M.M ゲーム制作と青い春
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 | |
9 | 7 | 7 | 91 | 12〜13 | 2025/8/17 | |
作品ページ | サークルページ |
<10年という時間の重みが詰まった、えるりんごさん渾身の作品です。一人でも多くの方に読んで頂きたいです。>
※今回レビューしている「ゲーム制作と青い春」はスペシャルサンクスとして私M.Mも関わらせて頂きました。主に、作中に登場する方言監修となります。またその関係でシナリオについては断片的に知るところとなり、純粋に何も前情報がない状態でプレイした訳ではありません。その為他の作品と比較し触れた時間が長く思い入れも一入となっており、多分に恣意的なレビューになっている可能性があります。その点をご承知の上、お読みいただければと願います。
本作はえるりんごさんのサークル活動開始から10周年を記念して製作されております。10年間サークル活動を続けるだけでも並大抵の事ではないのに、定期的に作品を制作しつつこれまでのサークル活動を総括した記念作品を作るという姿勢だけでも素晴らしい事です。私が初めてえるりんごさんと出会ったのは、恐らく9年前だったと思っております。当時の自分は、まさに同人ビジュアルノベルに一番浸かっていた時期でした。同人誌即売会にて島サークルの素晴らしさに気づき、サークルさんと会話する様になり、COMITIAでノベルゲーム部やビジュアルノベル部として企画側として活動する等同人ならではの楽しさを満喫しておりました。その時にえるりんごさんと出会い、気が付けばビジュアルノベルのみならず同人誌など当たり前のように購入しておりました。その後コロナ禍を経ても繋がりを持たせて頂いており、現在は定期的に売り子をさせて頂いております。えるりんごさんの活動期間の多くの時間を共有させて頂き、なおそれが現在まで繋がっているのは本当に貴重な事でありありがたい事だと思っております。これからも末永くお付き合いさせて頂ければと思っております。
今回レビューしている「ゲーム制作と青い春」は、そんなえるりんごさんのサークル活動10周年を記念して作られた作品です。ゲーム制作を題材にしているという事で、まさに直球でこれまでのえるりんごさんの歩みを描いた作品となっております。登場人物や設定はもちろんフィクションですが、間違いなくこの10年間に起こったであろう事柄を凝縮しているシナリオでした。ネタバレなしだとどうしても表面的な事柄しか書けませんが、とにかくプレイしてえるりんごさんが何故同人ビジュアルノベルを作っているのかを肌で感じて頂きたいと思っております。私は比較的えるりんごさんと関わった時間が長い事もあり、作中の様々な場面で感慨に浸る事が多くありました。これまでのえるりんごさんの作品を多くプレイしている人の方が一入かも知れません。C106では復刻版の発売もなされましたし、データであれば各種ダウンロードサイトでも購入プレイする事が出来ます。この作品をプレイして頂き、お時間あれば是非過去作もプレイして頂きたいです。
ではここから作品の紹介を行ってまいります。主人公である夏都は、ゲーム制作会社に入社した新社会人です。大学生の時に同人ノベルゲームを制作し、同人誌即売会で頒布した事を切っ掛けにゲーム制作への道を歩み始めました。ゲーム会社には、大学時代に同人ノベルゲーム制作のいろはを教えてくれた友人の冬夜・同期入社で同じプログラマーの洋子をはじめとした多くの知り合いがいました。また、同人誌即売会に行けば年間100本プレイする事もある凄腕のプレイヤーである葉月がいました。仕事や趣味の中でゲームに関わりのある知り合いに囲まれ、これからもずっとゲームに関わりながら人生が進んでいくんだろうなと思っておりました。ですが、世の中必ずしも自分が思い描いた通りに進むはずがありません。そして、変わらないものというものは存在しません。夏都のゲーム制作会社人生は様々な形で夏都の生き方に影響を与え、そしてその中から人生の選択をしていくのです。
皆さんは、ゲーム制作会社に対してどのようなイメージを持っているでしょうか?私の場合は、激務なんだろうなという事と才能のある一部の人しか出来ない仕事だろうなと思っております。ゲームを作るという事はプログラムが出来ないと不可能であり、しかも大衆に理解できるヒット作品を作らなければいけません。シナリオや絵、テーマ性など情熱をもって制作する事が最低限求められるんだろうなと思っております。そして、噂レベルですがゲーム会社は激務と聴いたことがあります。美少女ゲームメーカーなどは特に顕著で、発売日の延期が定期的に行われている現状から計画的に進められない事情がある事は明白です。キラキラした部分とは裏腹に激務に耐えられるだけの体力と情熱が無ければ務まらない、夏都が働くゲーム会社は果たしてどのような環境なのでしょうか。そしてゲーム会社で働く中で何を見つけていくのでしょうか。この辺りを探しながらプレイして頂ければと思います。
