M.M 同人ing〜Let’s make the doujin game〜


<丁寧な構成で創作の魅力を十二分に感じる事が出来た魅力的でリアリティのある作品>

 この「同人ing〜Let’s make the doujin game〜(以下同人ing)」は、同人サークル「星団ファミリー」で制作されたサウンドノベルです。C83で同人ゲームサークルを回っている時に初めて知ったサークルでして、同人ゲームサークルでありながら同人ゲームを作る物語というある種の禁じ手を題材にした作品という事でかなり印象に残っていました。その後COMITIA104でも話をする事ができていい加減プレイしてしまおうと思い、今回のレビューに至っております。感想ですが、丁寧な構成で創作というものの楽しみと重みを十二分に感じる事が出来た魅力的な作品でした。

 同人ゲームサークルでありながら同人ゲームを作るシナリオというものはありそうでなかったですね。自分達がやっている事がそのまま題材として使えるという事でリアリティを生み出すにはこれ以上の題材は無いのだと思いますが、同時に世の中の多くの同人サークルさんにとっても題材として取り上げやすいものであるのかな思います。それが故にリアリティを生み出しながらもあくまでフィクション作品であるという事を意識付ける意味もあったのでしょうか、シナリオやキャラクター構成に結構気を使っているという印象を受けました。即売会の雰囲気や具体的な数字データ、主人公たちのシナリオ・絵・音楽・スクリプトの制作ペースや制作環境、作中で登場した他のサークルさんのキャラクター像など全てがきっと自身が体験した事をベースにしておられると思うのですが、時にはネガティブな状況が登場するリアリティがありながらフィクション作品らしく笑いも取り入れポジティブな気持ちになる様に構成されたシナリオにライターの気遣いを感じました。

 何よりも同人ゲームを制作するという事がどういう事かというのは実際に同人ゲームを作っている人達しか分かりませんので、私の様に消費側の人間にとって知らない事ばかりで良い刺激になりました。私のHPではシナリオを音楽を重要視していると宣言しておりますが、当然同人ゲームはシナリオと音楽だけでは成立せず絵やスクリプトも組み合わさって1つの作品として成立している訳です。そしてその成立の為に全員が足並みをそろえて進む必要がある訳ですが、それがどれだけ大変なのかという事を感じる事が出来ました。そして作品の制作だけでなくHPの運営や広報活動などの渉外関係についてもリアリティを持って書かれておりましたのでそちらも参考になりました。創作か集うは楽しむ事が第一ですが、時には楽しくない事や創作には直接関係ない事もこなして本当の意味での楽しみに繋がるのだなと思いました。

 そして私が個人的にこの作品で一番注目したところはやはり「創作とは」という事をテーマにしたリアリティのあるシナリオでした。過去に私も自分で音楽を作って即売会に参加する事が出来たらと意気込んだことがありましたが、自分の頭の中にあるものを表に出すことがこれ程までに難しい事なのかと痛感させられました。そういう意味で私は創作を行っている全ての人々が尊敬の対象であり、創作の楽しみも重みも全てが私にとっては同調する事が出来ない別次元の世界であると思っております。そんな創作の様々な魅力を詰め込んだこの同人ingは、他の同人ゲームと同じように楽しむ気持ちに加えて創作というものの本質を自分なりに感じようという気持ちも持ってプレイしました。創作をしている人、創作をしようとしている人、創作を諦めた人、創作物を消費する側の人、どのような形であっても創作というものに携わった方であれば必ず何かしら思うところがあるシナリオです。

 この作品は全部で4章構成になっております。1章当たりの時間は大よそ2〜3時間程度で各章で1つのエピソードが完結する仕様となっておりますので、時間のない方でも区切りをつけてゲームを進める事が出来ます。そして各章ごとに登場人物たちの関わり方が変化していき同時に成長も感じる事が出来るシナリオになっておりますので、これからプレイされる方は是非各キャラクターのセリフ回しや心理描写に注目してプレイして欲しいですね。何よりも創作するという事をテーマにしたシナリオはありそうでなかったものですので、この作品を手に取るような人であれば必ず思うところはあると思います。丁寧でリアリティのある描写で創作というものの楽しみや重みをここまで表現した作品はそうありません。万人におすすめ出来る魅力ある作品だと思いました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<創作する事は苦しい事、だからこそ誰もが憧れる夢のある世界である事を実感できました>

