M.M ビフォー・アライビング・アット・ザ・ターミナル




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 9 8 80 4〜5 2019/9/1
作品ページ サークルページ



<当たり前だったはずの物がちょっと違って見える、何気ない景色が違って見える、その隙間にホラーは潜んでおります。>

 この「ビフォー・アライビング・アット・ザ・ターミナル」は同人サークルである「人工くらげ」で制作されたビジュアルノベルです。人工くらげさんの作品では、過去に「アルティメット・ノベル・ゲーム・ギャラクティカ」の方をプレイさせて頂きました。リアルな日常生活の描写とまるで本当に行われたかのように繰り広げられる会話のテキストがとても印象的で、ともすれば単調なはずの日常なのにずっと浸っていたくなる不思議な雰囲気を覚えております。加えて、リアルな日常生活のはずなのにいつの間にか侵入してくる非日常なシナリオもまた特徴で、物語とテキストの両面から楽しめる作品でした。今回レビューしている「ビフォー・アライビング・アット・ザ・ターミナル」もまた、そんな人工くらげさんらしい雰囲気満載の作品でした。またあの非日常的日常に触れる事が出来て嬉しく思っております。

 主人公とあなたは同じ大学に通う学部生と研究生です。とある切っ掛けで出会った主人公とあなたは、何をするでもなく研究室でお話をします。そのお話の殆どは、主人公があなたに話す昔の思い出話です。小学校の時に友達と廃病院に行った話、中学校の時まで一緒に居た友人の親戚の女の子の話、高校の時に出会った一つ上の先輩と友人に連れまわされて心霊スポットを回った話、そのどれもが、大切で懐かしい記憶でした。ですが、そんな主人公の話に対してあなたは疑問を抱きます。「それって本当の事?」「もっとちゃんと思い出した方が良いんじゃない?」主人公はそこから更に記憶の底を探ろうとします。その先に、あなたが言わんとする事を見つける事が出来るのでしょうか。すべては、この町の記憶と一緒にあります。

 この作品はホラーノベルゲームとなっております。ホラーですので、何か怖い物が待っているのは想像できると思います。ですが、本当の怖さというものはそうした予測出来るものではないという事を、この作品から感じる事が出来ました。この作品は、基本的に主人公があなたに昔の思い出話をしているだけです。思い出話ですので、記憶に多少のズレがあってもそれは仕方がない事です。それなのに、その記憶のズレがどこか奇妙で不気味で、ふと足元を掬われるような感覚に襲われるのです。そして、理屈ではどうしても説明できない不思議な出来事も起きてしまいます。それは本当に現実なのでしょうか、それとも記憶の齟齬によるものでしょうか。沢山の思い出話を見届ける中で、是非どのような結末になるのか想像してみて下さい。

 そして、この作品は筑波大学を中心とした舞台を扱っている事が特徴です。背景素材の多くは、実際に撮影された筑波大学周辺の物を加工して作られております。そして、会話の中に出てくる地名や建物の名前は実際に存在するものです。私は実際にこのフィールドを歩いた事はありませんが、少なくとも筑波大学はそのまま同じでしたし恐らくその他の地名の距離感も同じなのだろうと思います。併せて、このつくばという街の歴史についても触れております。地理的な部分と歴史的な部分の両面から、本格的に筑波大学とつくばという土地を取り上げ直に触れている事が伝わりました。是非この作品に登場した数々のポイントを歩いてみたいと思わせましたね。

 その他の特徴としてBGMやボーカル曲が挙げられます。BGMについては「prhyzmica」という同人サークルさんの楽曲をふんだんに使用しております。このprhyzmicaさんもまた、筑波大学に縁のあるサークルさんです。機械的なサウンドや疾走感のあるサウンドが特徴的であり、私個人としては「西暦2236年」という作品でもprhyzmicaさんの楽曲を使用していて幾つかは重複しておりましたので懐かしく聴かせて頂きました。ボーカル曲も何曲か使用されているのですが、そのどれもが作中で突然流れるのです。BGM的な使い方をしていて、どこか映画や長編アニメの演出を思わせてくれました。歌詞が聞き取りやすい声で、聴いていて心地よかったですね。

 プレイ時間は私で4時間30分掛かりました。この作品は細かく話数が別れており、タイトル画面から好きな話を選択して読む事が出来ます。それぞれ10分〜20分程度で読み終わる事が出来、その度にタイトル画面に戻りますので小まめに休憩を取りながら読み進める事をオススメします。選択肢もありませんので、迷うことなく最終話に辿り着く事が出来ると思います。最も、物語的に最後までたどり着けたとしてもプレイヤーの心のもやもやや恐怖心まで晴れるのかは、分かりませんけどね。ビフォー・アライビング・アット・ザ・ターミナル=駅に辿り着く前に、是非答えを探せる事を祈っております。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<すべて、この町の記憶と一緒にある。だから、町を離れても心配しなくて良いんだよ。>

