M.M CisLugI




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 7 8 83 9〜10 2018/9/8
作品ページ(サークルページと同じ) サークルページ



<尊厳死を巡る4つのシナリオを通して、貴方が信じている想いと比較し考えを巡らせてみて下さい。>

 この「CisLugI」という作品は、同人サークルである「NextVillage」で制作されたビジュアルノベルです。NextVillageさんに初めてお会いしたのはCOMITIA125で同人ゲームサークルの島を回っている時でした。一ヶ所非常に精力的に宣伝しているサークルさんがありまして、それがNextVillageさんでした。そしてどんな作品なのか概要を聞いたのですが、言い方はあれですがこれは当たりだと思いました。お値段は3,000円と一般の同人ゲームと比較してやや高いですが、それ以上の価値があると確信しました。その後少しTwitter等を調べたのですが、割と多くの同人ゲーム界隈の人はこのCisLugIに注目していたみたいです。逆に殆どサークルチェックをしない自分がCisLugIを手に取ったのは本当に偶然でした。そんな偶然に感謝しつつ、自分の直感を信じてプレイし始めました。

 この作品で取り扱っているのは「尊厳死」です。舞台は近未来の日本、そこでは全ての人間に「尊厳維持装置」と呼ばれる装置が埋め込まれております。これは「人類尊厳維持法」という法律が制定されたことで導入されたものです。その中身は非常にシンプル、「死にたい」と言ったら10秒後に頭の中の爆弾が爆発して一瞬で死ねるものです。痛みなど感じる暇さえありません。安定した死を誰にでも提供できるのです。勿論、そんなこれまでの倫理観では考えられなかった装置ですので様々な争いがありました。多くの人の命も失われました。そんな歴史を経て生まれた尊厳維持装置ですので、今でも多くの議論が成されております。物語は、そんな尊厳維持装置を巡って人生を大きく変えられた4人の主人公を中心に語れるのです。

 正直言いまして、設定がもうズルいと思いました。この尊厳維持装置の絶妙な点、それは死にたくなければ全く意味のない装置であるという事です。誰にも悪用されず、ただ自分の意思でのみ起動する事が出来ます。そして、同じ自殺でも必ず痛みを感じず何も準備する必要もないのです。お手軽な自殺、そう考えればそれ程大それたものではないのとは思いませんか?まあ、勿論そんな筈がありませんね。現代の日本でも、少子高齢化や社会情勢の変化等で多くの人が自分の生き方を考えさせられております。長生きする事が幸福である、もはやそんな定説は意味を成しておりません。病気やケガや老いで自分らしく生きる事が出来なくなった、そうであるのならその先生き続ける事になんの意味があるのでしょうか。自分が自分である内に、死を選ぶ事は悪い事なのでしょうか。死は誰にも回避する事が出来ないからこそ、間違いなく全ての人にとって考えさせられる内容だと思います。後は、NextVillageさんがどのような答えを提示するかを受け止めるだけですね。

 この作品は4つのシナリオで構成されております。初めに、「貴方にとって自殺は?」とプレイヤーに向けて問いが出され、その選択によってシナリオが選ばれます。その後は基本的に一本道です。自殺にとって自分の考えを持った主人公と、その主人公を取りまく登場人物による尊厳死を巡る物語が始まるのです。どのシナリオを選択しても構いません。むしろ、全てのシナリオを読み様々な視点から尊厳死について考えて欲しいです。立場や状況が変わった状態で、それでも自分の考えは変わらないのか。それを確かめるのも面白いと思います。また、4つのシナリオと書きましたが同じ日本を舞台としておりますのでそれぞれのキャラクターがクロスオーバーします。この構成もまた魅力となっております。あの時あいつが取った行動がここで関係してくるのか!と興奮する場面もありましたね。そんな群像劇ならではの構成も楽しんでみて下さい。

 システム面でやや難な部分があります。この作品にはバックログがあるのですが、その文章量は非常に短いです。1分もクリックしたら、もうそれ以上過去の文章は流れてしまいます。伏線が多くクロスオーバーするシナリオでこのバックログの短さは致命的だと思いました。加えて会話文の主語が誰が分からないのです。ウィンドウでは分かりますがバックログでは消えてしまう、これも注意ですね。後は、割と動作が重いのか何度かフリーズしました。シナリオが面白いのでセーブせずにどんどん読んでしまうと思いますが、意識的にセーブして読み直しとならないよう注意が必要です。

 プレイ時間は私で9時間45分でした。メインとなるエピソードで約4時間、それ以外のシナリオで2時間という感じでした。残念ながら、今回のバージョンでは全ての伏線は回収されておりません。明らかに物語が次に進む事が示唆されており、最終的な結末がどうなるのかは今後のサークルさんの展開を見ないと分かりません。それでも、個々のシナリオで確かに登場人物達は1つの答えを見つけて、それを踏まえて次のステップへと進んでおります。その姿を見るだけでも十分に考えさせられると思います。完全版が出るまで待つのも手ですが、大変ボリュームがありますので今のうちにプレイした方が良いかも知れません。何よりも、尊厳死について考える切っ掛けになります。自分が思う死生観と登場人物達が思う死生観の違いに、是非考察を深めてみて下さい。面白かったです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人は本質的には分かり合えない。だからといって、その人と仲良くなれないかと言えばそんな事もない。>