注目すべき点は、これまでのえるりんごさんの作品にはない圧倒的なボリュームです。これまでの作品は、長くても2〜3時間で最近は1時間未満の作品の割合が多くありました。ですが、今作のオートプレイ時間はなんと23時間です。一般的に、同人ビジュアルノベルであれば10時間を超えれば大作と呼べます。ましてや20時間越えとなればもはや商業ゲームのミドルプライス作品並みです。これを作り上げただけでも称賛に価すると思います。加えて、えるりんごさんは基本1人で制作しておりBGMや背景などの素材も自分で作成しております。一部効果音を除きフリー素材は一切使わずに20時間以上のボリュームのある作品を作る、並大抵の情熱で出来る事ではありません。この辺りの数値的事実だけでもただの作品ではない事は伝わると思います。
素材の数もプレイ時間相応のボリュームです。スチルは50枚以上、BGMも20種類以上あります。特に、表情差分については特定の登場人物ですが100種類以上もあります。100種類ですよ!こんなの商業作品でも無いんじゃないでしょうか?それだけ描き分けが求められる場面が沢山ある事を意味しているのは明白ですが、更に注目すべきはその多彩な表情差分が非常に細かく使い分けられている事です。おおよそ2〜3クリックもすれば細かく表情差分が変わり、スクリプトも超ボリュームになっていることが伺えます。長大なシナリオとそれ以上に膨大なスクリプト、この作業量をこなせる人が世の中に何人いるのでしょうか?参考に、この大量の素材についてはC106で発売された設定資料集で全てご覧になる事が出来ます。見開き1ページに表情差分だけが並んでいる様子はもはや快感ですね。是非作品だけではなく資料集も併せて手に取っていただければと思います。
そして、これら大量のシナリオと素材を用いて描かれるテーマこそが一番感じて頂きたい事柄です。なぜえるりんごさんは10周年記念としてこの作品を作ったのか、なぜC106で過去作の復刻版を発売したのか、その理由が全て分かります。20時間を超えるゲームなど、理由が無ければ作る事が出来ません。その理由が分かった時、きっと誰もがその情熱と歴史に言葉を失う事になると思っております。上でも書いておりますが、このタイミングで過去作の復刻版を作成したのはただ単に10周年だからというだけではありません。ここではその理由は言えません。プレイしたら分かるとだけ話しておきます。一つの物事を継続する事の難しさとすばらしさを、改めてこの作品から教えて頂きました。私自身、自分のこれまでとこれからの生き方を考えさせられる切っ掛けにもなりました。
プレイ時間は私で12時間5分でした。選択肢があり、エンディングも幾つか用意されております。冒頭書きましたが、スペシャルサンクスとして関わらせて頂いた事もありプレイ時間の測定時にはすでに内容の大半を知っている状態でした。その為12時間と想定プレイ時間よりかなり短くなっております。それでも、10時間はどうしても超えてしまいました。圧倒的ボリュームは間違いありませんし、何度読んでもしみじみとしてしまいます。途中分かり易く章立てしておりますので、休憩等に是非活用して頂ければと思います。セーブスロットも大量に用意しておりますので不足する事はないと思います。本作の点数を91点とさせて頂いたのは、もしかしたらこれまでのえるりんごさんと関わった時間の長さや過去作を知っている事、スペシャルサンクスとして関わった事による身びいきが無意識のうちに入っているかも知れません。ですけど、1年2年経っても恐らくこの点数は気の迷いでなかったと思えると思っております。だまされたと思ってプレイしてみてください。そして、同人ビジュアルノベルにかかわる皆様がどのようなメッセージをこの作品から感じるのか教えて頂きたいです。すばらしい作品をありがとうございました。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<夏都が歩んだ物語、それはきっとえるりんごさんが歩んだ10年間の軌跡そのものなんだと思いました。>
