M.M 舞台裏




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 6 - 72 〜1 2020/5/1
作品ページ(なし) サークルページ



<ポジティブで気さくな主人公、読後感の良いシナリオはtenclapsさん共通の魅力ですね。>

 この「舞台裏」という作品は同人サークルである「tenclaps」で制作されたビジュアルノベルです。tenclapsさんの作品では、過去に「たそがれの街」というビジュアルノベルをプレイさせて頂きました。差別のある世界で逞しく生きる主人公の姿から人生観を訴える作品で、テンポの良いテキストで丁寧に表現されております。私が人にオススメの同人作品を勧める時は必ずこのたそがれの街を出します。同人ビジュアルノベルだからこそ読む事が出来るシナリオが魅力でした。このたそがれの街はC88で頒布されたのですが、その後C90にて完全版として新たに頒布されました。そしてそのたそがれの街におまけで同梱されていたのが、今回レビューしている「舞台裏」という作品です。あらすじも作品紹介もありませんでしたので始めはたそがれの街のスピンオフ作品かなとも思いました。どっちにしても自分にとって楽しめる事間違い無しですので、どんなシナリオなのか期待してプレイし始めました。

 主人公である杉山正和、その人生はあまりにあっけないものでした。正和には雨音ゆかりという好きな女の子がいました。その為朝は一緒に登校したりと積極的にアプローチを行い、いよいよ告白しようと思っておりました。ですがその日の朝、なんと正和は目の前に落ちていたバナナの皮を踏んで転び、打ちどころが悪くて死んでしまったのです。何というあっけない幕切れ、ですがそれで終わりではありませんでした。何故か自分の姿を見ている自分、正和は幽霊のような存在になってしまったのです。ですが誰も幽霊の正和に気付いてくれません。唯一気付いてくれたのは、クラスメイトであり周囲からは変わり者と言われている久遠四垂だけでした。正和は自分が成仏できないのは告白できない未練があるからだと思い、久遠にお願いして色々と策を弄する事になります。果たして正和の恋愛は成就されるのでしょうか?

 たそがれの街をプレイした時も思いましたが、tenclapsさんの作品は主人公のキャラクターに共通点があると思いました。たそがれの街も舞台裏も、基本的にポジティブで気さくなのです。勿論主人公が陰険で暗いよりは明るい方が印象は良いと思いますが、tenclapsさんの描く気さくさは他の作品では決して見る事は出来ません。ちゃんとテキストで主人公の内面を表現しており、会話している様子だけで気さくなんだなと気付く事が出来ます。その為、冒頭主人公が死んでしまっても、意中の相手に認識してもらえなくて告白出来なくても、悲壮感を殆ど感じません。勿論シナリオそのものも底抜けに明るいという訳ではありませんが、導入部分でこういった主人公像を提示してくれるのは多くの人にとって世界観に入りやすいのではないかと思いました。

 プレイ時間は私で30分程度掛かりました。選択肢もありませんので、本当あっという間に終わってしまいます。背景素材もBGMも必要最低限という感じで、シンプルな作り込みが好印象でした。最後までプレイして、舞台裏というタイトルのなんと上手な事かと思いました。プレイ開始前は何の事かさっぱりわからず、序盤ではきっと主人公が死んだ事で舞台から降りた事なんだろうなと思いました。ですが最後までプレイしてその印象も変わり、じんわりと心を満たしてくれました。読後感が非常に良いのも、tenclapsさんの作品の特徴ですね。是非たそがれの街をプレイして頂き気に入ったらこちらにも触れてみて下さい。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<自分を理解してその上で人生を楽しく生きようとする人こそが幸せに慣れるのだと思います。>

 最後までプレイして、本当に正和は良い奴だなって思いました。自分がゆかりの祖父の呪いに巻き込まれて死んだだけではなく、そのゆかりが自分ではない人と結ばれる瞬間を目の当たりにしてもなおポジティブでいるのですから。本当は、自分がゆかりの隣に居たかったのでしょうね。ですがそれも叶わない事になってしまいました。それでもそこでウジウジするのではなく気持ちを切り替えて前を向いている様子が素敵でした。

 正和は良くも悪くも普通の学生でした。好きな人はいますし、その好きな人にライバルが登場したら邪魔したいと思いますし(実際に邪魔してましたし)、正義感だけがあるような綺麗な人物ではありませんでした。そんな裏表のない性格だからこそ、好感を持てたのかも知れません。ですけど、正和は大切な事を忘れてませんでした。それは人を好きになるという事と人を愛するという事の違いです。途中、ゆかりが男性を拒絶する理由が語られました。それは自分自身に憑いた祖父の呪いの為に周りの人を不幸にするからでした。本当はそんなものを気にせず人並みの青春を送りたかったのだと思います。ですがそれでは相手に迷惑を掛けてしまう、その為自分の気持ちを押し殺して生活しておりました。もし自分がゆかりでしかもそんな呪いも何もなかったら、絶対に川島と付き合ってたと思いますもの。自分のせいではないのに相手の事を考えて拒絶するのは、心が苦しかったですね。

 そんなゆかりの内面を知った正和は、自分がもしかしたら蘇る事が出来るかも知れないという可能性を捨ててでも好きな人の為に行動しようと決めました。つまり、自分の全ての力を使って祖父の呪いを解き放つという事です。もしかしたら、正和は告白して結果フラれてもそれで未練が無くなって復活出来るかも知れません。復活すればまた別の人と出会ってそれなりに幸せな人生を歩めるかもしれません。そんな可能性を捨ててまでゆかりの為に行動する、これは愛だなと思いました。そして、ゆかりから呪いが無くなり川島と付き合う事になってもサッパリとしておりました。「いいよ」「もう無理なんだろ」というセリフにはもちろん諦めの気持ちもありましたが、ゆかりの幸せに自分は必要無いという事を理解して納得しているようにも思えました。そんな風に、自分よりも相手の事を思いやる気持ちを持てる正和は立派だと思いました。

 最後、結果として正和は生き返る事が出来ました。そして久遠から告白するのかという問いかけに対して「それよりも超能力教えてくれよ」と言いました。これも爽やかで素敵ですね。当初、正和は久遠の事を謎の陰キャと思っており積極的に関わろうとはしませんでした。そして久遠の人とあまり話さない性格は変わる物ではありませんでした。それでも、正和が久遠に助けられたのは事実ですし超能力は本当にあるという事を知りました。そんな久遠に興味を持ち積極的に関わろうという事を示唆させるセリフだと思いました。こういう、自分を理解してその上で人生を楽しく生きようとする人こそが幸せに慣れるのだと思います。折角助かった命ですので、是非大切にしつつも正和には自分らしくそのままで生きてほしいと思いました。ありがとうございました。


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