「それでも生きて欲しい」


 罪過の兎は手を伸ばすシナリオで、日野原矜次がメメントの人たちに言った言葉です。最後までプレイして、正直自分もこれしか答えが無いと思いました。ですけど、これは私も矜次と同じ考えであるという事ではありません。他人に対して死について訴えるときは、もう理屈ではなく自分の本心をただ真っ直ぐに訴えるしかないという事です。私はこの矜次の言葉に大変感動しました。理屈を積み重ねて、明らかに尊厳維持装置が必要な人がいる事を証明しております。その上で「それでも生きて欲しい」と言ったのです。色々な人の言葉を聞いて理解して考えて、その上で「それでも生きて欲しい」と言ったのです。これが、尊厳死に対する矜次の答えでした。

 この作品は群像劇でありSFです。尊厳維持装置を巡る数々の疑惑、メメントの事務である桐谷革恭が目指す者、それぞれの登場人物の関係と隠しているもの、そういった伏線や謎が提示されそれが少しずつ明らかになり更に増えていく、そういった物語を読む楽しみに溢れておりました。ですが、この作品のテーマは尊厳死です。シナリオを読み進めて行く中でこの尊厳死というテーマを考えていく事になります。これはなにも決して登場人物達の考えに傾倒しろという事ではありません。むしろ、傾倒などせずしっかりと自分の考えを持って読み進める事が大切です。その理由は上で書いた通りです。死という物は、他人に決めてもらう物ではないからです。

 どのシナリオでも、主人公達は結局自分がやりたい事をやるという決意をしました。色々な人に説得され、絶望的な状況に追い込まれ、それでも自分がやりたい事をやるという決意は変わりませんでした。そして、誰もが最後に「死にたい」と言いませんでした。「死にたい」と言う前に、出来る事があったからだと思います。そして最後、主人公達は一堂に会し、尊厳維持装置を無くする為に行動を開始しました。これが彼らの出した答えです。絶望的な状況と多くの命を乗り越えて出した答えでした。黒幕と思われる桐谷革恭の目指す世界とは完全に真逆ですね。

 正直言って、私はどちらかと言えば桐谷革恭の考えに賛成です。人の人生はその人のものです。仕事するのも結婚するのもその人の自由、趣味も趣向も誰かに決めてもらう物ではありません。そして、それは自分の命に対する考えもです。死にたいと思ったら、死ねばいいと思います。その決断に何も後悔がないのなら、それがその人にとっての最高の人生であり決断なんだと思います。ネタバレ無しでも書きましたが、長生きする事が尊いとは誰もが思っていないのではないでしょうか。自分らしく生きれなくなるまで生きる、それが出来なくなったらもう終わり、そんな人生でもいいじゃないと思うんです。尊厳維持装置はそんな人生の選択肢を増やすものだと思います。死ぬのも死なないのも自由、それを選ぶのは自分自身。むしろ簡単に死ねるようになった分、電車に飛び込む人も減るでしょうし社会的に良いのではないでしょうか。

 もし、私の目の前に日野原矜次がいたら、今の自分の言葉を聞いてきっと理解してくれると思います。賛成もしてくれると思います。そして、その上で「それでも生きて欲しい」と言うと思います。そういう事だと思うんです。後は、その人の言葉を聞くのか聞かないのか、理解しなくても納得するのかだと思います。こういう事って、人生の中で沢山あると思います。たとえ考え方が違っても、その人の言う事はちゃんと聞いて納得する。自分と考えが違っている事を理解してそれでも接していくのです。不思議と、お互いが納得していれば不快じゃなかったりすると思います。意見や価値観が合わないからと言って衝突する必要はない、そこそがこの世界で生きる為に大切なのではないでしょうか。

 尊厳維持装置を巡って完全に対立する形になった主人公達と桐谷革恭、お互いに確固たる信念を持っております。間違いなく、どちらも相手の考えに傾倒する事は無いと思います。ですが、それがそのまま物語の結末になるとは限りません。全面戦争になるのか、どこか落としどころを見つけるのか、それともまだ明らかにされていない事実が出てくるのか、今回のシナリオ達でようやくその準備が整いました。作中で、正義ほど怖いものは無いと言っておりました。お互いの正義が、どのような形でぶつかるのでしょうか。貴方は主人公側ですか?それとも桐谷革恭側ですか?どちらでもないですか?是非、自分の考えを今のうちに明確にしておきましょう。全ての伏線が回収され真実が明らかにされる事を、楽しみにしております。ありがとうございました。


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