M.M ちゅーそつ!1st graduation〜ちゅーそつのTime after time〜




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 6 84 5〜6 2016/9/7
作品ページ サークルページ(R-18注意)



<ディストピアな世界設定の中で、人生について悩み葛藤する彼女達を支えてあげて下さい。>

 この「ちゅーそつ!1st graduation〜ちゅーそつのTime after time〜(以下ちゅーそつ)」という作品は同人サークルである「StudioBeast」で制作されたビジュアルノベルです。StudioBeastさんの作品は過去に「J.Q.V 人類救済部 〜With love from isotope〜(以下JQV)」をプレイした事があり、終末を舞台とした世界の中で人間の生きる尊厳を表現したシナリオに圧倒されました。加えて物理学や生物学により裏付けされている設定にもこだわりがあり、唯のフィクションではないテキストは大変読み応えのあるものでした。私のゲームレビューでも90点の点数をつけており、人を選ぶ作品ではありますが製作者の魂が込められたシナリオは是非多くの人に読んでもらいたいと思っております。そんなStudioBeastの久しぶりの新作が今回レビューしているちゅーそつであり、前作JQVと比較して何ともまあポップで軽いノリの雰囲気だなと驚いております。それでも何か心に残るシナリオが待っていると思い、楽しみにしながらプレイ始めました。

 舞台は新時代の統一国家である世界人民連邦が管理する世界。そこではP3法という法律が施行されており、その法律によって全ての人類がその適性に基づき庁人シールが与えられます。この世界ではその庁人シールに書かれた仕事や役職をこなさなければいけないのです。例えば中学校の先生という庁人シールが与えられたら一生中学校の先生。非正規雇用者の庁人シールが与えられたら一生非正規雇用者。それらは全て世界人民連邦が独自の調査と分析で勝手に割り当てるものであり、そこに個人の意思は左右されません。自由がない代わりに一生安泰な生活を送れる新時代、そんな時代でも最下層の人間も存在しております。それがタイトルにもなっている「ちゅーそつ」です。ちゅーそつはシールを持たない存在。無能力者の象徴であり社会的に差別されている存在です。

 主人公である毬須川アルエもまた、そんなちゅーそつとして生きる事になった一人でした。彼女はとある理由で中学時代に病気で長期入院していたため、人とのコミュニケーションも苦手で体力もありません。加えて漫画大好きな性格で勉強もそこまで得意ではありません。そんな彼女がちゅーそつになってしまうのはある意味必然かもしれません。それでも自分の事を育ててくれた母や兄に報いるため、この春都会に出ることにしました。目的は何と「ちゅーそつを集めたルームシェア生活」を送るためです。ここでの課題を達成できれば庁人シールを手に入れるための再試験を受ける事が出来ます。しかしルームシェアをするのは同じくちゅーそつであり一癖も二癖もある女の子。そして与えられた課題は「素晴らしい人生とは?」という答えのない物。果たしてアルエは無事に課題をクリア出来るのでしょうか。ドタバタしならがも人生を見つめ直す「てつがく的物語」が幕を開けます。

 JQVを彷彿とさせる実にStudioBeastさんらしい世界設定に驚いておりますが、根底に有るのは人生や夢とは何かという問いかけです。政府から自分の将来が勝手に決められる世界、こんな自由のない世界なんてゴメンだと思うと思います。ですが逆に考えれば特別な努力をしなくてもそれなりに生きていけるという事です。一度庁人シールが付与されればもう仕事をクビになる事はありません。立場は違えど安定した収入が得られるのです。その為この世界では犯罪は殆ど起きません。起きるとしたがその大半はちゅーそつによるものです。そんな安定した世界で、人々は何を思って生きるのでしょうか。将来なりたい仕事があっても政府に勝手に決められるのです。夢があっても政府に勝手に決められるのです。こんな世界で生きる意味などあるのでしょうか?そしてこんな世界でちゅーそつである彼女達に対する「素晴らしい人生とは?」という問い掛けに何の意味があるのでしょうか?完全に嫌味にしか聞こえませんね。素晴らしい人生を思い描いてもその通りにならず、加えて自分たちはちゅーそつなのですから。それでも、この課題とルームシェアを通して初めて彼女たちは本気で自分の人生と向き合うことになります。是非彼女たちの葛藤から目を背けず、自分だったらどう思うかを考えながら読んで欲しいですね。

