M.M Breakthrough
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
7 | 7 | 7 | 76 | 5〜6 | 2017/4/23 |
作品ページ | サークルページ (作品ページと同じ) |
<冬の綺麗な情景を表現したBGMに包まれながら、自分自身が主人公になったつもりで進めて欲しいですね。>
この「Breakthrough」という作品は同人サークルである「しろたまカントリー」で制作されたビジュアルノベルです。しろたまカントリーさんの作品はこれまでプレイした事がなく、C91で同人ビジュアルノベルの島を回っている時が初めての出会いでした。この時手に取らせ頂いたのが今回レビューしている「Breakthrough」であり、高校生らしい制服を来た少女2人とそこから少し距離を置いて見下ろしている1人の少女の構造が印象的でした。人物以外でも全体として水彩画のような柔らかい絵柄が特徴であり、柔らかいながらもどこか心に残る物語が待っている予感がしました。
主人公は大学を卒業し順風満帆な社会人生活を送っておりました。ですがそんな満たされた生活は毎年のクリスマスを境に唐突に失われていきます。3年前のクリスマスで勤めていた会社をクビになり、2年前のクリスマスでいつまでも再就職できない主人公に業を煮やした家族から絶縁され、そして1年前のクリスマスには最愛の恋人に振られてしまいます。そんな突然の不幸の連続で何もかもを失ってしまった主人公が拠り所にしていたのは子供の頃に出会った1冊の絵本。それは心優しい天使が主人公の男の子を導いてくれる物語。どんなに不幸になっても天使が必ずやってくると願い今を生きている主人公。そして今年のクリスマス、彼にとって特別なものとなるクリスマスが近づいておりました。
この作品はいわゆる美少女ゲームの形態を取っております。プレイ開始時、プレイヤーは主人公の名前を設定できます。上で書いた城田寛という名前はデフォルトであり、実際は自由に名前を変えることが出来るのです。そしてこの作品はフルボイスなのですが、デフォルトの名前にしても自分で決めた名前にしてもそこだけボイスが再生されません。つまりこの作品の主人公は完全にプレイヤーと同等であり、自分の視点でヒロインを攻略することが出来ます。パッケージに写っている3人の女の子が攻略対象のヒロインです。選択肢もそれなりの数がありますので、是非自分が気に入った女の子のルートを目指して欲しいですね。
最大の魅力は、もちろん攻略対象である3人の女の子を中心とした登場人物達です。3人の女の子はそれぞれお淑やか・快活・合法ロリと見た目も性格も三者三様です。それでも主人公に対する好感度は始めからそれなりに高いものであり、どの女の子を攻略するか目移りしてしまいます。そしてメインヒロイン以外でも主人公の妹を始め街の人たちがとても温かいです。特に妹は重度のブラコンであり、どんな時でも主人公の味方というまさに理想的な存在です。なぜ彼女が攻略対象でないのか疑問に思うほどです。もちろんそんな妹を含めサブキャラ全員ボイスありです。基本的に悪人はおらず、全てのヒロインを攻略し終わったときにはきっとどの人物にも愛着が湧いていると思います。
その他の点では、残念ながらシステム面が非常に使いにくい事が挙げられます。この作品にはバックログと既読スキップがありません。バックログが無いという事はクリックのタイミングで見逃してしまったテキストを読み返せないという事、既読スキップが無いという事はリスタートした時に同じ文章を強制的に読まなければいけないという事です。ビジュアルノベルにおいてこの2つがないのは非常に使い難く、私も何度かクリックしそこねてセーブ&ロードを繰り返す必要に迫られました。是非プレイヤーの皆さんにはプレイ開始時に最適なテキスト表示速度に設定して頂きテキストの読み飛ばしの無いよう、また選択肢で確実にセーブする事をオススメします。BGMはフリー音源に加えオリジナル楽曲もありました。特に各ヒロイン個別のテーマはどの曲もヒロインの雰囲気に合ったものであり印象に残っております。ボーカル曲もオープニングと各ヒロインのエンディング3曲で計4曲あり、それぞれ専用のムービーも用意されており力の入り具合を感じました。エンディングであれだけ動くムービーは個人的に非常に珍しいものであり、苦労して最後までたどり着いたプレイヤーを祝福しているかのようでした。
プレイ時間は私で5時間40分でした。共通ルートで1時間程度、個別シナリオで1時間30分というところです。上でも書きましたが既読スキップがありませんので、リスタートした時は既読テキストは選択肢まで両手でENTERキーを連打してました。この作品はTrueエンドだけではなくBadエンドもそれなりの数が用意されております。全てのエンディングを見ようと思うとそれなりに選択肢を検証する必要があります。個別ヒロインにおいてTrueとBadを検証するときは選択肢からのロードで大丈夫です。ですが新たなヒロインを目指す場合は選択肢が増えたり減ったりしてる場合がありますので始めからプレイする事をオススメします。Trueエンドを見れば全てのスチルは公開されますが、中には印象的なBadエンドもありますので可能であれば見てみて欲しいですね。果たして天使は存在するのか、そしてその天使は主人公に微笑むのか、クリスマスの苦い思い出は繰り返されるのか、是非自分自身が主人公になったつもりで攻略して欲しいですね。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<人は変わろうとすれば変わる事が出来る。そしてそんな姿に、きっと天使は微笑むのでしょうね。>
