M.M あした、人生(いのち)が終わるとしたら




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 - 80 1〜2 2024/3/5
作品ページ サークルページ DL版


パッケージ版



<「死にたい」と思ったごく普通の女子高生の姿から、自分ならどう行動するかを想像して読んで頂きたいです。>

 この「あした、人生(いのち)が終わるとしたら」という作品は、同人サークルである「OverFlowers」で制作されたビジュアルノベルです。OverFlowersさんの作品は過去に「黄昏トロイメライ -Twilight with U-」という作品をプレイさせた頂きました。夏の田舎で幼馴染と再会するという超王道展開の設定を、非常に丁寧な描写で表現した作品でした。ありふれた題材だけに他の作品とどのように差別化を図っているのか気になりましたが、ただ真っすぐに丁寧に表現しておりその制作姿勢に安心感があった事を覚えております。今回レビューしているのは、過去に作成された「あした、人生(いのち)が終わるとしたら」に追加シナリオが加わりパッケージ化された物となっております。パッケージ、やっぱりいいですね。作品を手に取った感覚は即売会ならではの喜びがあります。また丁寧な作り込み が見られる事を楽しみにプレイし始めました。

 主人公である白石紬希(しらいしつむぎ)は、進学校である高校に通うどこにでもいる普通の女子高生です。陽キャと呼ばれるほど活発な訳ではなく、かといって陰キャと呼ばれるほど人と話さないわけでもない、周りからみたら本当に普通の女子高生です。ですが、その内面は将来への不安に怯え平均以下の成績に悩みながら一生懸命勉強する努力家でした。しかし中々成績は上がらず、加えてとある模擬試験で緊張が重なり大きな失敗をしてしまいました。自分よりも成績が良いクラスメイトに嫉妬し成績が悪い自分を励ましてくれる家族に申し訳ないと思っている紬希、ある日ふと「死にたい」と思ってしまいました。これは、日々の生活に疲れ先の見えない未来に何となく絶望し、突然沸いた希死に向き合った一人の女の子の物語です。

 皆さんは「死にたい」と思った事はあるでしょうか?覚悟の幅は様々でしょうが、大なり小なりあるのではないかと思っております。ですが、このレビューを見ているという事は少なくとも今生きているという事ですね(笑)。そんな感じで、この「死にたい」という気持ち=希死は割と身近にある当たり前の感情だと思います。死にたいというよりも「逃げたい」という感覚が近いんですかね。人生の中で、思うように行かなかったら嫌な思いをしたりする事は必ずあると思います。そしてそんな場面から逃げたいと思うのも自然な事です。自殺は良くないとかそんな社会的な事をここで語るつもりはありません。素直に死にたいと思ったその感覚は、決して悪い事ではないという事だと自分は思っております。ただ、死にたいと思う事と死ぬ為に行動する事は少し違うと思っております。この作品のタイトルは「あした、人生(いのち)が終わるとしたら」です。まるで明日必ず死が待っているかのような絶望的な状況、もしあなたが同じような状況だったらどんな一日を過ごすでしょうか。是非自分事と捉えて、主人公に心を寄せて読んでみて下さい。

 その他の要素として、やはり背景描写やBGMなどは非常に丁寧に作り込まれております。主人公の心の揺れ動きに分けてBGMは沢山の楽曲を使い分けており、場面ごとの緊迫感やまったり感が伝わります。またこの作品は場面転換が比較的多くあるのですが、それぞれで適切な背景を用意しておりまたその書き込みも非常に細かいです。これら丁寧に準備された設定の上だからこそ、主人公の心の機微を繊細に描くことが出来るのだなと思っております。本当にありふれた普通の女子高生です。ありふれているからこそ、そのキャラクターを丁寧に描く事で親近感を生み印象に残るのだと思っております。きっと、彼女が「死にたい」と思った理由について誰もが納得できると思います。そんな風に、作品の中にのめり込ませてくれる作り込みは毎度お見事だなと思いました。

