている題材が恋愛だったり生き様だったりと、登場人物のパーソナリティに強く関わるものが多いからかも知れません。そんなえるりんごさんの記念するべきC100の新作がこの神絵師養成所です。先行でプレイさせて頂き今回のレビューになっております。C100当日は無料で頒布されますので、来られる方は是非お手に取ってみて下さい。
時は20XX年、鳥人間より作り出された「トリッター」によりいわゆる「神絵師」と呼ばれる存在がもてはやされ注目される時代です。この世界で神絵師は文字通り神の様な存在であり、多くの人にとってあこがれの存在となっております。一握りの神絵師は絵を投稿しただけでニュースに取り上げられる程であり、社会への影響力は計り知れないものでした。主人公である悠斗もまた、そんな神絵師に憧れる少年でした。絵を描く事が大好きな悠斗は、友人であるフトシやクラスメイトに自分が好きな絵を見せるのが日課となってました。そして、いつかそんな好きな絵で生きていけたらと密かな願望を持ってました。そんな悠斗に先生が「神絵師養成所に行ってみないか?」と声を掛けてくれました。ここに行けば自分も神絵師になれる!そんな希望を持って悠斗は神絵師への道を進み始めます。しかし、それは自分の理想とは全然違った世界だったのです。
この作品のジャンルは「絵師闇堕ちノベルゲーム」となっております。つまり、最終的には闇堕ちしてしまう。何となく気持ちは想像出来ます。現実のTwitterを見ても、いわゆる神絵師と呼ばれるような存在の絵は溢れてますからね。絵に限らず、文章や写真でも何でも同じです。どうして自分のツイートは注目されないのに、あの人のツイートは注目されるんだろう。これはSNSというメディアを使う上で誰もが向き合う事になる障害だと思います。承認欲求という事ですね。SNSは使い方を工夫すればとても有効なツールだと思いますが、1つ間違えれば自分の精神安定を揺るがす存在にもなると思います。この作品では、そんな現代のSNS中心の社会の在り方について考えさせてくれます。SNS、やらない方が幸せになれるかも知れませんよ?是非SNS疲れを感じている方にプレイして頂きたいです。
そして、この作品では「好き」という事についても触れております。主人公の悠斗は普通の絵が好きな少年です。そんな悠斗が神絵師になりたいと思ったのは何故でしょうか?この辺りは本編で語られますが、人は様々な理由で神絵師になりたいと思い行動します。純粋に絵が好きな人だけではありません、もしかしたら「いいね!」が欲しいだけで神絵師を目指している人もいるかも知れません。その人は、果たして絵が好きなんでしょうかね?これは一概には言えない事だと思います。好きというものは、その人の数だけあります。一番残念だと思うのは、好きなものがいつの間にか好きでなくなっているのに続けている事だと思うんです。神絵師になる為に、きっと好きな事だけやってなれる訳では無いと思います。それでも自分の好きを見失わなければ構わないと思います。これがいつしか義務になり苦痛になった瞬間、その人の好きは消えてしまうのでしょうね。果たして誰が闇堕ちするんでしょうか、何故闇堕ちするんでしょうか。是非創作に関わっている全ての方にもプレイして頂きたいです。
その他注目するべき点ですが、立ち絵・背景素材・BGMはフリー素材ではなくオリジナルとなっております。特に背景素材は、作中の神絵師とはどの程度の画力なのかや主人公の画力はどんなものなのかをスチルで表現しておりますのでイメージが湧きやすくなると思います。立ち絵も個性的であり、主人公悠斗の気弱な感じや同級生フトシの大らかな感じが伝わります。個人的に、フトシは良いキャラしてると思うんですよね。ちょっと小太りで食べるの大好き、そしてあのキラキラした曇りなき瞳、間違いなく主人公悠斗にとって大切な存在となっている筈です。BGMも場面ごとにイメージが固まる様適切に使われているように思えました。今回使われているBGMは過去作で使用されたものでもありますので、プレイ済みの方は気付くかも知れません。
プレイ時間は私で45分くらいでした。選択肢は無く、クリック1つでエンディングまで読む事が出来ます。システム周りで良いなと思う点が1つありました。それはテキストボックスのサイズ感です。この作品ではウィンドウ形式でテキストが表示されますが、1度のクリックで最大2行までしか表示されません。個人的に、パッと画面に表示された文字を読む時は2行程度のボリュームが調度良いと思っております。多すぎず少なすぎないテキスト量で、テンポよくクリックして読み進める事が出来ました。総じてプレイヤーに必要な情報が最低限提示され、割と想像力に任せる部分が多いと思いました。逆にその方がテキストに集中出来ると思いますし、一人ひとりの神絵師やTwitterのイメージに沿わせれば良いのではないかと思います。この作品を通して、SNSとの関わり方や好きなものへの向き合い方を考えてみては如何でしょうか。楽しかったです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<結局のところ、自分の人生を生きるという事が大切なんですね。>
