M.M 芙蓉の浄土に安き給う




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 7 7 76 1〜2 2021/7/25
作品ページ(R-18注意) サークルページ(R-18注意)

パッケージ版

DL版



<誰もが持っている自分らしさや矜持、その大切さに気付けるかもしれません。>

 この「芙蓉の浄土に安き給う」という作品は、同人ゲームサークルである「サキュレント」で制作されたビジュアルノベルです。サキュレントさんの作品をプレイするのも本作で5作品目になります。サキュレントさんの作品は、どの作品も人間の表も裏もバラしていくようなテキストが印象に残ります。良く言えば現実的、悪く言えば夢も希望も無いといったところでしょうか。だからこそ、少し不幸で現実的な登場人物の言葉や行動に対して素直に自分自身を照らし合わせる事が出来るのかも知れません。登場人物と同じシチュエーションに出会う事はなかなか無いと思います。それでも何故か考えさせられる、それもまたサキュレントさんのテキストが為せる技なのかも知れません。「芙蓉の浄土に安き給う」も、そんなサキュレントさんらしいテキストで表現されております。これまでの作品を読まれた方であれば、ある意味安心感を持って読む事が出来ると思います。

 主人公であるミータオは流れ者の女性です。どこか東洋の雰囲気を感じる異国の地のスラム街、そこでストリッパーとして日銭を稼ぎながら生活しております。ミータオは、リョウという男性と一緒に生活をしておりました。ミータオという名前は、リョウに付けて貰いました。ミータオは自分の過去について記憶を持っていないのです。幼い時から共に生活してきたミータオとリョウです。言葉だけでは言い表せない信頼関係を築いております。ただ、そんな2人の雰囲気は周りから見るとやや危うく見えました。シャボン玉の様な、少しバランスを崩したら壊れてしまいそうな様子です。そして、そんな危うい関係の2人の間に新しい登場人物が現れます。名前はウツブシと言い、ミータオやリョウの様な貧民街とは無縁な成金です。そんなウツブシが何故ミータオに接近するのか、ミータオとリョウの関係はこのまま変わらないのか、そんな生き方を表した物語が幕を開けます。

 私、個人的にお金はどれだけ持っていても損はないと思っております。人間生きていかなければいけませんので、その為にお金で食べ物を買わなければいけません。そういう意味で、お金に不自由しなければ少なくともそうした生命の危機は脱する事が出来ます。ですが、動物であればそれで良いかも知れませんけど人間はそれだけでは生きていく事が出来ません。厳密には生きていけるのでしょうけど、それはもはや個とは呼べないのです。自分は何者なのか、そうした悩みは一生の付き物だと思っております。だからこそ、人は自分らしさというものを確立しなければいけないと思っております。そしてそれが矜持と呼ばれるもので表に現れるのだと思います。ミータオにとっての大切なモノは何でしょか、そしれそれはリョウやウツブシと出会う中でどのように変わっていくのでしょうか。そんな、心の変化やざわめきに注目して読んで頂ければと思います。

 その他の点として、この作品は登場人物フルボイスです。これもまた、サキュレントさんの特徴ですね。声が入る事で登場人物のイメージが固まりより印象を強く持つ事が出来ます。ですが、代わりに立ち絵やスチルは殆どありませんでしたね。ビジュアルノベルでこの形式は珍しいと思いました。登場人物の姿は、パッケージや公式HPでないと確認出来ないのです。ある意味、皆さんの想像上の人物を思い浮かべても良いと思います。BGMはオリジナルで、オリエンタルな雰囲気が舞台背景を想起させます。システム周りは一通り揃っており、特に不自由さは感じませんでした。クリア後にはBGMモードやシーン回想があり、特にシーン回想はいわゆるチャプター選択ですね。特定の場面ではなく全ての場面から見たい部分を読む事が出来ます。

 プレイ時間ですが私で1時間50分程度でした。この作品には選択肢がありそれによってエンディングが分岐します。サキュレントさんの作品で地味に選択肢があるのは本作が初めてですね。とても厳しい場面で選択肢が登場しますので、是非選択の先にどんなシナリオが待っているのか想像して選んで欲しいです。短めではありますが場面は結構ころころ変わり、プレイ時間以上に内容いっぱいな印象でした。登場人物も多めで、彼女らの背景も複雑ですのでゆっくりとテキストを読み進めて頂ければと思います。タイトルにある芙蓉とはアオイ科フヨウ属の落葉低木です。5枚の花弁がとても鮮やかですが、低木に咲きますので道端などで比較的よく見る花かも知れません。安い花、なんでしょうね。ミータオは生い立ち的には安いのかも知れませんが、もしかしたらそんな意味が込められているのでしょうか。そんな事も想像しながら読んで頂くと面白いかも知れませんね。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<世の中矜持を持ってる人なんてそんなにいないですよ。まあ、カッコ悪いですし安いですけどね。>

