M.M 柊鰯




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 6 - 77 2〜3 2013/10/8
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<ビジュアルノベルだからこそ表現できる穏やかな雰囲気で描かれたシナリオ>

 この「柊鰯」という作品は同人サークル「活動漫画屋」で制作されたサウンドノベルです。「活動漫画屋」さんを知った切っ掛けはCOMITIA104で同人ゲームの島サークルを回っているときに偶然見つけたことでして、ブースいっぱいに並べてあった沢山のビジュアルノベルに嬉しくなって幾つか買ったことを覚えております。その幾つか購入した作品の中で一番に心引かれたのがこの「柊鰯」でして、水彩画の様な丁寧な絵柄のパッケージとどこかほのぼのとしたシナリオを予感させるあらすじに出来るだけ早くプレイしたいと思っておりました。感想ですが、ビジュアルノベルだからこそ表現できる演出が多かった印象でした。

 この作品は上でも書いたとおり売れないゲーム作家である主人公とそんな主人公のところに家政婦としてやってきた中学生のヒロインが織り成す日常を描いた物語です。それだけに作品全体に穏やかな雰囲気が漂っており、久しぶりに文章の1文1文をしっかりと読みながらシナリオを進めることが出来ました。この作品は主人公視点の描写でシナリオが進んでいくのですが、とにかく主人公が見たものや聞いたものや感じたものの1つ1つについて細かく表現されておりとても文学的な印象を受けました。まずは主人公が感じた事を細かくリアルに書き、それを直喩を使うことでプレイヤーに印象を持たせる手法です。主人公がその時その時にどの様な気持ちだったのかについて、とても高いレベルでプレイヤーは同調することが出来るのではないでしょうか。

 そしてこの作品の特徴としてやはりビジュアルノベルとしても利点を活かした演出が挙げられます。まずは何よりも文章が縦書きなのが驚きでした。多くのビジュアルノベルが画面下のウィンドウに横書きで文章が書かれるのに対し、この柊鰯は縦書きに最大7行の文章が表示されます。これは本当に小説を読んでいるような感覚を覚えることが出来、これまでビジュアルノベルは横書きだという私の固定概念を覆してくれました。本当の意味でプレイヤーが文章を読むという事を意識しているシステムだと思いました。そして各キャラクターのセリフは漫画のように吹き出しが出たし、効果音も漫画のように背景に表示されたり、背景そのものも差分が多く主人公の視点に合わせるかのように良く動きます。このような演出こそ小説では出来ないビジュアルノベルならではの利点であり、文章のみならず作品全体でこの柊鰯という世界観に触れる事が出来ました。

 1つ残念な点を挙げるとすればプレイ時間の短さがあるかもしれませんね。私で2時間で読み終わったのですが、読んでるうちは作中の雰囲気にのまれてどんどん読んでいってしまっただけに終わった瞬間は「あ、もう終わったんだ」と軽く放心していた気がします。それでも全体として綺麗にまとまったシナリオでしたので満足感は強いものでしたので、それだけに続編や他のエピソードという形でも構いませんので何らかの形でまたこの柊鰯の世界に再開したいと思っております。ちなみにBGMは他の同人ゲームで聞いたことがある曲ばかりでしたのでオリジナルではないようです。それでも作中の雰囲気に大変マッチしておりましたし初めて聞いた曲もありましたので、タイトル画面にBGMモードがあれば私としては最高でした。

 という訳で全体として非常に丁寧に作られた雰囲気の良い作品でした。あらすじの通り本当に主人公とヒロインの日常を描いた内容なのですが、そんな穏やかな雰囲気をビジュアルノベルらしい演出で描いたシナリオは是非多くの人に読んで頂きたいと思いました。上でも書きました通り私で2時間程度で読み終わりましたので時間の無い忙しい方でも手を出しやすいのではないでしょうか。ファンタジー要素も奇跡要素も無い当たり前の日常を描いたシナリオですが、そのようなシナリオだからこそ感じることが出来るものがあると思います。おススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人は他人に気持ちを理解することは出来ない。それでも寄り添うことは出来る。>

 穏やかなシナリオが続くのかと思いきやヒロインは非常に重い過去を持っておりました。そんなヒロインに対しずっと引きこもりだった主人公には何も友好的なアドバイスをすることが出来ず、自分とヒロインは釣り合わないのではないかと思うこともありました。ですが、それは全て主人公の杞憂でした。何故なら、他人が背負った経験に対してアドバイスをする事など本質的には出来る筈が無かったからです。

 主人公の元に来たヒロインは始めは笑顔など見せずただ事務的に家政婦としての仕事をこなすだけの生活を送っておりました。ですが、自分が大好きだったおばあちゃんの料理を作りおばあちゃんの思い出話をする中で震災での出来事と向かい会う事で笑顔を取り戻すことが出来ました。この時主人公は何かアドバイスをしたかと言えばそんなことは無くただヒロインの話を聞いてあげて寄り添っていただけでした。ですがヒロインにとってはそれで十分だったんですね。結局のところ自分で経験した悲しみは自分でしか乗り越えるしか出来ません。そこに他人が入り込もうとしても本当の意味で入り込むことは不可能です。ただ、乗り越えようというヒロインの背中を支えてあげるだけで十分でした。

 そして被爆による風評被害の時も同様でした。その時のヒロインは町の人から好機の目で見られることを恐れて人と交流することを意識的に避けてました。そんなヒロインに対して主人公が行ったことは町の夏祭りの手伝いに参加させる事でした。つまり主人公はヒロインが自分の力で克服できるように道を用意しただけであり、実際に克服したのはヒロインの意思によるものでした。ここでも主人公はヒロインに寄り添う事しかしておらず、ヒロインの気持ちを理解しようとしていた訳ではありませんでした。もちろん理解しようとしていない訳ではなかったのかも知れませんが、その必要は実は無かったという事ですね。

 そういう意味で、ヒロインとの過去を知る許婚が現れた時はさぞ主人公は動揺したでしょうね。収入も容姿も年齢も全ての上で主人公よりも許婚の方が上である点は残念ながら認めざるを得ませんでしたが、それ以上に主人公にとって絶対共有することが出来ないヒロインとの過去を知っているという点が一番の恐怖だったのではないでしょうか。そういう意味で一時はヒロインとの結婚を諦めかけるのですが、ここで諦めず許婚に立ち向かったのがカッコいいところでしたね。そして、例えヒロインとの過去を共有している許婚でもヒロインの気持ちを理解する事は出来なかったですね。やっぱり人は他人の気持ちを理解する事は出来ないんです。出来るのは寄り添うこと、そしてお互いを認め合うことだけなのかも知れません。

 この柊鰯という物語はそんな当たり前の事を思い出させてくれるようなシナリオだったのかも知れませんね。そしてそんな真実に気づけた2人だからこそ、お互いに過干渉にならず依存しあうことも無く末永く幸せな生活を過ごせたのではないでしょうか。辛い事があればその悩みを全てさらけ出せる、そしてそのさらけ出した悩みをただ寄り添って聞いてあげる、これが一番ストレスの無い関係なのかも知れません。最後のおばあちゃんになったヒロインの穏やかな老後を見れば幸せな夫婦生活だったことは疑いようがありませんね。最初から最後まで不器用ながらも心を寄せ合った2人の穏やかな物語でした。ありがとうございました。


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