 その他に特出するべき点としてテキストが挙げられます。この作品の魅力は現代とは違うディストピア的な世界観の中で苦悩し葛藤する登場人物たちの心の動きです。そんな魂の叫びをテキストのサイズを変更して表現しております。これがかなり細かく調整されており、どの言葉が大切なのか、どのセリフに想いが篭っているかひと目で分かります。加えてこの作品はフルボイスなのですが、思春期の女の子らしい舌っ足らずながらも前に前に進もうとする気持ちを表現した声優さんの演技にも力が入っております。扱っているテーマが重いものであるにも関わらず、全体としてポップな印象を持てるのはこのテキストと声優さんの演技のおかげですね。他にもBGMは全てオリジナルですし所々にムービーを取り入れた演出にも力が入っております。システムも使いやすいですし全体としてクオリティの高いものです。

 プレイ時間は私で5時間45分程度掛かりました。この作品は章立てになっておりまして、途中区切りのいいタイミングで小休止を取ることが出来ます。世界設定が非常に特殊ですので始めはその世界観を理解するのに時間が掛かると思います。その為是非章が終わるたびに頭を整理するのが良いと思います。ですが後半はシナリオ展開に夢中になり、気が付けば休むことなく一気に終わらせてしまいました。ここまで波風立てておいてどうやってまとめるんだろう。彼女たちはどういう決断をするのだろう。自分だったどうするだろう。そんな事を思っているうちに気が付けば2時間程没頭しておりました。この辺りは流石のStudioBeastさんですね。パッケージからは想像できないシビアな世界設定、そしてその中で表現される人生観、是非皆様にも堪能して欲しいですね。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<どれだけ周りから否定されても自分だけは信じてあげたい。そんな誇りある人生を送ってますか?>

 ……正直に言いまして、この作品を通じて結構ダメージをくらってます。ちゅーそつになる前からどこか自堕落的に過ごしてきた毬須川アルエ。人とコミュニケーションを取ることが苦手で、それを克服しようとしても思うだけでいざ実行しようとすると現実逃避する。そしてついにはぬるま湯な世界に浸かりきってしまう。社会的に見れば文字通り人間デブリと言われても仕方のないかも知れません。ですけど、恐らくアルエの気持ちは痛いほどみんな分かると思うんですよね。誰だって楽したいですもの。めんどくさいことからは逃げたいですよね。でも、何故か心は痛むんですよね。この作品は、アルエの半生を見届けることによって自分ならどうするかを改めて見つめ直す切っ掛けとするものだったのだと思っております。

 政府が全ての人間の適性を決めて庁人シールを配布する世界、自由がない代わりに一生の安寧が約束されております。ですがそれも微妙に異なっているようです。アルエの母親であるアリオはちゅーそつでありながら非正規雇用として女手一つで2人の子供を育てております。どんなに貧乏でも明るさを忘れない姿は母親の鏡であり愛するべき存在です。それでも生まれつきの疾患で定期的に体調を崩してしまうおかげで非正規雇用者としての適性を失ってしまいます。庁人シールは、一度貰えばそれっきりというフリーパスのようなものではなくそれを維持する為にやはり努力は欠かせないものだったのです。

 この事実を知ったとき、この世界と現実世界は然程変わらないなと思いました。確かに一度適性検査が終われば職業や進学が自動的に決まります。受験勉強や就職活動は必要ないのです。それでも自分が目指したい将来に向けて努力し適性を高める事は出来ます。揺りかごから墓場まで完全に人生が決まっている訳ではないのです。これは現実世界でも同様ですね。進学であれば、全員が同じ試験を受けてその点数で合否が決まります。就職活動でも、程度の差はあれその企業とのマッチングや学歴、面接官とのコミュニケーションで内定が決まります。違うのはそれを人が決めるかナノマシンが決めるかだけです。曖昧さはあれど本質的には個人の素養の問題。ある程度は生きるための努力は欠かせませんでした。