これ程プレイ前とプレイ後でヒロインに対する印象が変わる作品も珍しいかも知れませんね。小野屋深月はお淑やかで可憐な女の子かと思ったら実は家庭環境に問題があり男を遊びとしか思っていない性格、辻村亜子は快活な性格はそのままですが男に不慣れで自分に自信のない性格、藤宮紗良はミステリアスに包まれていましたが真実は病気によって入院生活を余儀なくされておりました。そんな一筋縄ではいかないヒロインの心を掴む方法、それは主人公が今までの自分に見切りをつけて変わるしか方法がありませんでした。
小さな時に読んだ絵本から天使に憧れを抱いていた主人公、その為現実の女の子は全て天使と無意識に比べてしまい恋愛経験は1つもありませんでした。ですがそれは逆に主人公の優しさを育む事に繋がり、人当たりの良い性格に育つ理由になったのだと思います。確かにその優しい性格が原因となり会社をクビ・家族からの縁切り・姫路あやめとの離縁となってしまいました。それでも天使は主人公の事を見捨ててはおりませんでしたね。しっかりと1年前のクリスマスにヒロイン達との出会いを用意しており、そして今年のクリスマスで奇跡を産んでくれました。ですが天使が行ったのはあくまで出会いの切っ掛けを作った事。その切っ掛けを成就させたのは、他ならぬ主人公の意識の変化でした。
姉の事が大好きなのにその大切な姉を園田雅人に取られてしまった深月。加えて雅人は姉に甘え過ぎて暴力を奮うようになり、その事が深月の男性不信を生んでしまいました。男なんてちょっと媚を売ればコロッと付いてくる、そう思い取っ替え引っ替え男との恋愛ゲームに興じる深月。自分でも分かっていたんですね、どれだけ酷い事をしているかに。ですがそうでもしないと自分を保てなかったんだと思います。姉が好きで、その姉が暴力を受けているという異常な環境だったんですもの。そんな深月の心を変えたのが主人公でした。普通であれば深月の恋愛ゲームを知ったら激怒するか絶望するかどちらかだと思います。それでも主人公は深月を愛し続けました。それは主人公がどうしようもなく深月が好きだから、その気持ちは他人にどうこう言われて変わるものではないからでした。バカだと思います。でもそのバカさが嬉しかったんですね。この人だったら自分の事を預けてもいい。そう思ったとき、深月には姉を説得する勇気が備わっておりました。
亜子シナリオでも主人公の心持ちの変化が最終的に成就されるエンディングに繋がりました。好きな人が被ってしまった時、それはどうしても対立する事は避けられない事を意味します。どちらかが手を引けば対立する事は無いでしょう。ですがそれは自分の気持ちに蓋をしてぶつかる事を避けてるだけでした。個人的に印象的だったのは深月の亜子に対する気持ちの強さでした。「主人公と亜子と別れさせて、自分も居なくなる」なんて、本気で亜子の事を思ってなければ出てくるセリフではありません。だからこそ、主人公も上っ面だけではなくしっかりと自分の気持ちに正直になって深月と亜子の2人に向き合う必要があったんですね。亜子もまた自分に自信がなく、気持ちがぶつかり合う前に自分から手を引いてしまう傾向にあります。そんな彼女を捕まえられるのは、多少周りとの軋轢を産んでも自分の気持ちを貫ける人だけだったんですね。
そして一番衝撃的だったのはやはり紗良でした。まさか彼女が重い病気を背負っているとは思いもしませんでした。飄々としていて神出鬼没な様子は自分の弱さを隠すための必死な姿、彼女にとって一番大切なのは自分がどうしようもなく弱い存在だと主人公に知られない事でした。ですがその無理はどうしても自分自身と周りに滲み出てしまい、主人公に告白されてからより顕著になってしまいました。そしてそんな紗良の気持ちを分かっていてずっと寄り添ってきた主人公。一見優しく見えますが決して発展性のない行動でした。ここから2人が一歩前に踏み出す為に出来ること、それはお互いの弱いところを認めてそれを克服できるまで離れることでした。主人公は就職を、紗良は病気の治療を。「君に誇れる私になったら、会いに行きます」私にはあまりにも力強く安心感を覚える言葉に感じました。それぞれ一山越えた2人です。これからずっと続く人生辛い事もあると思いますが、本当の意味でお互いを信じて前に進めると思っております。
3人のシナリオに共通しているのは主人公とヒロインの観念が変わっている事です。タイトルになっている「Breakthrough」の意味はいくつかありますが、最もしっくりくるのは「行き詰まりからの突破」ですね。別に主人公は自分の観念を変えなくても生きていけるのです。確かに仕事をクビになって家族に絶縁されて恋人を失いましたけど、日雇いのバイトでも生きてはいけるのです。大好きなりんごちゃんとの生活を続けられたのです。ですがそうはしなかったんですね。人との出会い、そして大切にしたい女の子との出会い。その時芽生えた自分の気持ちを叶える為に、主人公は勇気を出してブレイクスルーしていきました。そんな姿に、きっと天使は微笑んだのではないかと思います。同時にそんな主人公の姿にヒロインは天使性を見出し、それがヒロイン自身の気持ちを変える切っ掛けにもなりました。
この作品は主人公とヒロインの成長物語です。どんなに絶望的な状況になっても自分の気持ちを忘れない事の大切さを感じました。そしてヒロイン以外の登場人物もみな優しい人ばかりでしたね。特に妹には最大限の感謝をしなければいけませんね。この作品、その殆どが妹の言葉が起点となって物語が動いていきました。誰よりも主人公が好きな妹。そんな妹の言葉は余りにも真っ直ぐであり、それが主人公の原動力になりました。この妹、ただの変態なんかではなく本当に主人公の事を慕ってましたね。自分が主人公の一番になりたい気持ちを出しながらも、主人公が好きになった女の子と結ばれるためにちゃんと応援するんですもの。こんな出来た妹はいませんね。そんな優しい人に囲まれ愛する人の為に一歩前に進んだ彼ら。是非これからも末永く幸せに暮らして欲しいと思いました。ありがとうございました。