M.M 彼岸花




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
5 7 5 78 3〜4 2016/2/9
作品ページ サークルページ



<伝奇バトル物としての面白さに溢れた、人間味のあるシナリオがテンションを上げてくれます。>

 この「彼岸花」は同名の同人サークルである「彼岸花」で制作されたビジュアルノベルです。彼岸花さんに初めてお会いしたのはC89で同人ゲームサークルを回っている時でして、虚ろげに見つめる女の子のパッケージに惹かれてしまい手に取っておりました。彼岸花というやや不吉な印象を覚えるタイトルと伝奇バトル物という事で私の趣味にもピッタリであり、どんな物語を見せてくれるた楽しみにしながらプレイしておりました。感想としましてはとにかく登場人物の素直で真っ直ぐな気持ちがとても印象に残りました。

 主人公である綾月菱伊達は妹である綾月佳代と共に奈乃前家という将軍の元に使えておりました。綾月家は代々その身に鬼を宿す存在が生まれており、どうやら妹である佳代の体の中に鬼が存在しているようです。その為佳代の戦闘能力は非常に高く、その力は兄である菱伊達をも上回っております。そのような家系ですので代々戦いに巻き込まれており、既に彼ら兄妹の両親は他界しております。それでも奈乃前家の当主である柳や親友である先と凛という2人の兄弟と共に決して楽しくはありませんが安定した生活を送っておりました。物語はそんな菱伊達と佳代が再び奈乃前家に依頼を受けるところから始まります。戦いの先に何を見出すのか、鬼を身に宿す佳代の運命はどうなるのか、その辺をつねに気を配って読んで頂ければと思います。

 最大の特徴はやはりバトルシーンですね。主人公である菱伊達を始めメインの登場人物たちは皆戦闘に長けており、加えて一般的な体術や剣術のみならずそれぞれ特殊能力を持ち合わせております。一般人相手では特殊能力を用いなくても簡単に圧倒することが出来るのですが、今回の依頼ではこれまで戦った事のない実力者とまみえる事になります。加えて戦闘をするという事は命のやりとりをするという事です。普段はのんびりとした雰囲気の菱伊達と佳代ですが一度戦闘になればその目は真剣そのものであり、お互いがお互いを守りながらギリギリの戦いを行います。是非戦いの緊張感とそれぞれの特殊能力が何なのかを味わって欲しいですね。特にポイントとなるのは妹である佳代の鬼の力です。この力は禁忌の存在であり、決して発生させてはいけないものです。今回の戦闘で発症してしまうのか。発症した時に兄である菱伊達はどう向き合うのか。その辺りのヒューマンドラマも大変見所です。

 後はBGMや効果音の使い方も場面にあっております。BGMは派手さこそありませんが場面によく合っており、戦いの雰囲気を盛り上げてくれます。特に戦いの場面のBGMは種類が意外と多くあり、ここぞという時に使用されるものは最大限に緊張感を高めてくれます。効果音も戦いの場面はもちろんですが、雨の音など日常の場面でもよく使われております。テキストだけでは伝えにくい描写を音で補完してくれますので、まさにビジュアルノベルらしい作品と言えます。背景はそこまで種類は多くありませんが、その分立ち絵の差分の数が結構多くコロコロと表情が変わります。場所によっては1クリックごとに変化しますので登場人物への愛着も強くなりますね。

 プレイ時間は私で3時間10分程度掛かりました。この作品には2つのBAD ENDと1つのTRUE ENDが存在します。どのルートも選択肢次第で行けるのですが、是非全てのEDを見て欲しいですね。基本的にはTRUE ENDで内容把握できますが、BAD ENDに行く過程でないと明かされないエピソードもあります。選択肢の数は決して多くはありませんので、要所要所でセーブしながら読めば簡単にたどり着けると思います。彼岸花という言葉に隠された意味は何なのか、そして菱伊達と佳代の2人の兄妹に待ち受ける運命は何なのかを是非読み明かして欲しいですね。彼らの物語を終わらせるのも終わらせないのも、全てプレイヤー次第です。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<最後の最後に「美しく生きる」事が出来た菱伊達。その力は家族を支える「強さ」となり続ける事と思います。>

