M.M ISLAND




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
10 8 8 92 19〜22 2016/5/15
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<伝奇・SF・ミステリーなどあらゆる要素を包括したシナリオの中で、是非主人公の生き様を見届けて欲しいですね。>

 この「ISLAND」はFrontWingで制作されたビジュアルノベルです。FrontWingの作品といえば「ジブリールシリーズ」や「グリザイアシリーズ」などロングヒットのタイトルで有名なブランドであり、純愛から寝取られ、日常ものからファンタジーまで幅広いジャンルの作品を制作しております。実は私、FrontWingのタイトルはそれなりに目にしていたのですが実際にプレイした作品は1つもありませんでした。それでも今回そのFrontWingの新作である「ISLAND」をプレイした理由は、シナリオライターが私の大好きなタイトルの1つである「ひまわり」を制作したごぉ氏だったからです。

 「ひまわり」とは、同人ゲームサークルであるぶらんくのーとで制作されたビジュアルノベルです。ジャンルはなんと「ロリっ娘宇宙人同棲アドベンチャー」となっており、その名の通り明らかに18歳に見えない様なロリっ娘がメインヒロインという事で始めはそうしたフェチ的な作品だと思っておりました。ですが実際プレイしてみたらそんな印象は何処へやら。壮大なSF仕立ての設定に矛盾のないプロット、その中で描かれる登場人物たちの人間らしい生き様はストレートに響くものであり読み物として多くの方に愛されております。後にこのひまわりはPSP版としてボイス付きで再販され、更にその後PSV版として空中幼彩氏のリメイクで再再版されました。そんなごぉ氏と空中幼彩氏のコンビで作られた新作がこの「ISLAND」であり、ごぉ氏にとってのビジュアルノベルの完全新作としては実に9年ぶりとなります。

 舞台は本土より遠く離れた南の島である「浦島」。そこは自然豊かなまさに楽園と称せる島。ですがそんな島であるからこそ古くからの伝承や言い伝えが残っており、非常に閉鎖的な生活環境を強いられておりました。特に浦島に古くから発症している風土病の「媒紋病」や島で力を持っていた「浦島御三家」の崩壊によって徐々に人口を減らしていき、限界集落になるのも時間の問題でした。そんな浦島の海岸にある日一人の男性が打ち上げられます。それが本作の主人公であり、自分の名前や打ち上げられる前の出来事など殆どの記憶を失っておりました。ですが唯一残っていた「せつな」「りんね」の名前を頼りに、島の風習など全く気にせず自分の目的を探して奮闘することになります。島で出会う三人の女の子との関わりや伝承の真実や歴史を知っていく中で、主人公は自分のルーツや目的について深く考えることになりやがてそれが物語を動かす事になるのです。

 ISLANDという作品がどういう作品なのか、実はそれを一言で話すのが非常に難しいです。あらすじでも話しました通り、浦島という都会の喧騒とは無縁の田舎が舞台でありそこには伝承や土地の風土が根強く残っております。まさに伝奇ものとして申し分ないプロットです。ですが主人公は自分の事を「未来から来た」と主張しており、それに呼応するかのように沖合には海洋調査チームによる海上ステーションが存在しております。まるでSFそのものです。そして物語を読んでいく中で様々な矛盾に気が付くことになります。誰が本当の事を言っていて何が真実なのか、表面だけを見ていてはわからないのです。それはまるでミステリーの様。このように伝奇・SF・ミステリーと様々な要素が絡み合っており、始めは与えられる情報を整理するだけで一苦労する事と思います。まずは浦島の自然豊かな雰囲気を味わい、どのような人間関係なのかを掴みながらプレイして頂ければと思います。

 最大の魅力はやはり主人公にあると思います。未来から来た等と根拠のない発言をするだけではなく、真面目は空気が苦手でいつも冗談ばかり言っている基本だらしのない性格です。ですが思い立ったら考えることよりまず行動する分かりやすい性格であり、大抵は空回りなのですがそのひたむきさは主人公らしさそのものだと思っております。何よりもこの主人公には過去の記憶が一切ないのです。その為プレイヤーは浦島の真実やヒロインの心情を追うだけではなく主人公が何者なのかという事に常に気を配っていなければいけません。物語を動かす存在である主人公、その彼のルーツが解明される時がターニングポイントです。是非神の視点を持っている我々プレイヤーだからこそ、出来るだけ全体を俯瞰して最後まで物語を楽しんで欲しいですね。

