M.M 臨界天のアズラーイール
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
8 | 9 | - | 87 | 4〜5 | 2019/8/17 |
作品ページ | サークルページ |
<伝えたい事は主人公の生き様、それをシナリオ・BGMといった全ての要素で表現しております。>
この「臨界天のアズラーイール」という作品は、同人サークルである「→Quantize_」で制作されたビジュアルノベルです。→Quantize_さんの作品は過去に「世界で一番悲しい笑顔」「ラビっとはーと!」という作品をプレイさせて頂きました。→Quantize_さんの作品は、リアリティのある社会の様子とストレートなテーマの発信だと思っております。これまでの作品をプレイしてきて、主人公を始めとした登場人物の行動がまるで実際に体験して来たかのように細かいのです。固有名詞の使い方や振る舞い方、一日一日の過ごし方にとても説得力がありました。そして、作品のテーマが非常に分かり易いです。私のレビューなど読まなくても、プレイすればどなたでも→Quantize_さんの言いたい事が伝わると思います。私にとって非常にお気に入りのサークルさんでして、今回レビューしている「臨界天のアズラーイール」はC96の新作なのですが真っ先に手に取らせて頂きました。
主人公である想田理人は、4月から大手建設会社である一華建設に勤める事になった新社会人です。新しい環境に緊張しつつも、先輩社員である長島麗美に支えられながら一生懸命仕事をこなしていきます。やがて、自分に対して真摯に接してくれる麗美に惹かれていく理人。いつの間にか2人は恋に落ちてました。そんな順風満帆な理人ですが、ある日から突然謎の悪夢に襲われるようになりました。それは今生きている世界とは全く異なる恐ろしい物、次第にその悪夢が理人の日常を侵食していきます。悪夢の正体は何なのか、理人は今の生活を守る事が出来るのが。これは、主人公理人の生き様を描いた物語です。
これまで→Quantize_さんの作品をプレイしてきましたが、そのどれもがかなり大きな時間軸を持った作品ばかりでした。ですが、プレイ時間としては「世界で一番悲しい笑顔」が2時間程度、「ラビっとはーと!」が1時間未満と比較的短いです。そんな→Quantize_さんの今回の新作である「臨界天のアズラーイール」の想定プレイ時間は、なんと6時間です。これまでのどの作品よりも長く、サークルさん自身も気合を入れて作ったと話されてました。上記のあらすじに対してタイトルが「臨界天のアズラーイール」です。何か非現実的な事象が起こる事は間違いありません。これまでのストレートなテーマの発信だけではなく、どのような世界構造なのかやシナリオなのかについても是非期待してプレイしてみて下さい。
正直、どの要素も魅力であり時間を掛けて紹介したいほどですが、それは是非実際にプレイして感じて欲しいです。強いて1つ挙げるとすればBGMです。→Quantize_さんは全てのBGMをオリジナルで作成しております。その為、場面ごとのマッチングが良くプレイヤーがシナリオに没頭する後押しをしてくれます。何よりも、ピアノを中心としたサウンドは単純に心地よくずっと聴いていたくなります。特にタイトル画面でも使用している「lilium」という曲を、私はずっと聴きながらこのレビューを書いてました。明るい場面、日常の場面、暗い場面、核心の場面、それを素直に表現しているBGMを是非味わってみて下さい。
そしてシナリオですが、これまで私は→Quantize_さんの作品で泣かない事はありませんでした。狙った訳ではない、ストレートなテーマの発信で心に訴えてくるシナリオにやられっぱなしでした。そして、それは今作も同様でした。長めのプレイ時間で描いたものは、主人公である理人の生き様でした。人生観と言っても良いかも知れません。途中ただの日常物ではないフィクション要素も入りますが、それすらも理人の生き様を表現するエッセンスでした。前半は日常の雰囲気を味わいつつも、そこに水を差す悪夢の意味を考える事になると思います。そして後半は、結末に何が待っているのか気になってクリックが止まらなくなると思います。非常に綿密に練られた、力のこもった文章を是非感じて欲しいです。
