M.M 人形のデザイア




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 7 81 2〜3 2025/11/3
作品ページ
(ノベルゲームコレクション)
サークルページ(X)



<ダークファンタジーの良さが詰まった、細部への拘りが光る作品です。>

 この「人形のデザイア」という作品は、同人サークルである「シラビノ遊屋」で制作されたビジュアルノベルです。シラビノ遊屋さんの作品をプレイしたのは今作が初めてで、切っ掛けは私と個人サークルcrAsmの代表である倉下さんと行っているビジュアルノベルオンリーというオンラインイベントです。ビジュアルノベルオンリーでは、私の方で参加されるサークルさんの作品を一部紹介する企画をX上で行っております。シラビノ遊屋さんは第9回ビジュアルノベルオンリーに参加頂き、紹介する作品が今回レビューしている「人形のデザイア」となります。プレイ開始直後から雰囲気に引き込まれ、一旦紹介文をしたためたのですが改めてメモを取りながら隅から隅まで確認したいと思い再プレイしました。やって良かったと思える作品でした。

 主人公であるオリヴィエ(名前変更可能)は、魔王幹部の一人であるネクロマンサーです。ネクロマンサーは死者の魂を操る事ができ、オリヴィエも自分に使役する死者に囲まれて生活しておりました。この世界では人間と魔王が争っており、人間側の希望の象徴である勇者の力は絶大でオリヴィエも何度か命に危機に会う程でした。そんなオリヴィエが暮らしている死者の館に、突然魔王がやってきます。しかも、その後ろにはなんとその勇者が変わり果てた姿で佇んでいたのです。魔王の指示、それは勇者と暫くの間一緒に生活する事でした。憎き敵である勇者ですが、魔王の指示では殺す事は出来ません。それどころかオリヴィエが知っている勇者の姿とは全く違う、まるで赤子になってしまったかの様な姿に困惑するばかりです。魔王の目的は何なのでしょうか、そして勇者との生活の果てに何が待っているのでしょうか。奇妙な同棲生活が幕を開けるのです。

 この作品のジャンルは「ヤンデレ執着×冒涜ダークファンタジー」となっております。ダークファンタジーなのは上記のあらすじの通り、死がすぐ傍にある世界観での物語という事で容易に想像つくと思います。ヤンデレ・執着・冒涜については、是非プレイしていく中で確認して欲しいですね。本来敵対しているはずの人間と魔王、そのトップに位置しているはずの勇者が物語開始時点で既に魔王の手に堕ちているのです。加えて、生者を拒み死者と生活する事に安心感を覚えているオリヴィエに対し、あろう事かその勇者と生活しろと指示するのです。当然魔王の指示ですので逆らう事は許されません。この時点で、普通のダークファンタジーではない人の心を右へ左へと振り回すような展開が待っていることが想像できると思います。誰がヤンデレになるのか、誰が誰に執着するのか、何を冒涜するのか、それらの意味が分かった時に、きっと想像を超える衝撃がプレイヤーであるあなたを襲う事と思います。まさにダークファンタジー、その魅力十分な内容となっております。

 最大の魅力は、登場人物のキャラクターの描き方です。主人公であるオリヴィエはネクロマンサーとして死者に囲まれ生活しておりますが、生者を拒むには理由がありました。だからこそ、勇者という生者と生活するはオリヴィエとって大きなストレスになる筈です。またオリヴィエが知っている勇者は冷徹に敵を薙ぎ払う印象でしたが、目の前にいる勇者にそんな冷徹さは一切なく無邪気な表情を見せてくれます。勇者がこのような変化をしてしまったのにはもちろん理由があり、それも丁寧に語られております。そして、諸悪の根源である魔王は本当に腹の内が見えません。絶大な力と人をなめきった態度に、相手の全てを見透かしているような印象を持ちます。物語が進み事実が明らかになっていくにつれて、各登場人物に対する印象は少しずつ変化していく事と思います。そんな立場や気持ちの変化が丁寧に描かれており、気が付けば愛着を持っている事と思います。人間をよく理解した、非常に丁寧なテキストだと思いました。

 その他の要素として、BGMや背景描写があります。この作品の様なファンタジー作品は、テキストだけではなくその他の要素もフルに活用し世界観を表現する事がプレイヤーの理解につながります。この作品には非常に多くの背景描写があり、オリヴィエの住んでいる死者の館を始め全ての場面で背景が丁寧に描かれております。併せてBGMもゴシック調といいますか世界観にマッチしたものを使用しており、雰囲気を盛り上げてくれます。特に、後半で流れるボーカル入りのBGMの場面は心震えましたね。必聴です。また登場人物の表情差分も多く、心の機微が視覚的に理解できます。主人公オリヴィエと一緒に生活する勇者の表情差分数は特に多く、一クリック事に変化する場面に制作者の強い拘りを感じました。細部にまで拘り手を抜かない取り組み姿勢に、プレイしてみたいという気持ちが掻き立てられたのかも知れません。

