M.M クリアレイン




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 - 86 10〜12 2016/2/2
作品ページ サークルページ



<今降っている雨はどのような雨なのか、主人公の心理に寄り添いながら感じるとより味わい深くなると思います。>

 この「クリアレイン」は同人サークルである「宴」で制作されたビジュアルノベルです。私は元々この宴さんの事は存じておらずクリアレインという作品も耳にしたことはなかったのですが、昨年末にお会いしたノベルゲーマーのたいき氏からオススメとして紹介された事が切っ掛けで知りました。実際作品を手に取ってみて、非常に柔らかい雰囲気と登場人物の多さが印象的でした。その後宴さんについて調べてみましたら、現在は商業でゲームを制作されているらしく非常に実力のあるサークルさんであったのだろうと期待も高まりました。プレイ時間もサークルさん指定で10時間という事でボリュームも十分ですし、久しぶりにじっくりと堪能できるビジュアルノベルになる予感がしておりました。

 この作品のジャンルは「幽霊的モラトリアムノベル」となっております。幽霊的という事で冒頭からいきなり幽霊が登場じます。主人公はとあるボロアパートで1人暮らしをしている大学生なのですが、ある日部屋に帰ってきたら部屋の片隅に1人の幽霊が座っておりました。突然の訪問者に狼狽し暫くは同じアパートで暮らしている友人のところに入り浸り現実逃避していたのですが、勇気を振り絞ってその幽霊に話しかけました。彼女の名前は「かすみ」。言葉は話せずスケッチブックに文字を書く事でしかコミュニケーションが取れず、加えて主人公にしか見えない幽霊との出会いが物語をスタートさせます。この幽霊は何者なのか、主人公との関係は何なのか、そして果たして彼女は成仏できるのか、ファンタジーでありながらも大学生らしい雰囲気の中でどのようなシナリオが紡がれるのか楽しんで頂きたいですね。

 そしてもう1つ、モラトリアムという事でまだ社会人になっていない大学生という年齢らしいシナリオが待っております。モラトリアムとは学生など社会に出て一人前の人間となる事を猶予されている状態を意味します。ですが世の中的には学生という守られた立場から社会人という責任を伴う立場へ移行することが出来ず留まっている状態の指す言葉として使われており、個人的にはネガティブな印象が強い言葉という感覚です。ですが長い人生の中で学生時代、とりわけ大学生という自由でありながらある程度の身分が保証されている立場は今後二度と得ることができない機会であり、この時をどう過ごすかが今後の人生を占ってきます。主人公をはじめこの作品の登場人物の多くは大学生です。果たして彼らが大学生という立場でどのような事に頭を悩ませそしてどのようにモラトリアムから抜け出そうとするのかを感じて欲しいですね。

 その他の特徴としてはテキスト表示が挙げられます。この作品はいわゆる地の文は画面下にウィンドウとして表示されるのですが、会話は漫画のように吹き出しが画面に現れ誰のセリフなのか視覚的に見ることが出来ます。その吹き出しもキャラクターで色を変えておりますので尚の事分かりやすく、他のビジュアルノベルにはない魅力になっております。また群像劇の形態を取っているのですがその際も吹き出しの色は変わりませんので、今現在誰が1人称なのか迷う事はありません。そしてそんな吹き出しを用いた会話で描かれるテキストは本当に大学生の日常そのものです。無駄に友達の部屋に集まって夜中まで騒いでみたり、突然招集かけて酒を煽って寝落ちしたり、気まぐれに旅行に行って花火をしたりと大学生らしい日常が描かれております。この雰囲気は大学生であれば少なからず思い当たるところがあると思います。そんな懐かしい雰囲気を味わうのも良いかも知れません。

 後はBGMにセンスを感じました。曲そのものは同人ビジュアルノベルの中でよく使われているフリー素材が多いのですが、その選択と使い方が絶妙でありシナリオの起伏に合わせて盛り上げてくれます。同じBGMでも他の作品と比較してこういう使い方があるのかと驚きましたね。そして「クリアレイン」というタイトルの通り、雨の描写には一際拘りがあります。雨音や雨そのものの強弱などを微妙に変化させており、同じくシナリオの起伏に連動しております。クリアレインが何を指すかはシナリオの中から探して欲しいのですが、シナリオと合わせて今どのような雨が降っているのかを想像しながら読んで欲しいですね。

 プレイ時間は私で約10時間30分程度掛かりました。この作品は章単位で分かれておりまして、各章平均して1時間30分程度で読む事ができます。1時間30分ですと調度大学の1講義の時間と同じ長さですので、是非章の始めから終わりまで一通りプレイし、その後小休止をとって新しい章へ進むというスタイルがオススメです。それぞれの章でスポットが当たるキャラクターを区別しており、シナリオを整理するタイミングとしても最適です。主人公を取り巻く友達と現れる幽霊、果たしてこの出会いは偶然なのでしょうか必然なのでしょうか。そして彼らをモラトリアムから脱出させるのもさせないもの全てプレイヤーである皆さん次第です。自身の大学生時代を思い出しながら楽しんで頂ければと思います。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人と触れ合って成功して失敗して、自然と自分と他人の距離感を学びながらモラトリアムを終えていくんですね。>

 最後までプレイして、社会人になる上で大切なのはやはり人と人の距離感をどう適切に保つかなんだろうなと思いました。相手に依存しすぎてもダメ、かと言って何でも自分だけで解決しようとしてもダメ、ガチガチに固めてもダメですし馴れ合い過ぎてもダメ。大学生という自由な時間は、まさにこういった距離感を学ぶ最適な時間でありそれがモラトリアムのうちにやらなければいけないことなんだなと感じました。

