M.M 春に咲く黒い百合




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 7 6 74 2〜3 2020/1/6
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<登場人物達の行動や心理描写にリアリティを感じました。百合要素以上に恋愛要素が印象に残りましたね。>

 この「春に咲く黒い百合」は同人ゲームサークルである「かきみソフト」で制作されたビジュアルノベルです。本作はかきみソフトさんの処女作であり、C97で同人ゲームの島サークルを巡っている中で手に取らせて頂きました。かきみソフトさんを知った切っ掛けはTwitterでした。相互フォローになりC97にサークル参加される事を知りましたので、是非手に取ってみようと思いました。C97はかきみソフトさんを始め、新規サークルさんでかつ完成版の作品を出される作品が多かったですね。どんな内容でもまずはプレイしてみようというスタンスで始め、今回のレビューに至っております。

 主人公の本庄愛莉(ほんじょうえり)は感情表現が苦手な高校1年生です。春になり新しく高校生活が始まりましたが、愛莉には幼馴染である春原梨々花(すのはらりりか)がいるので寂しくありませんでした。梨々花はイギリス人の祖父を持つクオーターであり、その綺麗な金髪が目を引く女の子です。中学まで愛莉と梨々花はいつも一緒に居ましたが、高校になった事で様々な人と出会いこれまでの関係ではいられなくなります。密かに梨々花の事が好きな愛莉は気が気ではありません。それでも、クラスメイトの橙坂実里(とうさかみさと)と新しく友達になったりと、お互いに少しずつ変化していきます。愛莉のこの密かな想いは梨々花に届くのでしょうか。その答えは、誰にも分からないのです。

 この作品は百合恋愛ADVとなっております。その名の通り百合ではあるのですが、単純に女の子同士がイチャイチャするような可愛いだけの作品ではありませんでした。主人公の愛莉は感情表現が苦手ですので、梨々花との距離感が少しずつ変わっていると感じてもそれを素直に伝える事が出来ないのです。もどかしいと思いつつも相手の気持ちに踏み込む事が出来ない、そんな描写がリアルでした。そういう愛莉ですので、新しく友達になった実里とどのように関係を作っていけば良いかも考えます。どこまで突っ込んでいいのかそれとも引くべきか、また実里は愛莉に対してどんな感情を持っているのか、そんな思春期の学生らしい姿を感じてみて下さい。

 一番の魅力は登場人物達の描写ですね。HPをご覧頂ければ分かりますが、どの登場人物も丸い感じのとても可愛らしい姿をしております。また全ての登場人物に声があり、感情の起伏が伝わりますので和やかな雰囲気とか緊迫した雰囲気が瞬時に伝わります。表情差分もありますので、今主人公に向けている表情は本物なのか偽りなのか、そんな事も考えてみると面白いかも知れません。他にも女子高生らしく流行に敏感な描写や逆に流行に付いていけない描写などもリアルで、読んでいて楽しかったです。BGMも場面で大きく変わりますので雰囲気を掴むのに一役買っております。日常の描写が中心にも関わらすサクサク進むのは勿体ないテキストだと思いました。

 プレイ時間は私で2時間10分くらいでした。この作品には選択肢があり、それに応じてエンディングも複数あります。どの選択肢も非常に重要なものであり、確実に分岐させてくれます。是非プレイヤーの皆さんがどのようなエンディングを迎えさせたいかを考えて選んでみて下さい。この作品は、単純にプレイヤーの選択で先の展開を選べるものではありません。理由は、上でも書きましたが彼女たちの気持ちは表面だけでは分からないからです。良かれと思って選んだ選択肢が逆効果だったりしたら、さぞ悔しく思うと思います。そんな登場人物の心理描写に注目してみて下さい。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<相手の気持ちが分からないから不安になる。だからこそ想いは口にしなければ伝わらないんだなと思いました。>