 ミータオみたいな人、私知ってるんです。生い立ちが不幸で天涯孤独、それでもリョウちゃんに拾われて物凄く幸せの基準が低いんですよね。だからこそ、相手のどんな行動も許容出来てしまうんです。別に誰かに迷惑など掛けていないし、相手の事を思いやってます。ですけど、中々それが相手に伝わらないんですよね。

 ミータオとリョウちゃんの関係は、一言で言えば共依存だと思いました。自分を拾ってくれて名前を付けてくれたリョウちゃんを好きでいる事で自分を保っているミータオ、一斉摘発されて城と職を失いミータオの支えに頼るしかなくなったリョウちゃん、少し毛色は違いますがお互いがお互いを頼らないと自分らしく生きていけない状態でした。ミータオは精神的に支えて貰い、リョウちゃんは金銭的に支えて貰う、そんな際どい関係を続けておりました。ですが、これもまた実はお互い腹の内は違ってました。リョウちゃんにとって、ミータオのその献身的な態度は逆に不安を煽るものでした。そこまで自分が愛される理由が分からないからです。また、ミータオも例えリョウちゃんに嫌われても構わないと思っておりました。悟りと言いますかどこか心のセーフティラインを作っていたからです。

 この心のズレは、ウツブシの登場でどんどん大きくなっていきました。正確に言えば、ミータオは変わってませんでしたがリョウちゃんの方から離れていきました。作中で「自分がズタズタだから、相手もズタズタじゃないと変じゃない?」というミータオのセリフがありました。これって、お互い似た者同士だから惹かれ合いましたしそうでないと関係が続かないと言っているのと同じです。そこに自分達とは住んでいる世界が違うウツブシが現れ、そしてそんなウツブシが活きる世界の一端をミータオは垣間見ました。これだけで、リョウちゃんにとっては心が離れる理由として十分でした。「おまえといると苦しいんだ!」というセリフには、そうした自分では如何ともし難い立場の違いへの嫉妬と、フラれる位なら自分から突き放してしまえという投げやりな気持ちが込められていたのではないでしょうか。

 ミータオは選ぶ事が出来ました。間違いなく、ミータオが失った記憶にウツブシは関係しております。そうであるのなら、ウツブシの妻になる権利と言いますか理由は十分にありますし周りへの説明にもなります。それが、この作品唯一の選択肢「歌う」「歌わない」でした。こういうのに正解不正解は無いのでしょうけど、正解なのは「歌う」ですね。少なくとも、生活だけは保障されるのですから。その代わり、ミータオは自分らしい生き方を失いウツブシの妻という枠の中で生きる事になりました。その後リョウちゃんの死を聞き、それでも生きるしかないミータオが縋ったのは歌う事。そんなエンディングでした。だからこそ、「歌わない」選択をしたミータオはやはり狂気なのでしょう。幸せの基準が低すぎるから自分の価値も低い、だから簡単に身体を傷付けられるんです。煙まで吸ってリョウちゃんの信頼を得ようとする姿に、流石にリョウちゃんはミータオを拒否出来ません。たとえ、ミータオの気持ちが本心の物であっても無くても。

 作中「持たざる者の矜持」というセリフがよく登場しました。ハッキリ言って、ミータオに矜持なんて何もありませんでした。幸せの基準が低すぎるからです。そんな人間が矜持を語る事そのものが滑稽、その事に最後の最後でミータオは気付きました。矜持を持てる位自分らしさがあるって、もしかしたらとても幸せな事なのかも知れませんね。そして、矜持というものはそう簡単に手放せるものではありません。簡単に手放せる矜持など、もはや矜持などではありません。カッコ悪いですし、安いですからね。ウツブシの妻として役割を全うするだけの存在も、自分の全てを捨ててリョウちゃんに献身する存在も、ミータオにとってはそんなに問題ないんだと思います。少なくとも、それなりの役割を持てているのですから。そして、ありもしない矜持があると思い込みながら何となく生きていくんでしょうね。まあ、世の中の人の大半はこんなものですよ。仕事の中ではプライドなんか持たない方が良いって言われますからね。きっと正解です。まあ、カッコ悪いですし安いですけどね。ありがとうございました。


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