M.M 犬神使いと少年




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 8 78 3〜4 2017/3/25
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<犬神という伝奇物としての面白さと高校生という学園物としての面白さが、水彩画を通して伝わってきます。>

 この「犬神使いと少年」は同人サークルである「活動漫画屋」で制作されたビジュアルノベルです。活動漫画屋さんの作品はこれまで「片輪車と雪女」、「百鬼社中」、「柊鰯」、「あまいしる」、「よつどもえ」とプレイさせて頂き、今回レビューしている「犬神使いと少年」は活動漫画屋さんが現在公開している作品の中で最初の作品になります。活動漫画屋さんの特徴は本を読んでいるかのような縦書きの描写、そして出典を大切にした丁寧なテキストです。しっかりとした事実を突きつける事でプレイヤーに訴えかけてくるシナリオは、表向きは淡々としている印象を受けますがその裏は活動漫画屋さんのプレイヤーに理解させようという挑戦を感じさせます。シナリオを追うと同時にそうした出典とその出典元を追ってみるのも楽しみ方の1つかも知れません。

 犬神とはその名の通り犬霊の憑き物です。人間に最も近しい動物という事でその伝承は至る所で語り継がれ、一般的な日本の妖怪と呼べます。現代の世において、犬神のような憑き物を信じている人はまずいません。どれも過去の伝承でありフィクションとして語られているだけであり、日本的な文化として懐かしむ様に残っている存在です。ですが、本当にこの世界には犬神という存在はいないのでしょうか?もしあなたの身の回りで奇怪な現象が起きたとき、それは犬神の仕業ではないと断定できるでしょうか?この作品は、現代に蘇った犬神とその存在を追いかける主人公と1人の人間離れした少年にスポットを置いた伝奇的学園ものです。

 主人公である杉山覚はどこにでもいる普通の男子高校生です。帰宅部ですがクラスメイトからは「アホキャラ」として認知されておりそれなりに楽しい生活を送っておりました。ある日覚は校内に生えている1本の櫻の樹の前に佇む少年と出会いました。自分とおなじ制服を着ていながら見覚えがない彼の名は白沢道草。転校生の彼と隣同士の席になった事が、彼らを犬神にまつわる奇妙な出来事へと誘う切っ掛けとなったのです。校内でひっそりと流行っているコックリさんの遊び。櫻の樹にまつわる首吊り少女の噂。全ての真実が明らかになった時、あなたは本当の犬神の姿を目の当りにする事でしょう。

 この作品の一番の見所は主人公である杉山覚や転校生白沢道草を始めとした人物描写です。白沢道草には人間離れした特技があります。それは一度見た文章を全て完璧に覚えている事です。これは比喩でもなんでもなく本当に一字一句覚えているという事、例えば「岩波 国語辞典 第7版 新版の五〇〇頁の左上から4つ目の単語は何?」って聞けばそれを暗記しているという事です。機械のような特技であり、誰もが羨ましがるものです。ですがそんな白沢道草の欠点は人間らしさに欠けるという事。記憶や知識は凄くてもその言葉の選び方は大変苦手であり、時としてクラスメイトとのいざこざを起こしてしまいます。天才に見えて不得意なところがある、そんな人間臭さを残した人物ばかり登場します。そしてクラスメイトで物語の鍵になる人物が別に何人か登場し、誰もが初めの印象と最後の印象で大きく変わると思います。他にも学校の先生やクラスメイトの家族など割と登場人物は多く、是非一人一人のキャラクターを掴みながら読んでいって欲しいですね。

 その他の特徴しましては立ち絵や背景などの絵全般です。全ての絵が水彩画で描かれており、実写やフリー素材は一つもありません。学校の様子や通学路の様子、そして鍵となる櫻の樹の様子が鮮やかに描かれております。また同じ場所でも日中帯や夕方、雨などで全て書き方を変えており見た目以上に労力がかかっている様子が伺えます。そして犬神という伝奇を扱っているという事で時には目を背けたくなるような残虐な場面もあります。それを紛らわす事なくしっかりと描いておりますので説得力があります。人物描写も表情豊かなのは勿論ですが、遠近感を色のぼかし具合で演出しておりますので距離感が伝わりますね。物理的な距離感と心の距離感を絵から感じ取って欲しいです。

 プレイ時間は私で3時間50分程度掛かりました。選択肢はなく一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。ですがシナリオとしましては結構多くの山と谷があり、そろそろ終わりかと思ったら実は全然終わってなかったと思うときも幾つか出てくると思います。休憩しようと思った時に休憩するのがいいですね。後半になればなる程シナリオ展開が速くなりそれに伴い人物描写も激しくなりますので、自分が一番集中できるコンディションで読むのが良いです。活動漫画屋さんの処女作ですが、ボリュームはこれまでの中で一番大きく一番書きたかったものが伝わる感じがあります。毎回の即売会で頒布しておりますので是非手に取ってみては如何でしょうか。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<理性的なのも人間。感情的なのも人間。大切なのは自分で考える事を止めないという事。>

