M.M ドブ川に散りぬ初恋の




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 - 78 1〜2 2020/5/16
作品ページ(R-18注意) サークルページ(R-18注意)



<この作品は、共感できる人と出来ない人で明確に分かれると思います。共感できた人は一緒に苦しみましょう。>

 この「ドブ川に散りぬ初恋の」という作品は、同人ゲームサークルである「サキュレント」で制作されたビジュアルノベルです。サキュレントさんの作品は、過去に「慰愛の詩」「とも鳴りの舟」をプレイした事があり、今作で3作品目となります。サキュレントさんの作品は、そのどれもが人間の本質といいますか汚いものを包み隠さず表現しております。登場人物達が、基本的に不幸といいますか普段滅多に経験出来ない境遇に見舞われておりますので共感出来るかは分かりませんが、プレイし終わって何度も自己と対面をさせてくれる内容でジワリと心に残ってくれます。今回プレイした「ドブ川に散りぬ初恋の」という作品も、過去作同様人間の汚い部分について描いた作品です。タイトルにドブ川とあるところからも一目瞭然ですね。それでも、パッケージに書かれている2人はそれなりの美男美女です。こんな2人でもドブ川のような経験をするんですね。果たして今回はどんな風に自己と対面させてくれるのか楽しみにプレイし始めました。

 主人公である風早秋奈は、小学校の時からクラスメイトにイジメられてました。机に落書きされたり死ねなどの悪口を言われたりと小学生の無垢ないじめを止める事は難しく、ずっと孤独な時間を過ごしておりました。中学に入ってもこのいじめは収まる事はありませんでした。この時秋奈はもはや人とのコミュニケーションを諦め、ずっと本の世界に篭っておりました。本を読む事で周りの人間とは違うという、一種の自己防衛行為だったのだと思います。ですが、そんな秋奈がある意味見せつけるように机の上に置いておいた本に反応したクラスメイトがいました。名前は榊春一彦といいまして、彼もまた秋奈と同様にクラスメイトにイジメられておりました。同じいじめられっ子という境遇、本を読むという共通点、次第に2人は惹かれ合っていきました。ですが、とある事件が起きて2人は離れ離れになってしまいます。それから7年後、20歳になった2人はかつて一緒に歩いたドブ川の傍で再会するのです。お互いを求めあっていた2人の気持ちは、7年経って変わってしまったのでしょうか。それとも変わらず同じ想いを抱き続けているのでしょうか。

 イジメを扱った作品はこれまでも沢山見て来ましたが、どの作品でも普通だった子がいじめられっ子になる切っ掛けはほんの些細なものでした。ちょっと人と意見が違う、ちょっと誰かに迷惑を掛けてしまった、周りから見たら何も気にならない小さな事が切っ掛けでした。殆どは遊びから始まり、その延長が知らず知らずのうちにいじめになってしまうというパターンです。これが少しずつ忍び寄ってくるのですから、いじめられっ子ももしかしたら自分が悪いんじゃないかという思いを募らせていきます。そして抜け出せない所までお互いの立場が固まってしまい、最後には取り返しのつかない悲劇になるのです。ですが、この作品の場合は少し都合が違っておりました。主人公の秋奈、彼女は明確に自分がいじめられるんだろうなという事を意識しておりました。始めから、いじめられる自覚はあったのです。そして、その上でそれを改善しようとしない自分を非常に下に見ておりました。いじめを受けた要因がある事に加えてこの圧倒的な自己肯定感の低さ、これが秋奈という人間でした。そんな彼女の初恋が、どのような形で締めくくられるのか。是非自分だったらどうするかを考えて読んでみて頂ければと思います。

 その他の要素としてBGMが特徴的です。全体として暗い雰囲気の作品ですが、それをピアノをメインとした楽曲で透明なものに仕立て上げております。暗い雰囲気ですが決して重いとは感じませんでした。BGMの力だと思っております。そして、この作品はメインキャラクターはフルボイスですが演技に非常に熱が入っております。特に、いじめを受けている場面や2人が会っている場面での演技は迫真であり、是非全てのボイスを聴いてプレイして欲しいです。プレイ後には声優さん及びライターのあとがきを聴いて見る事が出来ますので、あの時どんな気持ちで演技したのだろうと期待しながら聴いて欲しいです。後は、ドブ川のタイトルの通り川の流れる様子や雨の降る様子の効果音が上手く使われております。かなり大袈裟に演出されており、大雨で人の声が聴こえにくいといったあるあるな描写も再現されております。テキストだけではなくその他の要素全てを複合して一つの作品として仕上げております。