この作品は、恐らくえるりんごさんがこれまで同人活動を続けてきての様々な悩みや葛藤を抱えたことで生まれた作品なんだろうなと思っております。創作する事の楽しみを知った夏都、そして夢と希望をもって入社したゲーム会社、しかし想像以上に仕事でゲーム制作をする事は大変な事でした。それでも同僚や様々な人に支えられて何とか続けてきましたが、やはり同人ゲーム制作は出来なくなってしまいました。そんな時に訪れた人生の転機、コロナ禍・結婚・会社の倒産という事実から改めて自分が何故創作するのかというところを見つめなおしました。長い長い旅の末にたどり着いた結末、これを見つける事がそのままえるりんごさんの現在の心境を表現しているんだろうなと思っております。
コロナ禍・結婚・会社の倒産、その一つ一つが大きなライフステージの変化ですので心理的ストレスは多大なものです。かといって、ある特定の人に訪れるイベントではなく多くの方が経験したのではないでしょうか?コロナ禍はほぼ全世界の人が経験しました。結婚も人生のタイミングで沢山の人が行います。会社の倒産なんて日常茶飯事です。そんな生活の基盤に直結する変化は、趣味の時間というものを根こそぎ奪ってしまいます。まずは生活が成り立たないと何も出来ないですからね。金と時間があっての心のゆとりですし趣味だと思います。私自身、会社の倒産は経験してませんが部署異動や昇職による忙しさの劇的変化は経験しました。正直、趣味に集中して使える時間は減ってしまっております。時間があっても、集中出来ないんですよね。どこかに趣味以外の考えが頭をよぎってしまう、考えることが増えてしまいます。趣味を続けるのは割と単純な事ではないんですよね。その辺り大変共感しました。
6章辺りから、夏都が家に帰った時に黒い背景に覆われる演出が出始めました。私、この演出が大変リアルで凄いと思いました。仕事から解放されたはずなのに思考が遮られてしまう、この感覚は多くの人が感じているのではないでしょうか?これは決して仕事だけに関わる事ではありません。例えば世の中のニュースで暗い話題が上がる、パートナーが何か悩んでいる、SNSで気になる話題を見てしまう、世の中に溢れている様々な情報に人は集中力を奪われます。夏都の場合は自分の趣味と仕事が殆ど方向性が一致しているという事もあり完全に思考を持っていかれてしまいました。ついには趣味の筈の同人ゲーム制作すら嫌悪感を抱くようになってしまいました。こういった方、結構いるのではないでしょうか?社会の一員として生きている以上、完全に趣味と生活を切り離す事は出来ません。多かれ少なかれ、夏都のような悩みを抱える人はいると思います。私も、休日なのに休み明けに行う仕事の事を気にしてしまうのはしょっちゅうです。気にしても、仕方が無い事なのにですね。
だからこそ、夏都が最後にゲーム業界とは違う仕事を選択したのは正しかったと思っております。信じていたものに裏切られ人生の中で安全も安定も無い事に絶望した夏都、本当に信じられるのは自分の内なる心の言葉だけなのはその通りだと思います。自分はなぜ創作をするのか、実はその答えは2章で既に出ていました。自分が好きなものが世の中にないから自分で作る、ただそれだけでした。夏都は、自分の為に創作をしていたんですね。世の中で有名になりたいとか、お金を沢山稼ぎたいとか、そういった気持ちはありませんでした。こういった一般的な考えもまた、世の中の様々な情報や常識に晒されて植え付けられた価値観だと思います。これらのしがらみから抜け出すのはなかなか大変ですが、それが出来た夏都は立派だったと思います。夏都、人が良いですからね。他人に迷惑を掛けたくないからこそ遠慮しますし、自分より周りを優先します。ですけど、ストレスで心を壊してその原因である会社が倒産してまた同じような会社に契約社員になるほどお人好しになる必要はありません。本当、夏都が自分の大切なものに気づけて良かったと思います。
そして、そんな夏都の背中を押したのは外ならぬ周りの人々の協力と優しさがあったからでした。洋子は夏都の仕事の相棒として公私ともに支えてくれました。口は悪いですが悪気はありませんし、一貫性のある発言は頼りになります。そして、しっかりと相手の事を考えてくれます。自身のキャリアとお金の為に転職しましたが、その後も夏都の悩みに真摯に向き合い仕事先を紹介してくれたりしました。洋子がいなかったら、間違いなく夏都は潰れていたと思います。葉月は同人ノベルゲームのよき理解者でした。制作者ではありませんが誰よりも制作者にリスペクトを持っており、夏都の活動を支えてくれました。夏都が辛かったら傍にいて支える、夏都がやりたい選択を決して妨げない、それでいて自分が好きな同人ノベルゲームを貫き通す、芯の強さを持った存在だと思います。ある意味最強の組み合わせですからね。同人ノベルゲーム制作者とプレイヤーで結婚なんて、現実にあるんですかね?