 この作品は人間らしさとは何か、自分で考えるとは何かという私達がこの社会で生きていく上で欠かせない事について扱っておりました。どんなに人間離れした能力を持っていたとしても、どんなに財力があったとしても、最後に幸せになれるのは自分自身の心が決める。そんな強いメッセージが描かれていた様に感じました。

 私がこの作品の中で一番印象的だった言葉に「分からないから分類できない。呪いも、病気も、科学も、魔法も、ーー犬神も。」があります。そしてこれは人間がこれまでずっと歩んできた歴史の本質でもあります。かつて人は雷が鳴る理由を雷の神様が怒っているからだと決めてました。ですが実際は気流により水分子が擦れ電位差が生まれた事による物理現象でした。またかつて人は地球の周りを太陽が回っていると思っており、それを否定するガリレオ・ガリレイを異端者と断罪しました。まあこれについては座標の取り方の問題ですのでどちらも間違ってはいなかったのですけど、自分に異を唱える者に対する排除は徹底したものでした。何が言いたいのかといいますと、人間は分からないものに対して何でもいいので理由付けをしたがるという事です。そして、それらしい理由がついた事に安心しそこから考えることを止めてしまうという事です。

 だからこそ、圧倒的な知識で物事を客観的に仕分けようとする道草の存在は他の人たちにとって驚異でした。そして紅葉先生の先入観のない判断と言葉は心の平穏を脅かす存在でした。自分が信じてきたものが否定されるのです。それは今までとこれからの人生が不安なものになるという事、そんなものはお呼びではなかったのです。ですが、そうした客観的な事実と知識を用いて考えることこそ人間の叡智でもあります。本能ではなく理念を持って物事に触れる、そしてその結果を私情を挟まず分析する、その繰り返しが現代の文明を作ってきました。物語冒頭「りんごは赤いのか?」という問い掛けがありました。よく見てみましょう、りんごは赤いだけではありませんね。黒いぶつぶつがいっぱいあり、上部は白ですらあります。こうした至高の繰り返しが人間が人間たる要素、まさに人間らしさです。

 ですが人はそうした理性的に考える様子を人間らしいとは言わないんですよね。むしろ機械的だと言います。私たちが人間らしいと思う場面、それは理性ではなく感情的に叫ぶ瞬間、そして物語に感動して涙を流す瞬間だと思います。感情や感動といったものもまた人間に備わっているものです。もちろん他の動物にも備わっているのでしょうけど、それを分かり易く表現出来るのは人間の特権です。陰陽師に言われて自分の娘を部屋に閉じ込めた額田の母親を皆さんどう思ったでしょうか?愚かだと思ったでしょう。ですが同時に人間らしいと思ったのではないでしょうか。貴方は全ての機械的に分析して判断する人と、感情的になって気分で動く人のどちらが人間らしいと思いますか?そのどちらも人間らしさであり、どちらも捨ててはならないのだと思っております。

 道草には人間離れしたたぐいまれなる記憶力がありました。ですが彼が決定的に人間らしくないと思われた理由、それは上で書いた機械的に分析する事と感情的に動く事のどちらも不足していたからだと思っております。自分が蓄えた記憶を考えもせず口にしてしまう、これは考えているとは言えません。また自分の言葉が周りの人をどう思わせるかが分からない、これは感情的とは言えません。その両方を、彼は友人である覚や紅葉先生、そして石切などのクラスメイトから教えて貰ったんですね。道草の周りで発生した櫻の樹の首吊り少女やコックリさんの出来事、その結果として額田、西大寺、生駒の3人は自分のそばから姿を消してしまいました。誰が悪いとかありません。みんなが人間らしく振舞った結果なのだと思います。コックリさんを信じるのも人間、犬神がイヌ回虫症と気づき復讐しようと思うのも人間、誰かに寄り添いたいと思うのも人間、小学校中学校と学校に行けなかった道草は、彼女たちの姿から人間らしさを学んだのだと思います。

 道草はこれまで沢山の書物を読んできました。そんな道草が次に読もうとしているのは人間です。こう思う様になっただけでも実に人間らしくなったと思いますね。何にも興味らしい興味を持てなかった道草。彼が人間らしさを身につけるのはこれからです。犬神という神様の存在を信じ振り回されたのは、本当に犬神がいたからです。ですがここでいう犬神とは妖怪ではなく人間の心の隙間の事です。心の隙間に足を取られた結果、あのようなエンディングになってしまいました。ですがそれもまた人間らしさですね。本当人間というものはよく分かりません。嘘をつくのも人間。正直なのも人間。大切なのはそんな心の絡み合いに対して向き合う事、そして一生考え続ける事だと思いますね。ありがとうございました。


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