M.M ハルジオンは雨と咲く




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 7 8 76 5〜6 2024/3/31
作品ページ(なし) サークルページ(BOOTH)



<ハルジオンの花言葉を巡る物語が、オリジナル素材で仕立てられた舞台で描かれます。>

 この「ハルジオンは雨と咲く」という作品は、同人サークルである「縋想」で制作されたビジュアルノベルです。本作は縋想さんの第二弾作品であり、ビジュアルノベルとしては初の作品となります。C103にてえるりんごさんの売り子をしたのですが、その時偶然となりにいらっしゃったのがこの縋想さんさんです。目を引く女の子の何か言いたげな表情のポスターがとても印象的で、沢山の方にパッケージが取って貰えている様子を見ていました。最終的には準備分のパッケージが無くなりましたので、コミケ恒例の現場焼きを行うほど。とても楽しく時間を過ごさせて頂きました。隣のサークルさんという縁もあり自分もパッケージを手に取る事が出来ました。ポスターの女の子の表情が何を意味するのか、まずはそこを掴もうと思いプレイし始めました。

 主人公である柊皐月は大学一年生です。高校時代は生徒会長を務め写真部に所属しておりましたが、現在は何となく生きているという感じのごくありふれた大学生です。そんな柊皐月には友人の岡本雅史がいます。岡本雅史は演劇部所属で、何故か皐月に絡んでくるどこか憎めない性格です。そんな雅史に誘われて見に行った演劇部の練習、そこに一際目を引く女の子がいました。彼女こそが本作のヒロインであり、その後皐月の人生に大きく関わる青井結夏その人だったのです。打ち上げで意気投合した2人は、同じ文系学部という事もありその後よく話すようになります。そして一緒に写真部に入りまた演劇部にも関わっていきます。そんな2人が、恋人の関係になるのは時間の問題でした。ですがそれは、その後訪れる別れと彼女を取り巻く主人公の葛藤までの入口だったのです。

 タイトルになっているハルジオンは、キク科の植物であり日本であればどこでも見る事が出来ます。実は外来種だったみたいですが、そんな事は関係なくもはや見慣れた風景の一部になっているのではないでしょうか?私にとっては、タンポポと変わらない存在のレベルですね。それが故に雑草とも扱われるみたいで、少し悲しいです。ハルジオンの花言葉は、追想の愛です。追想とは、過去の事を思い出す事です。それだけ聞くと、どこか物悲しい気持ちになってしまいます。過去の事を思い出す愛、それならば現在の愛はどうなっているのでしょうか。この作品は、そんなハルジオンの花言葉のようなシナリオ展開となっております。パッケージの裏に書いておりますが、皐月の恋人になった結夏はとある冬に突然失踪してしまいます。そして2年後、皐月の元に再び突然帰ってきます。この間、皐月は追想の愛に苦しめられたことが容易に想像できます。それでも、帰ってきた結夏に何一つ理由を聞かず許しました。では、結夏はどうして失踪しどうして帰ってきたのでしょうか。ハルジオンはどのようにシナリオに関わってくるのでしょうか。この作品は、そんな過去と未来を行ったり来たりしながら物語の真相へと近づいていきます。是非シナリオ展開にドキドキしながら読んでみて下さい。

 またその他の要素ですが、基本的にオリジナルでありフリー素材と思われるものは見受けられませんでした。背景は実際の場所をトレースした感じで、リアルを感じる事が出来ます。大学生ですからね、一人暮らしの部屋の様子やキャンパスの中を表示してくれますので実際に大学生活をおくっているかのように思わせてくれます。またBGMも場面ごとにうまく使い分けております。大学生活の日常的なシーンは勿論、その後起承転結の転や結に相当する部分は割と目まぐるしく変化していきます。この辺りはシナリオ展開を上手くサポートしていると思いました。是非サントラで聴きたいですね。そして一番良いと思ったのはボーカル曲です。この作品には数多くのボーカル曲があります。それは主に主人公の後輩である水瀬綾乃がバンドを行っている事に起因しているのですが、実際に彼女の心情を映した曲を何度も流してくれるのです。これは素晴らしかったですね。学生の粗削りな感情が伝わる曲ばかりでした。