 その他の要素としては、やはり空中幼彩が描くヒロインがとても魅力的です。元々FrontWingの「ジブリールシリーズ」で原画を勤めていた事もあり、ブランドとの親和性がとても高いです。加えてロリ系の絵柄でありながら表情豊かに描いてくれますので非常に人間的な印象を受けます。色使いが自然ですね。是非ビジュアルにも注目して欲しいです。そしてこの作品は全年齢対象という事で、「田村ゆかり」「村川梨衣」「阿澄佳奈」と実力派の声優を起用しております。特にメインヒロインである「御原凛音」を演じている「田村ゆかり」の出番は一際多く、数多くのビジュアルノベルの声優を経験しているキャリアの通り非常に感情移入出来る演技で盛り立ててくれます。またボーカル曲の幾つかはeufoniusのriya氏が担当しており、これもまた「ひまわり」との共通点ですね。シナリオ以外でもFrontWingらしさやひまわりらしさを意識させ、非常に力の入った作品であることが伺えます。

 プレイ時間は私で19時間30分程度掛かりました。ネタバレになりますので具体的には言えませんが、この作品には数多くのEDが用意されており全てを見るには中々の根気が必要です。またメインヒロインである「御原凛音」を中心としたルートはとびきり長く、プレイ時間の半分以上は彼女のルートで費やしました。ですがそんなプレイ時間の長さなど気にならないシナリオが貴方を待っております。始めは田舎を舞台としたボーイミーツガールなのかなと思うでしょうが、とあるターニングポイントから加速度的に盛り上がっていきます。是非最後までプレイして頂き、主人公をはじめとした全ての登場人物たちの生き様を見届けて欲しいですね。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<タイムトラベルしていたのは切那と凛音だけではなく、私たちプレイヤーもだったのですね。>

 非常に大きなスケールの作品でした。ネタバレ無しでも書きましたが、伝承・SF・ミステリーと様々な要素を持った作品でありながら、それらを矛盾なく説明し包み込む設定の深さに感服しました。そしてそんなスケールの大きな設定の中で描かれたのは、ほんの些細な願いでした。全てはたった一組の男女の恋物語、お伽噺。この物語は、これからも伝承・聖典として多くの人に語り継がれ読まれるのだろうと思います。



 この作品を理解する上で大切な事は、記憶・経験・輪廻転生の概念を正しく把握する事です。冷凍睡眠装置を使用した人間は、使用した前後の記憶が欠落するという副作用を抱えてしまいます。1994年に暴龍島にあった冷凍睡眠装置で5年間の眠りに就いた凛音は切那という存在についてあやふやになっておりました。1999年から22016年まで2万年という永い眠りについた切那もまた同様でした。それでも僅かに残された記憶、「セツナ」と「リンネ」という言葉のみを頼りに自分の目的の為に奮闘するのです。その結果迎えたのはどうしようもない悲劇だったのかも知れません。アイランドの崩壊だったのかも知れません。それでも、目の前に愛する人のために一生懸命になる気持ちは本物でした。元々人類の英知を超えた旅をしている彼らです。再会し結ばれるだけでも奇跡だったのです。

 ですがこの世界ではもう一つ記憶を引き継ぐ方法があったのです。それが輪廻転生、生まれ変わるという事です。夏編の凛音編、切那は本来記憶にあるはずのない夏蓮が兄である守春との関係について知っておりました。また紗羅が住んでいるプレハブ小屋の屋根が劣化していること、マーヤという存在が鶏である事を知っておりました。当初それは平行世界からの記憶の引き継ぎによるものであり、それは切那が未来から来た唯一のタイムトラベラーだからという事だと思っておりました。ですが実際は未来から過去に来る事はではなく、4万年周期で繰り返される地球の気候変化を飛び越え過去から未来へ跳躍し続けるだけでした。夏蓮EDや紗羅EDを選んだ切那は、その時の記憶を引き継ぐ事は出来ないのです。

 では何故夏編の凛音編で切那は夏蓮編と紗羅編での出来事を覚えていたのでしょうか。それが生まれ変わりによる経験の引き継ぎでした。真夏編のEDでも「記憶は失われても経験は染み付いている」と語られております通り、この世界において記憶と経験は似ているようで全く違うものです。記憶は冷凍睡眠装置及び生まれ変わりの過程で忘れてしまいます。ですが経験は魂が続く限り蓄積されるものであり、それはちょっとした切っ掛けで記憶として思い出せるものでした。冷凍睡眠装置の中に書かれた無数の「セツナ」と「リンネ」の文字は幾度も冷凍睡眠装置を使用した証拠であり、同じくそれは凛音及びリンネが何度も生まれ変わった証拠でもあります。つまり、私たちは知らず知らずのうちに彼らのサポートをしていたんですね。私たちがタイトル画面で「はじめから」を選ぶたびに、あの夏の浦島は4万年の時を超えていたのだろうと思わざるを得ません。タイムトラベルしていたのは切那だけではなく、私たちプレイヤーも同様だったのですね。

 そしてその積み重ねを経てようやく物語は真夏編へとたどり着きます。数多くの成功と失敗を経験し、途方もない時を経て再び夏の浦島に降り立った切那。そんな彼が成し遂げたかったのはほんの些細な事でした。それはすぐ側にあるありふれた物。好きな人と一緒にいる事です。自分が自分足り得る為に記憶や経験は絶対に欠かせません。過去がなければ、今の自分を保証するものを自分で作れないのです。だからこそかつての切那と凛音は他人の言葉や伝承に振り回され、理不尽な最後を遂げてしまいました。ですがそれも経験を蓄積すれば何の事はありませんね。「目の前のことに必死になって、いつも間にか手に入れていた」真夏編の中で切那が話した言葉です。本当ちっぽけなんですよ。切那がいたから伝承の通りになった?切那がいたからアイランドが崩壊した?そんな事はありません。切那は唯の人間です。唯の人間に、世界を変える力なんてあるわけがないじゃないですか!



