M.M フロアー]Vの心象




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 6 7 84 5〜6 2016/4/15
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<実写に強く拘ったリアルな雰囲気を堪能し、絶品のホラーを味わいながらTRUE ENDを目指して欲しいですね。>

 この「フロアー]Vの心象」は同人サークルである「Floor project」で制作されたビジュアルノベルです。Floor projectさんと初めて出会ったのはC85で同人ゲームサークルを回っている時でして、トールケースのパッケージに映し出されている暗いエレベータの写真がとても印象に残っております。パッケージ裏のあらすじを読むとどうやらホラーの様。そしてスクリーンショットも全て写真という事でとても独特な雰囲気を感じました。購入してから実に2年という長い時間が経過してしまいましたが、いい加減プレイしなければと思い今回のレビューに至っております。

 主人公である田中水香は居酒屋でアルバイトをしながら就職活動をしている20代後半の女性です。彼女の両親は既に他界しており、たった一人の兄妹である兄も先日事故で亡くなり四十九日を終えたばかりでした。兄の死因は心不全でした。もともと疎遠であった兄という事で、仕事も住んでいる所も知らない水香。ですが、バイト先の居酒屋で聞いたとあるマンションの噂から、水香は兄の生前に興味を持ち調べ始めることになります。何故兄は心不全になったのか。マンションの噂とは何か。噂と兄はどのように関わってくるのか。そして水香に襲いかかる出来事とは何か。先の見えない展開に緊張しながらも、1つ1つの出来事を見極めて真実にたどり着いて欲しいですね。

 最大の特徴は全て写真を使った背景素材です。この作品の推定プレイ時間は5時間とされているのですが、その割にはゲーム容量が3.87GBと多いなと思ってました。その理由はプレイして直ぐに分かりました。とにかく写真の枚数が多いのです。この作品、テキストが表示されてクリックするたびに背景が変わっていきます。加えて同じ背景を使いまわすということがなく、日々のリアルな登場人物たちの動きを演出しております。公式HPによりますと何と2,500枚以上の写真を使っているとの事。めくるめく変化していく背景は本当にその場にいるかのような臨場感を与えてくれます。そしてその背景素材ですが、登場人物は絶妙に目からしただけを写してあったり後ろ姿だったりとモザイクを殆ど使っておりません。このこだわりもまた臨場感を生み出すのに一役買っていると思います。果たしてこの背景素材を揃えるのにどれだけの時間を費やしたのでしょうか。本作に使われているのが2,500枚という事は、恐らく5.000枚以上の撮影は行ったのだと思います。ものすごい労力です。その圧巻のボリュームを感じて欲しいですね。

 そしてこの作品はホラーです。プレイヤーは主人公田中水香の視点となって兄の死の真相とマンションの噂に迫っていくのですが、女一人での行動はとても無防備なものであり常に何者かに襲われる恐怖と対峙しながら捜査を進めていく事になります。そんな彼女の心細い心情がテキストで細かく描写され、プレイヤーにもダイレクトに伝わってきます。そして沢山の背景素材に加えて殆どBGMを使わない生活音に偏った音源もまた、リアルな雰囲気の演出に一役買っております。足音や電話の音、そしてエレベータの稼動音など、普段意識しない生活音に耳を傾けて孤独感を味わってください。加えて途中動的な演出も幾つかあります。これも絶妙な場面で収録されており、雰囲気を盛り上げてくれます。とにかくリアルさを活用した臨場感あふれる雰囲気が恐怖を演出しており、途中画面を見るのが怖くなる程です。

 プレイ時間ですが私で5時間程度掛かりました。この作品は非常に多くの選択肢が登場し、少し選択を間違えると直ぐにBAD ENDに行ってしまいTRUE ENDにたどり着けません。加えて選択肢が表示されている画面ではセーブが出来ませんので、出来るだけ細かくセーブして進めていくことをオススメします。選択肢表示画面でセーブできないのは、恐らく現実世界では後戻りできないんだぞ!という事を演出しているのだと思います。非常に効果的であり、不便さとは違う意味のあるシステムだと思いました。それでもセーブしそこねて間違えるとかなり手戻りが大きくなりますので注意が必要です。全てのEDを見るとなると更に時間が掛かると思いますが、それもまた面白いかと思います。実写に強く拘ったリアルな雰囲気を堪能し、絶品のホラーを味わいながらTRUE ENDを目指して欲しいですね。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<知らぬが仏。それでも知ってしまったからには動かずにはいられない。>