 だからこそそれぞれの庁人シールを持っている人はちゅーそつを馬鹿にするんですね。現実世界で言えばニートのようなものでしょうか。ちゅーそつの人には全人民生活安定性度があります。何もしなくても最低限の給付金は貰えるのです。現実世界での生活保護でしょうか。政府に決められたとはいえ、仕事をしている人にとっては正直溜まったものではありませんね。好きな仕事についている人なんて僅かしかいないでしょう。やりたくない仕事に就いて汗水たらしているのに、ちゅーそつは何もしなくてもお金が貰えるのです。そりゃ、自分より下に見て自尊心を保たなければやっていけません。人間として当然の反応です。誰だって、楽して生きていたいに決まっているんです。

 しかし、そうであるならどうして多くの人は庁人シールの適性を敢えて下回ろうとしないのでしょうか?仕事もしないで楽して給付金も貰えるちゅーそつこそ、ある意味理想郷ではないのでしょうか。私は、これについて考えることがこの作品の目的でありテーマだと思っております。ソウルリンクシステムにとって何度も同じ一週間を過ごすという理想郷にたどり着いたアルエ。それはとても居心地のよいものであり一生沈んでいたいと思うほどでした。ですが、母親の病気と兄の非正規雇用が決まった時血の気が引きました。この時アルエは思いました。

「わたしはわたしを許せない」

と。この言葉こそがこの作品のテーマを象徴していると思います。結局のところ、周りがどう思うとか他人から何か言われるとかそんな事はどうでも良かったんです。たとえBBSで「ちゅーそつはそれだけで悪」とか言われても気にしなければ良いだけの話。大切なのは、今自分の行動を振り返ったときにそれが誇れるものかどうかだと思います。自分にどれだけ尊厳を持てるか。自信を持って他人に顔を見せられるか。今の自分を振り返って恥ずかしくないのか。真心を持って振り返ってみて、今の自分を許せるのかが全てだと思います。

 私自身、思わず自分の今の人生を振り返ってしまいましたからね。現在私は高校大学大学院を経て一般企業に就職しております。世の中的には平凡な生き方。それでも大学院で修士を取るのに苦労した2年間の生活や就職してから夜勤だらけの生活にそれなりに意義を持っております。私は正直人と話すのは苦手ですし面白い事も言えません。結婚もしてませんし見込みもありません。それでも、今の自分が嫌いかといったらそんな事はありません。過去の経験が自信になってますし誇りになってるんです。そして今書いているレビューがまさにこのテーマの象徴そのものです。読む人が読んだら語彙も貧弱なレベルの低いレビューだと思います。それでも、せめて自分だけは納得出来るものにしたいとおもい毎回それなりに時間をかけて書いております。自分で自分のレビューを肯定できなかったら、何のためにレビューを書いて公開しているか分かりませんからね。

 物語の最後、アルエは「私の人生は、私の意志で決めたい」と思っておりました。実際は庁人シールで決まってしまいますし、現実世界でも自分の夢が叶うなんて事はまずありません。それでも、アルエのような心持ちでいることはその後の言動や行動にもれなく反映されると思います。ネガティブでいるよりもポジティブでいる方が良い方向に回るものです。ちゅーそつはこれからも展開していくシリーズみたいですので将来P3法がどうなるかは分かりません。アルエが漫画家になれるかどうかも分かりません。そうであるならば、せめてそんな囁かな夢くらいかなって欲しいと思いますしそれに対する努力も報われて欲しいと思いますね。大切なのは自分で自分を許せるかという事。どれだけ周りから否定されてもせめて自分だけは味方でいたい、他人と比べるものではないと思いました。ありがとうございました。


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