 この作品は最後まで「強さ」というものと「美しく生きる」というものは何なのかという事を問いかけておりました。鬼をその身に宿した佳代を支え佳代を守るために生きると決意した菱伊達。ですが菱伊達自身その力は決して十分ではなく佳代を守りきれるかといったらまだまだ実力が不足しておりました。ですが、大切なのは実力だけではなく自分がどうしたいかという信念を強く持つ事。そしてその為にひたすら真っ直ぐ突き進むことが「強さ」であり「美しく生きる」という事なのだと思いました。

 全ての始まりは初代綾月家当主である綾月巳跨がその身に鬼を封じ込めたところから始まりました。鬼の力は大変強力であり、一度解放されれば街など一瞬で無くなってしまうものです。その為代々この鬼の力を制御し続けることが綾月家の生きる目的となり、その為に奈乃前家と篠崎家と役割を違えた一族が生まれそして闘うという歴史が生まれてしまいました。誰が悪いという事はありません。言ってしまえばこれは運命。綾月家に生まれたが最後、死ぬまで鬼と共にあらなければいけないのです。

 そしてこの事は菱伊達だけではなく全ての人物が理解している事柄でした。妹である佳代は自分に宿っているものの存在を理解した瞬間「私を殺して」と綾月家の為に身を投げ出す覚悟を持っておりました。兄である清も影ながら佳代を支えイザとなれば佳代を殺す覚悟を備えておりました。現奈乃前家当主である柳もまたその呪われた宿命を理解しておりました。その為せめて鬼が発動するまでは平穏であって欲しいと願い菱伊達と佳代を目の見えるところに置いてくれました。誰もが鬼の宿命に翻弄され鬼の宿命の為にその身を投げうつ覚悟を持っておりました。その考えはとても尊いもの。ですが逆に言えばそれは全てを諦め思考停止していると言えるものでもありました。

 ある意味一番納得できていなかったのは菱伊達でした。彼は綾月家としての宿命と佳代を殺したくないという究極の天秤の間で常に揺れ動いておりました。清はそれを「弱さ」と言い切りました。半端な覚悟ほどいざという時に何も役に立たないという事を知っていたのです。ですが逆に佳代の殺したくないという気持ちが一番強いのもまた菱伊達でした。2つのBAD ENDでは自分の力不足により佳代は死んでしまいますが、死んでからやっぱり自分は佳代に生きて欲しかったと実感しておりました。この時ようやく気が付くことが出来ました。「強さ」とは「守る者のために共に生きる」という事であり、それが「美しく生きる」という事であると。

 だからこそ最後佳代が鬼の力を解放してしまった時、どうしても佳代に生きて欲しいと願い鬼の力を引き釣り出すという決意をしました。元々菱伊達は自分の命を投げうつ覚悟でしたが、菱伊達は約束していましたからね。柳の元に帰ってくると。そして絶対に佳代を助けると。結果として鬼の力を分散させる事で2人との死ぬ事なく封じ込める事が出来ました。鬼の力が発動したら、そして鬼を継ぐ者が鬼を止められなくなったら、その者と共に鬼を消せという教えの通りに生きてきたそれまでの綾月家。それを破るだけの覚悟と強さをようやく菱伊達は身に付けることが出来ました。彼岸花の花言葉は再会であり、白い彼岸花の花言葉はあなたを想うです。パッケージの佳代が持っていた彼岸花には、自分は死にたくない、菱伊達と一緒に生きたいという思いが込められておりました。最後の最後で「美しく生きる」事ができた菱伊達です。これからは鬼の存在を忘れ、家族みんなと慎ましくも幸せに生活して欲しいと思いました。ありがとうございました。


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