 一方ネガティブな部分もあります。背景についてリアルな素材を使っているのは良いのですが、パターンがもう少し欲しい感じました。簡単に言えば、夜なのに昼の背景だったり曇り空なのに晴れの背景だったりします。この辺り詰められれば良いと思いました。またシステム周りですが、スキップ機能が良くありません。この作品は場面転換でカットインが入るのですが、このカットインの演出がそのままに裏でスキップが進んでしまっているためカットインが終わったら唐突に場面が進んでしまっています。まあ未読スキップでもしない限り影響は限定的だと思いますが、この辺りも調整頂ければより良いと思いました。また一部BGMがキャンセルされず流れ続けるなどの不具合もありましたので、もしパッチなどを充てる予定があるのであれば一度見直して頂ければと思います。

 プレイ時間は私で5時間50分でした。この作品は比較的多くの選択肢があります。またプレイすれば分かりますが、パッケージにもなっているメインヒロインの結夏以外にも2人のヒロインが存在します。つまるところ、どのルートに行くかを分岐させる選択肢だという事です。数は多いですが比較的分かり易いと思いますので目的のヒロインに分岐させるのはさほど難しくないかと思います。そして、比較的共通ルートが多く2周目以降は既読スキップでかなり時間短縮が出来ると思います(だからこそカットインの部分で場面が唐突に進んでしまうのが残念でした)。自分の場合、1週目で約3時間50分掛かりました。それだけボリュームのあるシナリオであり、場面展開に飽きる事が無かったという事でもあります。良い点気になる点色々書かせてしまいましたが。まずはとにかく1周してみて下さい。ハルジオンの意味が、きっと分かるかと思います。次回作も楽しみにしております。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<追想の愛は、きっと誰もが抱えている普遍的なものなんですね。>

 最後までプレイして、改めて様々な要素が詰め込まれた作品だと思いました。学園生活・社会人生活・恋愛・ミステリー・伝奇、特に後半は怒涛の展開でワクワクしながら読ませて頂きました。そして、改めてハルジオンの花言葉の意味を考えてみました。

 「今が幸せだと、逃げ出したくなることはない?」「その時は、一緒に逃げてくれる?」写真部の合宿で、結夏が皐月に行った言葉です。始めは幸せ過ぎるからその幸せな時間を失うのが怖いという比喩表現かと思いました。ですが、結夏にとってこの言葉は本当に言葉そのものの運命を背負っておりました。人魚伝説に従いこれ以上の犠牲を出さない為に自分が死を受け入れて決意した結夏、そんな結夏にとってこの大学生活は期限付きの自由な時間でした。惰性で過ごしている暇など無いのです。思えば結夏と皐月が付き合うまでかなりテンポが良かったと思ったのですが、これもまた結夏の強い気持ちがあったからですね。それでも完全に運命を受け入れた訳ではありませんでした。そりゃ、死ぬ為に生きる人生を受け入れろという方が難しい話です。そんな無念さが、このセリフに滲み出ていたんですね。

 そんな結夏の人生を掛けた真っ直ぐな恋だからこそ、突然の結夏との別れは皐月に深い傷となって残りました。もしかしたら、結夏は心の傷という形で自分の気持ちを残したかったのでしょうか。だとしたら、実際のところ酷い女だと思いますよ。完全に自分のエゴの為に皐月を利用した訳ですから。ですけど、皐月は決して結夏の事を怒ったり見捨てたりしなかったですね。私、この作品で一番考えさせられたのは皐月の内面です。元々恋愛はしないと言っていた程どこか人生に達観している印象のある皐月でしたが、その実はこれ程までに一人の人間を愛する事が出来る人間でした。ただ思うに、皐月はきっと自分の事を愛していなかったのではないでしょうか?愛するというより、自分の価値を過小評価しているいったところでしょうか。だからこそ、誰かを怒るとかしませんし酷い事されても許すんだと思います。そんな皐月の恋愛観や人生観は、様々なところで顔を出すことになりました。