 プレイ時間は私で2時間50分でした。この作品には選択肢があり、エンディングは全部で2つです。この選択肢がまた良い味を出しており、ここぞという場面で表示されます。実際この場面に出くわした時、どのプレイヤーも選択に悩むことと思います。全てのスチルやテキストを見るという点では悩む必要はありませんが、是非これまで読んできたテキストや登場人物の境遇などと照らし合わせて自分だったらこうするという信念をもって選択して欲しいです。そして、シナリオを読み進めていく事で明かされていく真実を丁寧に理解して読み進めて欲しいです。ダークファンタジーとはこういう物だったな、という事を再認識できると思います。総合的に完成度が高く、プレイし終わって良い作品だったなと余韻に浸ってました。是非この作品から皆さんも何かを感じ取って欲しいです。素敵な作品をありがとうございました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人は一人では生きていけない。それなら、オリヴィエとフィオは既に幸せですね。>

 最後までプレイして、オリヴィエもフィオもすごく人間的なキャラクターだったなと思っております。一人は寂しい、でも傷つきたくない、誰かの役に立ちたい、でも裏切られたくない、そんな当たり前の感情すら許されなかった境遇の中で、自分たちだけの幸せを探す物語でした。

 人間は社会的な生き物ですので、どうしても一人で生きる事は出来ません。ですが、何かが傍にいれば良いという物でもありません。抽象的な言葉になってしまいますが、温かさと言いますか生きている者が傍にいないと耐えられないのです。孤独というものとの戦いはこれまでも様々な文学や作品で表現されており、そしてあなた自身の人生の中で描かれていたのではないでしょうか。たとえ傷つく可能性があっても、辛い目にあってしまうと分かっていても、社会との繋がりを持つ事が必要なのが人間という生き物なのです。オリヴィエがたどり着いた結論、それもやはり自分はどこまでも生者なんだなという事でした。

 オリヴィエも始めは家族に囲まれ幸せな生活を送っておりました。ですがたまたま愛猫であるルカが死んでしまい、そのルカに蘇って欲しいという気持ちに死神が答えた結果としてネクロマンサーになってしまいました。その事で人間界で異端とみなされてしまい、迫害の対象となってしまったのです。その後のオリヴィエの人生は作品で描かれている通りですが、少なくともオリヴィエが不幸になってしまったかと言ったら私はそうは思いませんでした。死体に囲まれる生活に温かさを感じていたかと言ったら嘘になりますが、少なくとも魔王という存在に庇護されネクロマンサーとしての生活に生きがいも見出していました。何よりも、ネクロマンサーになった事で魂という存在に対してしっかりと考える事が出来るようになりました。私、オリヴィエのネクロマンサーとしての矜持を守ろうとする姿勢がすごく好きなんですよね。望んでなった訳ではないネクロマンサーですが、そんな人生でもしっかりと意味を持とうとする姿勢が素敵だと思いました。普通の人間のままだったら、ここまで魂というものに対して考えなかったでしょうね。

 そんな、人間の魂に対する無理解が勇者という存在を生んでしまったわけですね。勇者の不死性は、無理やり魂を束縛し過剰なまでの魔力を注ぐことで維持しております。それは魂というものの尊厳を完全に無視しており、まさに道具として利用しているだけです。勇者が何も取り柄が無い孤児から選ばれるのはそういう理由もありました。命の価値が測られているという事ですね。魔王を始め歴代の勇者はそんな自分が物のように扱われる事実に幻滅しつつも、勇者としての務めを果たさないと人間界での居場所を失ってしまいます。だから自分を犠牲にして動き続けてきました。疲れてもやめる事が出来ない、死んでもやめる事が出来ない、そんな無限とも思える生活こそ、本当の地獄かも知れないと思いました。

 そんな魂の大切さを知っているオリヴィエと魂の犠牲となったフィオの2人だからこそ、出会いは必然であり惹かれあったのかもしれません。たとえフィオに刷り込まれた人格が魔王の手によるものだったとしても、フィオの魂はきっと魂を大切に思ってくれる存在の傍にいたいと思ったと思います。最初で最後の選択肢、オリヴィエがフィオの魂を救済するか魂を束縛するかを選ぶ場面がありました。この時オリヴィエは自分の気持ちと同時にフィオの魂の事を真剣に考えていました。正直、フィオとしてはここまで真剣に自分の魂の事を考えてくれるだけで十分満たされたのではないでしょうか。そして同時に、そんなオリヴィエだからこそフィオは真剣に欲しいと思ってしまったのかもしれません。

 どちらを選択しても、周りから見てオリヴィエとフィオの関係は歪に見えました。片方は永遠に魔王の手下として人間界を破壊するだけの存在となる、もう片方はお互い共依存となり自分以外を見る事を許さない関係となりました。ですが共通しているのは、オリヴィエとフィオがずっと傍にいるという事です。儚いと思う人もいるかもしれませんが、そもそもこの2人はそんな儚さや孤独を既にずっと味わってきたのです。その時に比べれば、十分幸せな日常なのではないでしょうか。冒頭、人間は社会的な生き物であり一人で生きる事は出来ないと書きました。その観点から見れば、この2人の関係性は羨ましくさえ思います。少なくとも、1人は隣にいるのですから。そんな、人間らしさとは何かを訴えかけるテーマに深く共感してしまいました。幸せとは何かを考える切っ掛けになりました。皆さんも、是非いま関わっている人を大切にして頂ければと思います。素敵な作品をありがとうございました。


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