 後味の良い爽やかになれるシナリオでした。数多くの壁にぶち当たりながらも10代の若者らしい勢いのある考え方で1つ1つの壁を潰していこうとするシナリオは純粋に引き込まれました。そして何よりも創作するという事はゴールが無いという事、常に自分を追い込んでより高い次元のものを制作する事なのだなという事を感じる事が出来ました。

 このシナリオで私が面白いなと思ったことは、各章でそれぞれの登場人物が創作をする目的を徐々に変化させているという事ですね。根本的には当然自分が作りたいと思ったことを全力で作るという事なのですが、何の為に創作するかと言う部分が変化しておりました。自己実現の為であったり、純粋に135万円を生み出す為だったり、気に入らない相手を見返す為であったりとどちらかといえな内向きであった事が初めの頃の目的でしたが、それが徐々に同じサークルのメンバーの為だったり、作品を買ってくれる人の為だったり、同業者の期待に応える為だったりといつの間にか外向きに変化しておりました。私にとってこれがつまるところ創作をするという事の行きつく先なのかなと思いました。

 作中でも話しておりましたが、同人とは本来はぞれぞれがぞれぞれの表現したいものを自由に表現できるという事が魅力であり周りに縛られるという事は本質的に間違っているとありました。事実多々良才火は自分が作りたいものを作ってその魅力だけで世間の支持を得た成功例ですし、東京食堂のメンバーもあくまで自分が作りたいものを作って一定の指示を集めてました。ですが、彼らは何も世間の目を全く気にしないで同人をしている訳ではありませんでした。やり方は様々ですが、常に自分の創作物を見てくれる人を意識して同人を行ってましたし同じような同人活動を行っている人を認め合いながら交流している姿もありました。創作している時は孤独かも知れませんが、それを受け取ってくれる人がいるという事が創作者のモチベーションに繋がっているのかなという事をこの作品から感じる事が出来ました。

 それとは別に創作で食べて行く事の辛さもしっかりと書いてました。自分の絵が売れなくて満足な収入が得られず若くして死んでしまった伊織の両親、自分の創作物で人が死んでしまった重みに潰れてしまった康平の姉、これは決してフィクションの出来事ではなく実際に起こっている日常なのだと思います。仕事としての創作活動をしていない同人活動だけでもあれだけの苦労をする訳ですから、最終章で恭二が行っていた通り「創作で食べていくなんて馬鹿だ」というのは全く持って正しいのだと思います。ですが自分の好きな事で食べていける事は誰もが夢を見る事でもあります。当然夢を実現する事は並の努力では出来ないでしょうし実際夢を実現している人でもそれを維持していくために命を削るような生活をしているのだと思いますが、だからこそ自分のやりたい事をやって有名にあっている人に対して私たちは憧れを抱くのだと思いますね。それがプロという事、何に対しても妥協できず全ての責任を自分自身で解決しなければいけない世界であるという事も感じる事が出来ました。

 という訳で何もない0からの同人ゲーム制作から1人の気持ちを変化させるまでの1年間の物語でした。この1年でラン&ループのメンバーは多くの事を学び飛躍的に成長できました。この体験はたとえ本人たちが将来創作の仕事をするにしてもしないにしても役に立つことであり、何かを達成できたという喜びは何にも代えがたい財産になるのだと思います。私が普段即売会で入手している1枚のディスクにはこれだけの想いが詰まっているのだなという事を再確認する事が出来ました。私もレビュアーという立場ではありますがこうした創作を行う人達の力になれればと強く思う事が出来た作品でした。楽しかったです。ありがとうございました。


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