最後までプレイして、まさかこの世界そのものが鳥人間によるディストピアだとは思いませんでした。神絵師のランクがそのまま人間のランクになるなんて、まるで人間が高級和牛のランク付けみたいです。もしかしたら、こんな風に世の中の承認欲求は誰かの手のひらで利用されているのかも知れませんね。
この世界に存在するトリッターは、基本的にはTwitterと同質のものです。自分で自由に画像や文章を投稿でき、それに対していいね!やリツイートが出来、相互フォローする事が出来ます。唯一の違いは、いいね!の数がそっくりそのまま人間の価値になってしまう事です。自分達も、自分の承認欲求に折り合いを付けながらSNSを利用している部分があると思います。そして、自分より圧倒的に多いフォロワーの持ち主やいいね!が集まるツイートに少なからず羨望の気持ちを持つと思います。この事は別に普通の気持ちであり、当たり前の感情だと思います。ですがこの世界ではいいね!を集める事が唯一無二の価値観となっております。こうなってしまっては、自分自身の承認欲求だけでは折り合いをつけることは出来ません。いいね!の数がそのまま自分自身の価値であり、いいね!が少ない人は人間として無価値なのです。これは恐ろしい事だと思いました。それ以外の個性が全て否定されているのですから。
神絵師養成所にいる人間は、基本的に全員闇堕ちしてしまいました。主人公悠斗はトリホを壊し、鳥人間を殺して自分が書きたい絵を描き続けるために殻に籠りました。望亜は、Aクラスまで上り詰めたのにそれでも満足できず結局はSクラスへなれなかった嫉妬に狂いました。クラスメイトAとBもまた、神絵師になれないと悟り神絵師養成所からの脱獄を試みました。承認欲求に終わりはなく、誰もが健全な最期を迎える事が出来なかったのです。物語中唯一のSクラスであるZさんは、どんな気持ちだったのでしょうね。自分がNo.1なのですから、もしかしたら嫉妬の気持ちはなかったのかも知れません。結局のところ、この世界で闇落ちしない方法は2つだけでした。1つは神絵師養成所でNo.1になる事、もう1つは神絵師養成所に行かない事です。
エンディング直前、悠斗の友人であるフトシは卒業から変わらず工場でトリホを作り続けておりました。変わり映えの無い生活、それでもフトシの目から光が消える事はありませんでした。変わらない日常ではありますが美味しいご飯があり健康が保たれている、もしかしたら案外こうした生活の方が幸せを感じれるかも知れません。要は、自分の好きな事の為に生きるという事ですね。フトシが好きな事は食べる事、それが満たされればそれ以上を求める必要はないのです。悠斗も、神絵師を目指さず工場に行き慎ましくも平凡な生活を送りながら自分の好きな絵を描いていたら幸せになれたのかも知れませんね。神絵師は憧れの存在だけに留めておく、それもまた人生において大切な事かも知れません。
後は、誰かの価値観の為に生きる必要はないという事も大切ですね。この作品は、結局のところ世界全てが鳥人間が仕掛けたディストピアでした。自分達が良質な人間を食べたいが故に、人間に自分勝手な価値観を植え付けて勝手に人間同士を競わせてました。どれだけトリッターでいいね!を集めても、最終的には鳥人間の食料になってしまうのにですね。自分が好きな事なら良いと思いますが、そうでないのであれば深入りしない事です。どこかで線を引いて、それ以上深みにはまらない事は何事も大事だと思います。会社での出世競争も同じかも知れません。出世すれば羨望を集められますし給料も増えますが、同時に責任や労働時間も増します。仕事が好きならば良いですけど、そうでないのなら諸刃の剣ですね。何よりも、出世して羨望を集められるのは会社の中だけです。外に出れば、唯の一般人ですからね。
この作品では、SNSにおいていいね!を集める事の虚しさや自分のペースで生きる事の大切さを示しておりました。「絵師闇堕ちノベルゲーム」というジャンル名から誰かが闇堕ちするんだろうなという想像は付きましたが、まさかこんなエンディングになるとは思いませんでした。結局のところ、悠斗は幸せになれたのでしょうか?最終的に好きな絵を描き続けられる環境に身を置けたので、一応はハッピーエンドかも知れません。ですけど、傍から見たら健全とは言えないかも知れません。それもまた、1つの到達点という事です。SNSが諸悪の根源とは言いません。後は、自分の承認欲求と照らし合わせて健全に使う事ですね。あなたも鳥人間のおもちゃにならないように、そして自分らしく生きるために改めて自分を見つめてみては如何でしょうか。楽しかったです。ありがとうございました。