 ですがそんな切那の途方もない旅も恐らくこれが最後になると思います。理由は2つ。1つは真夏編でやっと未来の設計図が記されたCD-Rを引き継げた事です。運命のいたずらか分かりませんが、恐らくCD-Rを引き継ぐ事と凛音が救われる事はイコールだったのだと思っております。夏蓮編及び紗羅編ではCD-Rは駐在所に置き去りです。夏編の凛音編では時間の流れで風化しバラバラになってしまいます。どんなに冷凍睡眠装置を使ってもどんなに生まれ変わっても、流石に設計図を記憶し完成させる事は出来ません。経験ではなく、初めて「物理的」に引継ぎが行われたのです。もう冷凍睡眠装置は完成しております。であるならタイムマシンくらい、2万年もあれば楽勝ですね。

 そしてもう1つの理由は、真夏編の最後のエピソードの副題が「Prologue of midwinter」となっていた事です。真夏を英語で呼ぶと「midsummer」となります。本来の意味は真夏(まなつ)もしくは夏至という意味となりますが、ここではそうではありませんね。救われない夏、報われない夏を繰り返してようやくたどり着いたのがこの「真夏」です。だからこそ凛音が救われCD-Rを引き継げたのです。そしてその先に待っていたのは「midwinter」、日本語にすると真冬もしくは冬至です。やっと、やっとリンネのタイムマシンが完成する時が来ました。正確に引き継がれた設計図、そこから継ぎ足し継ぎ足しで書かれ2万年の時を超えてやっと完成するのです。個人的には是非「真冬編」を見てみたいと思っているのですが、約束された未来を覗き見るのは野暮というものですね。おめでとうセツナ!おめでとうリンネ!もう、あなた達は途方もない旅をしなくても良いのですよ。



 それにしても、ここまで壮大な旅を続けてまで成し遂げたい「世界を救う」という事は一体どんなことなのでしょうか?

世界を救うって、何だ?
お前の夢は、本当はもっとずっとちっぽけで、
もっとずっとありふれたものだったんじゃないのか?
ーーー例えば、たわいもない子供の落書きのような、そんな。


真夏編のEDで真冬編へ旅立つ前に呟いた言葉です。上でも書きましたが、切那は所詮ただの人間です。世界を救うなんで出来るはずがないのです。彼が出来るのは愛する人の側にいること。凛音と当たり前の平凡な日常を送る事です。それでもタイムマシンを完成させた切那に出来る事があります。恐らく真冬編でタイムマシンを完成させた切那は「全てのスタート地点」に戻ったのではないかと思っております。私の中での最大の疑問は「そもそも誰が冷凍睡眠装置を用意したのか」でした。そんな事が出来るのは、この世界で唯一タイムマシンを持ったセツナとリンネだけに決まってるではないですか。真夏編で凛音は救われました。真冬編でリンネも救われました。そして救われるために必要なのは「経験の蓄積」でした。であるなら、初めに戻って切那に経験の蓄積をさせなければいけませんね!タイムマシンを使うという事は親殺しのパラドックスが生まれるということ。それでも切那と凛音の中で「始めと終わりが繋がっている」のなら、何も問題はありませんね。

 誰もが浦島の発展を願っておりました。誰もがアイランドの存続を願っておりました。それは島民の夢であり人類の夢、ISLANDという名の楽園を目指す事でした。でもたどり着けませんでした。誰もが願っていたのにたどり着けませんでした。ちょっとしたすれ違いでたどり着けませんでした。だから、人々はその経験を記録に残すんですね。その記録は伝承として語り継がれ浦島にたどり着き、それを受けて聖典として語り継がれアイランドにたどり着きます。同じだったんです。セツナとリンネが特別だったのではないのです。みんな、みんなが同じ事を思っていたのです。そしてみんながみんな同じ事をしていたのです。時を越えられないのであれば地で繋げればいいのです。例えタイムマシンが作れなくても、何らかの原因で冷凍睡眠装置が壊れても、またやり直せたのだと思います。この物語はセツナとリンネの恋物語。そして浦島の人の数だけ、アイランドの人の数だけの物語が存在します。その物語はハッピーエンドなのでしょうか。ハッピーエンドでなければ、ハッピーエンドにすれば良いのです。それが幸せの形。この物語を通して、私たちも自分だけの幸せを追い求めなければと思いました。ありがとうございました。


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