 物語最後、悟が就職でつくばを離れる時にどんな事を思ったのでしょうか。友人と街を散策したのは楽しかった、綾子さんと2人でお話するのは楽しかった、そしてあの時あなたの事を守れなくて悔しかった、それら全てがきっと本物で、大切な記憶なのだと思います。今、悟はそんな自分の記憶が詰まったこのつくばという町を離れて、新しい町へと出発していくのです。

 「すべて、この町の記憶と一緒にある。」私は最後の最後までこのキャッチフレーズの意味を把握出来ていませんでした。まさか、本当に言葉通りだったとは思いませんでした。町は記憶している、それがどこかでポロっとこぼれた物を悟は拾っておりました。最も、拾う記憶は媛と綾子によってコントロールされてましたけどね。霊感が強いとされていた媛、その正体はきっと町の記憶を見る事が出来る能力が強かったという事だと思っております。そして、綾子もまた媛程ではありませんが町の記憶に干渉出来る力を持っておりました。そして、2人が町の記憶に干渉して守りたかったものは、悟が経験したとても大きく苦しい記憶だったのです。

 かつて、悟と秀はもう一人の女の子と一緒にこの町で過ごしておりました。廃病院に行くのも、神社の散策に行くのも、媛と一緒に遊ぶのも、常に一緒でした。ですが、その女の子は秀が運転する車の単独事故によって命を落としてしまうのです。その後一度も顔を見ない秀、恐らく過失の有無に関わらずこの町を去らざるをえなかったのだと思います。そしてそんな厳しい記憶を持っていてはダメになってしまう、そう思った綾子が悟の記憶を町から切断するところからホラーとしての様相が生まれたのです。自分が信じていた記憶と実際の出来事が違っている、いる筈のない人がいなくていない筈の人がいる、これがホラーではなくて何なのでしょうね。

 この作品を通して、ホラーとは自分の予想通りにいかなかった時や常識では考えられない出来事が起きた時に言うのだと思いました。何かおぞましいものが登場するとか、命の危険にさらされるとか、そういう分かり易いものはホラーとは呼ばないのかも知れません。その最たる例は、私はSideStoryで感じる事が出来ました。電話ボックスに入る、ここまでは良いです。ですがその後振り向いたらいる筈の根津先輩がいない、そして電話が鳴りそこから自分の声が聴こえる、もう十分常識の範囲を超えております。本編をクリアされた方であれば、これが町の記憶が零れ落ちた結果だと理解できます。ですが、そういう理屈を知らない人にとっては紛れもなくホラーでした。そして、電話ボックスに紛れ込んだ町の記憶は、その後の車の中での出来事でした。このたった2つのSideStoryで町の記憶の仕組みとホラーを説明出来ている、流石は人工くらげさんの構成力だと思いました。

 そして、悟は最後に失っていた記憶を取り戻しました。かつて自分達が封印しようと埋めた記憶は、カセットテープとしてタイムカプセルの中に残されておりました。そこに残されていたのは、自分の死を理解しつつも受け入れる事を怖がっている19歳の少女の赤裸々な言葉でした。それでも、彼女は最後の言葉を残す事が出来ました。これを聴かないのは、やっぱり無しなのかなと思いましたね。媛の言う通りに辛い過去は蓋をするのもありだと思います。ですけど、自分が関わっている出来事はやっぱり知らなければいけないと思いました。幸い、悟は町の記憶とカセットテープの両方を手に入れる事が出来ました。辛い事ですけど、それでも受け入れる覚悟を決めたのは立派だと思いました。

 タイトルであるビフォー・アライビング・アット・ザ・ターミナルとは、町を立ち去ってしまう前にやり残したことはありませんか?という問いかけだったのかなと思っております。就職が決まり時間が経てば自然と町を出る事が決まっていた悟、だからこそこの町の記憶の全てに触れ改めてこの町を離れる決意をしました。自然と町を離れるのと、自ら町を離れるのでは意味が違いますからね。見知った町を離れるのは辛い事です。ですけど町の記憶は残ってますので、思い出したかったからたまに帰ってくれば良いんじゃないかと思ってます。思ったよりも、町の記憶は優しい事が分かりましたからね。秀・媛・綾子……その他沢山の記憶と共に、悟もまた新しい記憶を作っていって欲しいと思いました。ありがとうございました。


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