M.M 飛ぶ鳥のアスカ




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
4 5 - 62 〜1 2019/1/4
作品ページ(なし) サークルページ



<自分に自信が持てない主人公と、昔憧れていたお姉さんとの再会の物語を、リアル感を演出する素材で表現しております。>

 この「飛ぶ鳥のアスカ」は同人サークルである「虚無会」で制作されたビジュアルノベルです。当作品は虚無会さんの処女作であり、C95にて初めて頒布されました。ピンク色を基調としたシンプルな背景に向かって飛んでいく一羽の鳥、これだけではどんなシナリオなのか全く分かりません。だからこそ想像力を掻き立てられ、とてもセンスのあるジャケットだと思いました。サークルさんにお話を訊いたところ、ジャンルは百合との事。ピンク色の背景とピッタリな印象で、是非早めにプレイしてみようと思い今回のレビューに至っております。

 主人公であることりは、この春からこれまで住んでいた土地を離れて大学進学する女の子です。今まで付き合ってた友達とも離れ離れになり、感傷に浸っておりました。今度住む土地はことりが10年前に住んでいた懐かしい土地、そこでは昔1人のお姉さんと出会い大切な約束をしておりました。お姉さんの名前はアスカ、今は連絡も取っておらず再び再会出来るなんて夢のまた夢でした。大学に入学しましたが、自分から積極的に行動出来ないことりはどうしても大学生活に馴染めません。そんな時、昔懐かしんだ景色をなぞろうと思い街の散策を始めました。どこに行っても、思い出すのはお姉さんとの思い出ばかり。次第に寂しくなってしまったことりがたどり着いたのは、初めてお姉さんと出会った思い出の神社。そこで、ことりはアスカとの思いがけない再会を果たすのです。

 全体的な感想ですが、物語は比較的テンポよく進んでいきます。3月の上京から始まり、季節は春から夏、夏から秋へとどんどん変化していきます。それぞれの季節でターニングポイントとなるイベントが発生し、それらを消化しながら物語はクライマックスへと向かっていきます。個人的には割とアッサリめに進んでいくなと思いました。可能であれば、一つ一つのイベントについてもっと細かい描写を見たかったなと思っております。セリフ1つ、背景描写1つ、もっともっと語っても構わないと思いました。ことりとアスカがお互いに対して感じている事、それをより具体的に知りたかったです。

 背景描写やBGMはその殆どがフリー素材ですが、一部のスチルはオリジナルでここぞという場面で美しい景色を見せてくれました。特にエンディング直前の一枚絵は必見ですね。どちらかと言えばBGMよりも効果音に対して力を入れている印象でした。環境音としての役割が大きいので、自分もその場にいる感覚になりました。立ち絵はことりとアスカの2人分用意されております。他の登場人物には「かまいたちの夜」のようなシルエット型の立ち絵が用意されております。これにより、この物語がことりとアスカの物である事がより印象強く植え付けられました。出来るだけリアル感を演出する素材が揃っていると思いました。

 プレイ時間は私で50分程度でした。選択肢はなく、一本道でエンディングまでたどり着く事が出来ます。上でも書きましたが、割とテンポよく物語は進んでいきます。途中月日や場所が変わった時はテロップが出ますので、それらのタイミングで一息付いて進めて頂ければと思います。むしろゆっくりプレイしないと、気がついたら終わってしまうという感覚になるかも知れません。馴染めない大学生活で憧れのお姉さんと再会できたことり、そのまま昔のままの関係で物語が進むのでしょうか?それとも年月が経ちまた違った関係で物語が進むでしょうか?是非その最後を見届けてみて下さい。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<自分の道を切り開く、その覚悟が飛び立つ決心となり、幻の桜の木の終焉でした。>

 最後までプレイして、良くコンパクトにまとまったシナリオだと思いました。自分に自信がなくつねに周りの人にいぞんしていたことり、両親への反発心のまま自分ひとりで道を切り開いてきたアスカ、その2人にとっての転機が物語の終わりの時でした。長い人生、幸せは自分で掴んでいくしかないんですね。

 正直な話、百合というジャンル名を聴いて真っ先にどんな恋愛模様が描かれるのかという期待をしてました。昔憧れていたお姉さんと、年月を経ての再会です。甘酸っぱいシナリオが待っているのかなと思いました。ですが、実際はそんな事は無いリアルな描写が殆どでした。積極的になれず、唯一信頼の置けるアスカに依存しっぱなしのことり、そんなことりだからこそことりが求める理想のお姉さん像を崩せなかったアスカ、結果としてその歪みが最後バイト先の店長から明かされる言葉が決定的なひび割れとなりました。理想と現実のギャップは、大きくなればなる程それが崩れた時の修復も大変でした。

 ですが、最後の最後でことりは踏ん張る事が出来ました。もっと言ってしまえば、自分で自分の行動を決める事が出来ました。高校時代まで仲よくしていたアイカとの再会の約束、その途中で一年振りに見た幻の桜、それを見た時にここは自分で決断して向かわなければいけない、そう思ったのだと思います。中々勇気がいる事だと思います。何しろ、その桜の元に辿り着けるかも分かりませんし、辿り着いたとしてもそこにアスカがいる可能性なんて殆どないのです。それでも自分で決めた道を信じて進むことりに迷いはありませんでした。そしてたどり着いたとっておきの場所、そこにあったのはただの枯れ木、桜という理想も消え去り雪野原らしい枯れ木という現実が待っておりました。

 それでもそこにアスカはいました。自分の勘を信じて自分で決断して行動した結果でした。そして、ことりはアスカに素直な気持ちを伝えました。この瞬間、やっとことりはアスカに追いつけたのかも知れません。その時見上げた枯れ木には、一羽のピンク色の小鳥の姿がありました。気が付けばピンク色に染まった枯れ木、その正体は飛び立ちたくても飛び立てなかった2人の心の現れだったのかも知れません。アスカも何かを決意した様子でした。両親に対する反発で助教授になったはずのアスカ、ですが本当は鳥が好きで鳥の事をもっと知りたいと思っていました。その気持ちに気付いたアスカがこの後どうするのか、それは本人たち次第ですね。

 小鳥たちは飛び立ちました。雪の中の桜の姿は、もう見る事は出来ないかも知れません。ですけど、それでも2人は大丈夫ですね。ちゃんと自分の意志で自分の道を切り開く決意をしたのですから。ことりがどのような大学生活を送るのか、アスカがどのような仕事に就くのか、少なくとも後ろ向きな事にはならないでしょう。また2人が再会するかも分かりませんね。もう、2人に再会の約束も必要ないのですから。もし次に会う時は、それぞれの道を歩んだ先でクロスオーバーした時。きっと全く違ったお互いの姿に驚くでしょうね。そんな未来も来ても良いかなと期待して、本レビューの終了としようと思います。ありがとうございました。


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