M.M 負荷価値




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 6 - 74 1〜2 2014/5/15
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<天城村の持つのどかな時間の流れに身を任せ、主人公の気持ちの変化を見守って欲しいですね>

 この「負荷価値」という作品は同人サークルである「ArkRiot」で制作されたビジュアルノベルです。ArkRiotさんとの出会いはCOMITIA108で同人ゲームサークルを回っている時でした。COMITIA108ではノベルゲーム部というサークル部活動も出ておりまして、後にノベルゲーム部の打ち上げに参加させて頂きその時に少しの時間でしたがArkRiotさんともお話させて頂きました。「負荷価値」はArkRiotさんの処女作であり、おすすめ同人紹介のみなみ氏主催の同人ゲーム・オブ・ザ・イヤー2013でもノミネートされているという事で早速プレイしてみました。感想ですが、人が当たり前に持つ感情を真っ直ぐ表現した文章にとても共感しました。

 主人公である羽柴ヤマトと織田ナガトは同じ大学に通う親友同士でした。ですが2人の性格は真逆でして、ナガトは常に正義感を持っていて利他的な行動をとるのに対しヤマトはどこか一歩引いていて人と深く付き合うことを避けておりました。それでも2人の共通の趣味である旅を通してお互いの事を知るようになり、間違いなく親友と呼べる間柄ではありました。それでもヤマトの心の奥底にはナガトに対する羨望の気持ちが燻っており、そして何故ナガトはここまでの正義感を持っているのかという疑問が付きまとってました。ですがこの気持ちはその後ナガトを襲った悲劇によって二度と本人から聞くことは出来なくなります。それでもナガトの故郷である天城村へ行けば答えが分かるかも知れません。そう決めてヤマトが天城村へ向かうところから物語は始まります。

 人が人に対して思う気持ちは綺麗なものよりもむしろ汚いものの方が多いと思います。誰でも他人に負けたくない・他人に下に見られたくないという自尊心は持っておりますので、自分が持ってないものを他人が持っていた時にそれを素直にすごいと思えず羨ましい・ズルいといった気持ちが出てしまいます。それでもそんな事を一々口にしていては円滑な人間関係は作れません。普通はそんな汚い気持ちは自分の心の底にしまって、人の輪を崩さないよう努めております。ですが、羨ましいと思う気持ちに合わせてどうしてこの人はそのような自分にはない気持ちを持ち続ける事が出来るのかという疑問もセットで付いてくると思います。この疑問が解消できれば、もしかしたら自分にも同じことが出来るかも知れません。人間関係とは案外そうした他人に対する色々な疑問の答えを探すために出来上がるのかも知れません。

 本作はそのような生々しい人間の感情がストレートに表現されております。時には目を背けたくなるような醜いものもあるかも知れませんし、プレイヤーの身に覚えのあるものもあるかも知れません。ですがそうした感情正面から向き合わなければ解消する事も出来ません。是非プレイヤーの方には、主人公であるヤマトと同じ視点に立ってヤマトの気持ちを解消できるよう一緒に支えてあげて頂きたいですね。合わせてヤマトと一緒に天城村を観光して欲しいですね。この作品の魅力として、圧倒的な背景写真の数があります。実際にArkRiotさんがカメラを持ち撮影した写真を使われおりまして、田舎のリアルな光景を十分味わうことが出来ます。私も出身は山形県のとある田舎ですので、ちょっとノスタルジィを感じることが出来ました。

 プレイ時間的には私で1時間30分でした。天城村ののどかで穏やかな時間の流れる風景と、その中で少しずつ主人公のナガトに対して持っている疑問を解消している様子に時間の経過を忘れて読んでました。人の気持ちなんてそうそう簡単に変わるものではありません。そしてそれは田舎の風景の変わらない様子にも通じるものがあるのかも知れません。田舎の穏やかな時間の流れに身を任せて、焦らずに少しずつ人と向き合っていく主人公に同調して楽しんで頂ければと思います。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人との繋がりを大切にする事、その為には自分の気持ちを曝け出すこと>

 大きく感動する訳でもなく、とにかく安心したと言いますか心がほっこりとしました。天城村に来てナガトを知る人達と触れ合い、自分の弱さを曝け出す勇気を持つことが出来ました。そしてナガトに対しても持っていた劣等感や羨望の気持ちに区切りを付けて、1人で自分の人生を歩み出しました。ヤマトが1人で歩き出す事が出来たのは間違いなく天城村の誰でも受け入れる温かな雰囲気とそこでの出会いのおかげです。人が人に対して持っている負の感情は、やはり人に出会うことでしか解決する事は出来ないのかも知れません。

 「負荷価値」というタイトルは言い得て妙だと思いました。誰からも好かれて正義感を持っているナガトの親友であるヤマト、ですがヤマトの存在を周りの人は余計なものとして認識しておりました。まさにナガトの価値を下げる存在です。そしてヤマトも自分で自分の事を負荷価値と言っておりますのでここまで歪んだ嫉妬や羨望はそうあるものではありませんね。ナガトが刺される直前の悪魔の囁き、よくよく考えてみればこの時のヤマトの立場になればある意味当たり前の心情かも知れません。

 だからこそヤマトはそんな自分の最も醜い気持ちに向き合うのに時間が掛かったのかも知れません。天城村に来る前のヤマトは自分のこの弱い部分にすら気づいてませんでした。ナガトは何故あんな正義感を持っていたのかを知らなければいけない、というある種の使命感のようなものに囚われていただけでした。そこに実はナガトを思い自分を省みる気持ちはありませんでした。その後自分の気持ちに向き合い本当の意味でナガトを思う切っ掛けをケンシンが与えてくれます。

 ナガトが昔は不良であったこと、そして不良であるがゆえに誰からも信頼されなかったこと、それでもケンシンとチトセだけは信じてくれたこと、それがナガトの正義感の原点でした。そんなナガトの気持ちに気づいた時、初めてヤマトは自分が犯した罪に気がつく訳です。実際は罪なんて物はありませんが、いかに自分がナガトに対して歪んだ気持ちを持っていて本気でナガトの事を考えてなかったかという事に気がつきました。ナガトも心の葛藤があって今の正義感につながっている、では自分はどうだったのだろうと考える事になります。そして自分の気持ちに正直になったとき、まずはとにかくこの歪んだ気持ちを曝け出さなければいけない事に気づけました。自分の歪んだ気持ちのためにナガトは死んでしまった、こんな言葉を聞かせられれば人によってはヤマトに掴みかかって殴り倒してしまうかも知れませんね。

 ですがそんなヤマトの告白を受け入れてくれたのがチトセの凄いところですね。そしてチトセの笑顔に加えて天城村の鎮魂祭の温かさがヤマトの心の枷を解き放ってくれました。ケンシンの手伝いとは言え天城村の一員として人の心に触れたヤマトは、この繋がりこそ何が何でも失ってはいけないと思ったのかも知れません。この繋がりを保つ為であれば、自分のちっぽけなプライドなんて簡単に捨てれましたね。これでようやくナガトへの嫉妬とも羨望とも卒業です。人との繋がりを大切にする事、その為には自分の気持ちを曝け出すこと、この作品が伝えたかった事はそんな事なのかなと思っております。私も自分の中でくすぶっている「負荷価値」を捨て、人と繋がる事で生まれる「付加価値」を大切にしたいと思いました。


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