 正直言いまして、プレイしてて結構しんどかったです。何がしんどいって、愛莉の気持ちが良く分かったからです。いつも一緒だったのにある日偶然いない、約束の時間に偶然ちょっと遅くなった、そんな些細な事なのに相手との関係を不安に思い自信が無くなる、ましてや好きな人の事であれば尚の事だと思います。

 物語開始に、愛莉は梨々花に対して「あなたが想っている以上に私の気持ちはあなたに向いている」と思ってました。実はすでにこの時点で、愛莉の卑屈な性格と相手に対するある種の言い訳が滲み出ていたんですね。梨々花が愛莉に対して本当はどう思っているかなんて、分かりっこありません。そしてそれは逆も然りです。表面上笑顔を向けてくれる、友だち関係を続けてくれる、これしか判断材料がないのにここから先を邪推する事は無意味だと思っております。せめてポジティヴに考える事です。折角相手が好意を向けているのに、それを卑屈にとらえてしまっては相手に申し訳ないというものだと思います。

 だからこそ、愛莉は確固たる証拠が欲しかったのだと思います。それが、今作であれば中学校の時に結んだ約束でした。ずっと一緒に居る、こんな約束を交わせばもうお互いがお互いに寄り添ってしまいますね。いつの日か、関係性が変わってこの約束が重荷になってしまう時が来たとしてもなかなか解消できないものです。別に、好き同士な訳ではないのですから。あくまで友達としての約束、だからこそこれを解消しようという事は友達を辞めようと思われても仕方がないかも知れません。元々友達がいなかった愛莉です。そんな愛莉にとってこの約束は自分が自分である為に最も大切なものでした。ここから、愛莉と梨々花の共依存は始まってしまったのかも知れません。

 ですがそんな愛莉に実里という友達が出来ました。そのこと自体は普通の事だと思います。愛莉にとっても、一番好きな人は梨々花で変わりはありませんでした。ですが、梨々花はそうは思っていませんでした。今まで自分だけに向けていた笑顔が実里に向けられている。しかも、ここ最近見たことのない弾けるような笑顔だ。嫉妬していたのは梨々花も同じでした。中学の時に約束したのに、どうして愛莉は実里とあんなに仲良さそうにしているの?ここにも、相手の気持ちを推し量っている様子が見えましたね。それもこれも、梨々花が愛莉を好きだからでした。好きな人だからこそちょっとした動作や表情が不安になる。何となく会話のリズムが思い通りにいかない。苦しいですね。確固たる証拠が欲しくなりますね。

 実際のところ、お互いがお互いを好きな気持ちがあったからこそ、愛莉は実里に対して、梨々花は冬子に対して心の内を吐露したのだと思います。自分には梨々花しかいないし愛莉しかいない、そんな屋台骨では不安で押しつぶされてしまいます。そうであるのなら、身近で自分を支えてくれる存在がいれば頼ってしまいますね。最も、それは頼るだけであって好きという気持ちではありませんでした。あくまで友達でありあくまで先輩。大変なのは、相手がそんな風に思っていなかったという事ですね。実里はきっと愛莉が好きでしょうし、冬子は梨々花を自分の物にしたいと思ってました。唯の友達や先輩の関係ではない気持ち、本当恋愛ってどうしてこう上手く行かないのでしょうね。

 最期梨々花と結ばれたのは、素直に自分の気持ちを梨々花に伝えたからでした。それがきっと正しいのでしょうね。偽る事は相手に対して敬意をはらっていない事だと思います。それが出来なかったから、梨々花は愛莉を見限り冬子にくっついたのだと思います。梨々花ではなく実里にくっついたのは、ちょっと危ういですね。梨々花の代わりを見つけただけで愛莉として気持ちを伝えた訳ではありませんもの。ここはまだ共依存ですので、もう一つ乗り越えなければいけないなと思いました。この作品は百合ですが、それ以上に揺れ動く人間関係とどう向き合うかを考えされられる物語だと思いました。ありがとうございました。


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