 大学生活という時間は人生の中でも本当に特別な時間だったんだなと今更ながら思っております。高校生活まではクラスがあり担任教師がいて同じ教室で授業を受け、放課後は委員会活動や部活動を行うといったスタイルが一般的です。自由であるという印象は殆どなく、悪いことをすれば先生に怒られ遅刻や早退も許されません。そしてこれは実は社会人も殆ど同じでして、やはり自由という事は殆どなく与えられた仕事を淡々とこなさなければいけません。悪いことをすれば怒られる以上にその会社をクビになってしまいます。経営者になったり自営業であったりすればまた違うのかも知れませんが、殆どの社会人は誰かに雇われ労働者として働き定年を迎える事と思います。人生の半分以上はそうした雁字搦めの生活であり、それが日本の資本主義の中で生きるという事です。

 ですが大学生はそうではありません。最低限単位を取得しなければいけないという事はありますが、それ以外は基本的に自由であり取りたい授業をとり授業がなければバイトやサークルを行ったり家に帰ったりと選択肢が非常に多いです。加えて春と夏に合計4ヶ月の長期休暇があり、実質大学に足を運ぶのは1年のうち半分もないかも知れません。授業に遅刻しても早退しても誰からも怒られず、単位が足りなくてもすぐに退学ともなりません。これだけ自由な時間は人生の中でもここしかなく、まさしく「人生の夏休み」という言葉はピッタリです。

 だからこそ、自分でどのような大学生活にするかを考えて自主的に行動しないと何も身に付かないままあっという間に終わってしまいます。授業を自分で選択するのは勿論、友達も自分で見つけなければいけないのです。そしてバイトやサークルも全部自分の意思で行うものであり、ましてやその中の人間関係を円滑にするのもギスギスしたものにするのも全て自分の行動1つにかかっております。人によっては自分を出しすぎたり周りの雰囲気に合わせられなかったりで苦い経験をされた方もいたのではないでしょうか。私自身、今思えは当時の自分を殴ってでも止めたい言動や行動もありました。同窓会で会うたびに弄られるのもそろそろ慣れてきた頃合です。そうやって人と触れ合って成功して失敗して、自然と自分と他人の距離感を学びながらモラトリアムを終えて社会人になっていくのだと思います。

 クリアレインに登場する人物も全員家庭環境や自分自身に問題を抱えておりました。そしてその問題の殆どは自分と相手のコミュニケーション不足によるものでした。相手が自分の事をどう思っているか分からない。自分がどこまで踏み込んで相手に物を言っていいか分からない。そうした心のハードルが相手とのコミュニケーションを阻害しており、知らず知らずのうちに溝が大きくなっておりました。だからこそ、そうした心のハードルと取り相手に寄り添うことで多くの問題は解決してくれました。踏み込んでしまえば何の事はありませんでしたね。相手の心が分からなければ知ろうとすれば良いのです。そして知った上で相手の事を考え、一緒に課題を解決すればいいのです。章によってはかなり強引なやり方もありましたが、結果終わりよければすべてよしで解決してくれました。

 ですが千崎凪の抱える問題は非常に複雑でした。相手が分からなければ自分から突っ込めばいい、相手も自分に向かって欲しいといった0か1かという理論では解決出来ませんでした。これがネタバレ有り冒頭で書いた人と人との距離感の問題です。神作乃々香に合う前の千崎凪は孤独主義であり、自分から相手に詰め寄ろうと一切しませんでした。交通事故で入院し神作乃々香と出会ってからは、今度は逆に相手に依存しすぎておりました。そんなあやふやな心のまま神作乃々香の死亡事故を目撃してしまい、千崎凪の心は壊れてしまいました。その後大学生になった千崎凪ですが、人と寄り添うことの大切さは分かっていても自分の弱みを出すことは決してしませんでした。失う事か怖かったからです。だからこそ自分で把握出来るだけの人数しか友達として認めず、異性を好きになるという事を徹底的に避けておりました。これって完全に人と人との距離感を測れないという事。モラトリアムの内に学ばなけれないけない事を放棄していたのです。

 だからこそ千崎凪は後半最後に楓を失いどうしようもなくなった時、自分の周りにいる人に初めて弱みを見せて頼りました。そうしたらどうでしょう。皆千崎凪の為に動いてくれたではありませんか。人と人との距離感なんて自分で推し量れるものでは無かったんですね。相手に頼り相手が信頼してくれる事を知ったとき、いつの間にか千崎凪のクリアレインは止んでおりました。本当に回り道をしました。長いあいだトンネルを抜け出せずにいました。切っ掛けは5月に楓がやってきた事です。そこから6月、7月、8月、9月とそれぞれの人物の問題を解決していく中で自然と答えは提示してありました。後は千崎凪が1歩踏み出す勇気を持った事で解決しました。やっと千崎凪と神作乃々香の歪んだ共依存も解けたんですね。

 そろそろ締めようと思います。どの人物も非常に個性的でありまた人間的でしたのでとても愛着が持てました。初めは幽霊が出るということでホラー的な要素もあるのかと思いましたが、そんなことはなくむしろ幽霊の彼女たちこそより人間的であり可愛らしいと思いました。ファンタジーと大学生活をミックスした日常描写はとても親近感を感じ、私もこんな大学生活を送りたいなと切に思いました。数々の伏線が収束していく中で同時に千崎凪の問題も収束していき、最後は誰もが納得して終わる結末を迎えておりました。物語開始から終了まで計算された展開は飽きることなく、自分自身の大学生活を振り返る切っ掛けになった10時間でした。楽しかったです。ありがとうございました。


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