 プレイ時間ですが私で1時間30分程度でした。選択肢はなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。プレイ時間的には短いですが、私は正直もっと短いと思いました。と言いますのも、2人の会話が非常に長く感じたのに対してその分シチュエーションが少なかったので「もう終わり?」って思ってしまいました。恐らく上でも書きましたがボイスに聞き入っていたからかも知れません。そしてシチュエーションをかなり限定しているので、書きたい事もこの部分に集約したという製作者の意図を感じました。余計な要素を削ぎ落として言いたい事を明確に伝える、一貫性があって読み終わってとてもスッキリしました。勿論内容的にスッキリしたかと言えばそんな事はありませんが、テキスト的にはとてもスッキリしました。ビジュアルノベルとして良くまとまっており、そのおかげてストレートに言いたい事が伝わりましたのでダメージも結構大きかったですね。この作品は、共感できる人と出来ない人で明確に分かれると思います。私は共感できた人です。共感できた人は是非一緒に自分を見つめなおしましょう。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<純粋である事を求めた2人も、結局は世間体の中に揉まれて埋もれてしまいましたね。残念。>

 最後までプレイして、改めて「普通である事」を大いに考えさせられました。純粋でありたいと願いつつもそうは出来なかった秋奈、でもそれが普通なんだと無理やり自分を納得させていました。ですが春一彦はずっと純粋でいました。純粋でいる事を求めてそれを実現したのに、純粋でない秋奈に対して嫉妬していました。この作品は、改めて世間体の大きさとアイデンティティの意味を突き付けられる物だったと思っております。

 秋奈は常に人の目を気にしておりました。それでいて純粋でありたいという自分らしさもまた崩せないという不自由をしておりました。いじめられたくなかったら、始めから友達同士の内緒話をチクらなければ良かったんです。それをチクるからいじめられる、当たり前の帰結でした。それでも純粋でありたいと願い、春一彦に依存していきました。この人がいれば自分は純粋でいられるし、純粋な自分が変である事も無くなる。全部自分にベクトルが向いた話だったんですね。だからこそ、そんな自分が同級生から犯されてその前提が崩れてしまったからもう春一彦といても意味が無い、そう思ったのだと思います。春一彦の気持ちなんて関係ない、自分が勝手に穢れたと思い込み勝手に離れていっただけでした。ここにも、世間体が関わっていましたね。犯された者は純粋ではない、こんなもの自分の気持ち次第のはずなんですけどね。いつまでも世間体を気にしてアイデンティティを確立できない秋奈でした。

 ですけど、上でも書きましたがそんな秋奈が実際のところ普通なんです。純粋でありたいと思いつつも、それを実現出来なくてどこかで妥協するのが大部分の人だと思います。だから、別に秋奈が変だとか悪いとかではないんです。そして、その事を他ならぬ秋奈が一番分かっているんですよね。純粋でありたいと願いつつもそれを貫き通すだけの度胸が無い、だから春一彦なんて忘れて姉の真似をして普通の人の真似事をするんです。あれだけ拘っていた処女性すらも捨てて、それでもなお純粋でいたいと思うのはちょっと自分勝手すぎませんかねと思ってしまいました。何度も言いますか、これが普通なんです。自己矛盾しているかわ悪いのではなく、これが普通の人間なんだと思います。そういう意味で、ザックリ言って秋奈は普通の人間何だと思いました。子供の時に辛いいじめの経験をしただけの、普通の価値観を持った人間なんだと思いました。

 これに対して、春一彦は凄かったですね。彼は本当に純粋であろうとして最後まで純粋であり続けました。そして、同じく純粋であろうと約束をした秋奈が勝手に非処女になっている事を許せませんでした。冷静に見れば、どう考えても春一彦が正しいです。約束をしたのにそれを破ったのは他ならず秋奈なのですから。ですけど、これを普通という観点で見れば春一彦がどれだけ異常か分かると思います。中学の時の約束を20歳になるまで守って継続する、これが出来る人なんて殆どいません。大体は小さい時のこそばゆい思い出にに昇華するのです。秋奈は昇華することは出来ませんでしたが、普通の人なので勝手に約束を諦めておりました。これが普通なんです。20歳まで純粋であり続けた春一彦が凄いのであり、異常なんだと思います。そして、自分が異常だという事に春一彦自身が一番気付いておりました。

 物語最後、春一彦は秋奈にナイフで自分をいじめた同級生を殺してこいと命令しました。そして、秋奈は殺しますと言いました。そしたら、春一彦は馬鹿にするなと言いました。もう分かっていたんです。純粋であろうとして殺人が許されるはずがない事も。そして、それを分かった上で春一彦を裏切れないだけの気持ちで頷いた秋奈が許せなかったんだと思います。秋奈は秋奈で、自分は自分の信念も貫けず世間体にも馴染めない中途半端な自分に諦めの気持ちすら抱いてました。せめて春一彦のお願いくらい聴かなければ本当に自分を確立できないと思って返事したのだと思います。ですけどそれも達成できませんでした。決定的に、秋奈と春一彦は違えてしまったのです。そして最後、2人であのドブ川へと行きました。それでも死ねませんでした。春一彦は「初恋じゃなくてもいい」と言いました。これで、2人の純粋を求めた物語は終わりました。最後はドブ川のように濁り切った世の中の一部になる、そんな空しさの残るシナリオでした。正直、自分は春一彦には期待したんですけどね。秋奈と決別しても純粋でありたいと言えば本物だなと思ったんですけどね。そんな、理想と現実をじんわりと堪能させて頂きました。ありがとうございました。


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