そして冬夜です。冬夜・・・えるりんごさんやってくれましたね!って感じですね正直。前作である「お前のノベルゲームが完成しない理由」から登場し、口は悪くても何だかんだで夏都の事をサポートしてくれる良き友人でした。事実、洋子ルートではそのままのキャラクターでしたからね。それが、葉月ルートでその片鱗を見せたかと思ったらまさかの冬夜ルートですよ!変だと思ったんですよね、洋子と葉月という2人のヒロインが終わってもCGモードの3分の2が埋まってないんですから。間違いなく、冬夜ルートが本作のメインルートですね。これぞえるりんごさんですよ!これ、えるりんごさんの作品をプレイした人である程納得してしまうんじゃないでしょうか。えるりんごさんの作品には、多分に狂気が含まれております。特に2024年の秋冬にリリースした同人誌「君のち◯ち◯になりたい」は歴史に残る名作だと思っております。これ程の狂気を生む事が出来るえるりんごさんです、今更友人とのBLに発展しても驚くほどの事ではありませんね。とはいえ、かなりお腹いっぱいなシナリオでした。それでも、6章7章8章と進むにつれて徐々に夏都への理解と自分らしさを取り戻し、9章にて夏都が同人ゲームを作る理由に一緒に向き合ってくれました。私、この冬夜ルートの9章が好きなんです。2章の再現、それは夏都が同人ゲームを完成させる事が出来た出来事でした。作品の本当最後で原点に返ってくる、言葉を選ばなければエモい以外の何物でもありません。
そんなメインヒロインの3人を始め、夏都は本当に人に恵まれたなと思っております。会社の仕事は酷かったですが、少なくとも良い人ばかりでした。めめ・リリー先輩・茂松さん・梶谷さん・鶴岡さん・酒田くん・遊佐くん、彼らとの出会いもまた夏都にとっての青い春になったのだと思います。仕事は一人でするものではない、それを理解する事が出来ただけでも夏都の会社生活に意味はあったんじゃないかと思っております。ちなみに、方言監修をした自分が言うのもあれですが・・・これ分かりませんね!庄内弁って宇宙語だったんだなと再認識しました。何を言っているかを知りたかったら是非設定資料集を買ってください。
物語最後、どのルートでも夏都は過去に自分が作った作品を見返しました。あの時どんな気持ちで作っていたんだろう?それを確認する作業は必要でした。あの夏都が作った作品の登場人物に引っ張られる夏都のスチル、ホロっと来てしまいましたね。これまでのえるりんご作品を地道にプレイしてきた人であれば同じ気持ちになるんじゃないかと思っております。きっと、夏都もそうですがえるりんごさんもまたこの「ゲーム制作と青い春」を作り上げる中で過去の自分の作品を振り返ったんじゃないかと思っております。自分が好きで作り形になったものは裏切りませんからね!多くの作品をリリースし、多分に狂気をはらんだその作風はえるりんごさん唯一無二の魅力だと思っております。これからもそんなえるりんごさんらしい作品を作って頂きたいと思っておりますし、自分も影ながらサポートできればと思っております。本当、10周年おめでとうございます!そして、えるりんごさんの魂がこもった素敵な作品をありがとうございました!