 皐月の事が大好きで真っ直ぐに気持ちをぶつけてきた綾乃、彼女の恋慕を理解しつつ皐月は綾乃とは決して付き合おうとはしませんでした。別に、綾乃の事が嫌いな訳ではありません。むしろ、皐月にとって勿体ないくらい良い女だと思いますし皐月自身もそう思っていたと思います。きっと皐月は、どこかで自分と綾乃は釣り合わないと思っていたのではないでしょうか?綾乃が母子家庭という環境もまた自分と似ていましたが、それは状況だけです。少なくとも、皐月は綾乃のように真っすぐ自分の気持ちを表現する事はありませんでしたしね。それでも、結夏を痕跡を追いかける自分に付いてきてくれたり、結月に一緒に怒ってくれたりしてくれた綾乃です。結夏との経験を通して、そんな綾乃を少しでも大切にしたいと思ったのかも知れません。

 千鶴との結末はもっと歪んでましたね。何しろ、お互いがお互いを見ておらずその後ろに愛する別の人を見ているのですから。正直なところ、千鶴と皐月はお似合いだと思います。お互い辛い経験をして大切な物を失って、それでも冷静になろうと努めて世の中で生きております。どこか大人ぶる様子もそっくりです。その裏で愛を渇望して、やりきれない思いを心の奥底に沈めておりました。今回結夏との出来事を経て、お互い自分の気持ちを向き合う事で自覚しました。皐月は結夏を忘れることは出来ないし千鶴を許すことは出来ない。千鶴は亡くなった夫の事が今でも好きで日に日に愛してしまっている。それでも愛に飢えていた2人は、お互いを過去を含めて愛する事を決めました。この先どのような結婚生活が待っているか分かりませんが、せめて自分が許容できる範囲で幸せになって欲しいと思います。

 そして結夏、もはや語るまでもありませんが結夏は始めから終わりが見えている人生を送っていました。皐月との恋愛は、もう過去のものにするしかない事を受け入れるしかなかったのです。勿論本心は、こんなしがらみから解き放たれて皐月と自由に生きる事でした。そして、それが叶わない事は自分が一番理解しております。まさにハルジオンの花言葉にある追想の愛そのものだと思いました。思えば、他のヒロインも追想の愛を抱えておりましたね。綾乃はかつて自分を振った皐月へ、千鶴は交通事故で死んだ夫へ。そして皐月は突然失踪した結夏へ追想の愛を抱えておりました。そんな感じで、誰もがきっと追想の愛を思い返してしまうんだと思います。きっと、このレビューを読んでくれている皆さんもそうなのではないでしょうか?過去の恋愛で失敗した経験はありますか?逆に幸せだった経験はありますか?そして、その事に囚われて今の生活の中で選択を誤った事は無いでしょうか?追想の愛は、きっと誰もが抱えている普遍的なものなんですね。

 そろそろ締めようと思います。結夏という魅力的なヒロインとの出会いと別れ、そして再びの再会から再びの別れから始まる真相追及の展開は驚きの連続でした。合わせて早く真実が知りたいという気持ちを想起させ、クリックする手が止まりませんでした。そんなミステリー要素や伝奇要素は勿論面白かったですが、つまるところ、そんな状況の中で一人ひとりがどんな選択をするかだと思いました。皐月を支えると決意した綾乃、皐月に依存する事にした千鶴、皐月を諦めた結夏、自分の最後の力で結夏を幸せにすると決めた結月、そしてそんな彼女たちの気持ちを受けた皐月の選択がこの作品の結末でした。様々な要素が組み込まれその中で描かれる追想の愛の物語、楽しませて頂きました。自分も、自分の中の追想の愛を大切にしながらこれからも人生を生きていきたいと思います。ここまで読んで頂きありがとうございました。


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