プレイ時間は私で4時間20分程度でした。途中選択肢があり、2つのエンディングに分岐します。この選択肢もまた、ここでしか入れようがないというとても重大な場面で挿入してきます。選択肢を選ぶ事は登場人物の人生を決める事、それを体感する事が出来ると思います。逆に言えば、それ以外の場面で選択肢はありませんので素直に物語を楽しんでみて下さい。全体的にフワッとしたネタバレ無しレビューになってしまいましたが、これは少しでもネタバレを書きたくないという想いが先行してしまったからかも知れません。上でも書いておりますが、基本的に→Quantize_さんの作品にレビューはあまり意味を持ちません。まずはプレイして欲しい、そんな私の気持ちが伝わってくれたらそれだけで十分です。非常にオススメです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<目標を持ちそれに向かって進む事、そしてその為に周りの人を信頼する事、これが人生で一番大切かも知れません。>
最後までプレイして、本当→Quantize_さんの作品は優しいと思いました。何が優しいって、登場人物の殆どが優しいんです。これだけ優しい人たちに囲まれて、理人は本当に幸せな人生だったんだなと改めて思っております。
現実世界での理人の人生は、お世辞にも人並みとは呼べない不幸な物に見えました。幼い時に両親と死別し、児童養護施設でも環境に馴染めず、最終的にはカルト宗教に入信させられ洗脳させられました。こんな人生なら死んだ方がましだ、私もそう思うと思います。ですが、そんなひどい人生でも目標を持つ事が出来ました。それがかつてさざなみの園で声を掛けてくれた女の子にお礼を伝える事です。もしかしたが、人は目標を持ちそれに向かって行動する事が出来たらそれが幸せになるのかも知れないと思いました。
理想世界で、理人は大手ゼネコンに就職し、素敵な女性と結婚し、子供を授かりました。正直、誰もが羨ましいと思う人生だと思います。そして、そんな幸せに驕る事無くちゃんと未来を見据えて生きようとする姿も立派だと思いました。まさに理想世界、自分もこんな人生を歩みたいと心から思いました。ですが、同時にこうも思ったのです。理想世界の理人はパッケージ化されているな、と。イメージ通り過ぎて理想過ぎて、まるで創作物の主人公の様です(実際そうですが)。羨ましいとは思いましたが人間的魅力は何かと訊かれたら言葉に窮するかも知れません。何が言いたいのかと言いますと、理想世界の理人よりも現実世界の理人の方が魅力的に見えてしまったという事です。
理想世界から引き戻され、アズラーイールから残り4日と少しの余命と宣告された理人。普通であればこの時点で絶望するか現実逃避するかどちらかだと思います。しかし、理人は諦めませんでした。それこそ、麗美の言葉通り最後まで諦めない決断をしました。あの時の女の子にお礼を言いに行く、この目標が定まってからの理人の行動はそのどれもがカッコ良いと思いました。身を犠牲にしてでも暁の里を抜け出そうとする姿、僅かな記憶を頼りにさざなみの園を巡る姿、効率的に沙百合の足取りを追っていく姿、人はここまで真っ直ぐになれるんだなと思いました。余計な事など考える必要なんて無いんですね。むしろ、余計な事を考えている余裕すら無かったと言えるかも知れません。今目の前の物事に集中する、それは私たちにとっても非常に大切な事だと思います。
そして、そんな理人の目標を支えてくれたのはアズラーイールを始めとした世の中の人々でした。もし、暁の里で徳富正三が理解を示してくれなかったら、さざなみの園でパパに逢えなかったら、アメニスタエンターテインメントで福島巌や上沢舞に逢えなかったら、理人は沙百合が勤めている坂城精機に辿り着けなかったのです。そして、炎に包まれる坂城精機で生と死を彷徨っている時に助けてくれたのはアズラーイールと理想世界にしかいない筈の麗美でした。理想世界は理想世界であり現実世界ではありません。それでも、そこで生きた証は確かに残っておりました。そんな、多くの人に支えられてやっと沙百合を救い出す事が出来ました。目標に向かって限りある生を全うした、カッコいい男の生き様でした。
この作品のテーマは、目標を持ち人を信頼して真っ直ぐ進む事の大切さだと思いました。理想世界でも現実世界でも、理人は目標を以って行動しました。そして、その中で多くの人の助けを借りました。私たちも同じだと思います。何かを成し遂げたい、まずは目標を持つ事です。そしてその目標を達成する為に周りの人からアドバイスを貰う、これが意外と出来ない人がいるのではないでしょうか。人生は絶対に一人ではありませんからね。誰でも良いんだと思います、何か自分の心を話せる人がいればいいのだと思います。そんな人を見つけられただけでも、理人の人生は価値のある立派なものだったと思っております。これだけ頑張ったんですもの、少しくらい寿命を分けてもらっても大丈夫ですね。理人の人生は、まだまだ続いていきそうです。ありがとうございました。