 人って、やっぱり知りたいという欲求があってこそだと思いました。普通であれば絶対に立ち入りたくないSICマンション。死んだ兄も葬儀が終わって無事四十九日が終わったのだからもう気にしなくても良いのではないか。それでも水香は気になったんですね。そして知ってしまったんですね。SICマンションの噂の真相を。

 本当に怖かったです。冒頭の橘勇也がSICマンションに帰ってきてから13階に行くまでの非常に細かいテキスト描写と実写背景だけでお腹いっぱいでしたが、あれは所詮プロローグに過ぎませんでした。水香が女性という事もあったのかも知れませんが、家の中のちょっとした日常ですとかタクシーの中ですとかも言いようのない不安を覚えました。後はやはり夜道は不安感十分でしたね。ホラーゲームで女性で夜道、これで何もない方がおかしいというものです。リアルな表情と足音、そしてコンビニにたどり着いた安心感がダイレクトに伝わってきました。きっと何枚も写真を撮って何度もリテイクして厳選した背景たちなのだと思います。その苦労さがハッキリと分かりました。

 そしてメインのSICマンション。エレベータに乗るだけで迫力十分なのに得体の知れない篠美という存在に怯えながらも1401号室に入っていく場面はかなり緊張しました。これは選択肢1つでも外したら死ぬな、という気持ちでしたね。すぐ側に篠美がいると思うだけでもう逃げ出したくなります。私が一番鳥肌が立ったのは、家に帰ってきて橘勇也の部屋の鍵を見つけて青の封筒から手紙を読んだ場面ですね。唯一安心だと思っていた実家に篠美が侵入している事実は本当にビックリしました。これってもう水香に安心できる場所が無くなったということ、そして橘勇也の部屋の鍵を開けてしまったということ、この絶望感は想像できません。あれだけ嫌がっていたSICマンションに駆け込むほどですからね。そしてそのSICマンションの1401号室の衝撃の真実。結局のところ篠美は既に死んでましたが、あのノックの音は間違いなくタカハタの妻の亡霊ですね。現実のホラーと怪談のホラーが組み合わさった瞬間でした。水香にとってはどちらであっても恐怖だった訳で、本当に呪い殺されなくて良かったと思っております。

 それにしても、あれだけ怖い思いをしながらも果敢に踏み込んでいった原動力は果たして何だったのでしょうか。それこそが好奇心という魔物だったのだと思います。この作品の中で度々登場した「知らぬが仏」という言葉。これって人生を賢く生きる上でとても大切な精神だと思っております。日本だけでも1億人以上の人が生きているのです。そしてそれは1億通りの事情があるという事。例え身近な人であっても、人一人の事情なんて自分に関係のある部分だけ知っていればそれでいいのです。知らなくてもいい事を知ってしまった瞬間、それまでの関係は壊れてしまいます。隠し事はその人を守る砦のようなもの。プライバシーは尊重するべきですし、踏み込んではいけない部分は必ず守らなければいけないのです。

 そんなプライバシーの大切さを知っているからこそ、その事実を知ってしまったからにはちゃんとけじめを付けなければいけないと思うのもまた人間だと思います。兄の死の真相を知りたいと思った水香。でも踏み込まなければ知らないままSICマンションと関わりなく過ごす事が出来ました。ですが僅かでもその真実に踏み込んでしまいました。こうなっては座りがよくありません。であれば、ちゃんと自分が納得するまで関わらなければいけないと思ったのだと思います。たとえその先に不幸な事実があったとしても、誰かの心を踏みにじる事になっても、それが選んだ結果なのです。結局のところ兄の心不全の本当の理由はわかりませんでした。そしてそこまでは踏み込みませんでした。もしここで更に踏み込んでいたら、水香はタカハタの妻に呪い殺されていたと思います。本当に偶然のタイミングで引いたのです。噂の真実を知った段階で、この事件は解決しておりました。

 本編とは関係なく個人的に好きな場面に、愛里が賄いを食べている時にお店が混んでいる事を知って手伝いに行くかどうかを戸惑っている場面があります。こういう場面って人生の中で五万とあると思います。例えば、スーパーで万引きをしようとしている人が居る、自分が担当ではない仕事で良くない部分を見つけてしまった、駅の中で地図を見ながらウロウロしている人が居る。あなただったらどうするでしょうか。手を差し伸べるでしょうか。見て見ぬ振りをするでしょうか。人生は知らぬが仏。でももし知ってしまったら?この作品はそんな事を伝えたかったのかも知れませんね。ありがとうございます。


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