 プレイ時間は私で1時間5分でした。冒頭この作品は本編以外に追加シナリオがあると書きましたが、本編で約50分、追加シナリオで約15分といった感じです。プレイ時間は決して長くはないので、本当人によってはあっという間に読み終わってしまうと思います。ですが、個人的にクリックのスピードはゆっくりで読んで頂きたいと思います。もう1つこの作品の特徴として、主人公フルボイスが挙げられます。ありふれた女子高生の様子をそれこそありふれた声で演出しており、時間があれば全てのセリフを聴きながらテキストを読み進めて頂きたいです。そして、「死にたい」と思った彼女がとった行動とその結末から是非自分だったらこう思うこう行動すると考えてみて下さい。必ずや、誰にとっても心に残る作品だと思っております。丁寧で素敵な作品でした、ありがとうございました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<どうせ生きるなら、嫌々よりも楽しく生きる方が良いと思います。>


 「人生は苦しいだけ、それでも死にたくないなら、生きなきゃいけない」

 最後まで読んで、本当にありふれた当たり前の女子高生を描いた作品だと思いました。私は紬希みたいにここまで死に対して直接的に行動した事はありませんが、きっとこうした人はこの世に何人もいるのだと思います。そして、死のうと決めて行動した結果やはりまだ死にたくないと思った人が、今も何でもない風の表情で一生懸命生きているのだと思います。人生は優しくないし思い通りに行かないのが現実です。それでも、死にたくないなら生きるしかないんでしょうね。

 時々、自殺をする人のニュースを聞くことがあります。理由や生活状況や立場は本当に様々ですが、共通しているのは本当に生きたくないと思ったからなのだと思います。きっと、始めから積極的に死にたいと思っていたのではないと思います。ですけど紬希みたいに死のうとして色々と行動してみて、その結果本当に死のうと思ったから死んだ方々なのではないでしょうか。私は正直、羨ましいと思っております。ちゃんと、自分の意思で自分の人生にピリオドを打つことが出来たのですから。私だったら、みっともなくても生にしがみ付いてしまうと思います。単純に死ぬのが怖いからです。そして、紬希も言ってましたがそれは同時に恵まれている事なんだろうなと思います。やりたい事がある、死にたくない理由がある、それだけで十分生きる理由になるのです。

 紬希はあまり要領が良くありませんでした。人一倍勉強しているのに、成績に中々反映されませんでした。ですが方やクラスメイトの宮ちゃんは部活も一生懸命で課題は時々さぼるのに、成績は紬希よりずっと良いのです。同じ立場だったら、誰だって嫉妬すると思います。特にこのレビューを書いている2024年時点の様なタイパやコスパを求められ自己責任論が蔓延る時代において、要領の悪い自分が無価値に思えてしまう事は仕方がないと思います。こんな自分ならきっと人生ハードモード、そう思った紬希が死にたいと思うのは至極当たり前の到達点だと思いました。人間の良さって、テストの点数だけで図る事なんて出来ないんですけどね。この時の紬希はその事に気づく心の余裕すらありませんでした。紬希が死にたいと思っていたと周りが聞いたら「何で!?」って口を揃えて言うでしょうね。「その人の悩みや苦しみは、その人にしかわからない」と本編でもあった通り、これもまた真実なんだろうなと思いました。

 ですがその後紬希は自分の事を「恵まれている」と思うようになりました。宮ちゃんが自分の事を慕ってくれる理由は正直分かりませんが、事実慕っているのは本当です。少なくとも義理やお世辞で付き合っているのではありません。理由は分からないけど、それが真実でした。担任の先生も、厳しい口調で接してしまった事を後悔していました。後にその誤解は解消されましたが、担任の言葉は何度も紬希の頭をリフレインし苦しんでしまいました。それでも担任の愛情を理解する事が出来ました。何よりも、紬希には慕ってくれる家族がいました。大好きなオムライスを作ってくれたり、成績を案じて塾を進めてくれたり、それは決して強制ではなく心から紬希を慕っての行動でした。不思議ですよね。希死に囚われると、そんな自分の状況すら見えなくなってしまうんですから。

 学校をサボった紬希の行動は、そんな自分の本当の気持ちと周りとの関係を見つめなおすために大切な時間だったんだなと思います。普段食べる事が出来ない美味しいオムライスを食べる事で、また母が作ったオムライスを食べたいと思いました。大好きなペンまるくんに会いに行って、まだまだペンまるくんのファンでいたいと思いました。紬希には、やりたい事がたくさん残っていたのです。海に入り進んでいく中で、そんなやりたい事をやらないで死ぬのは怖いと自覚しました。同時に、死ねないなら生きるしかないと気付きました。この一日の行動で、紬希は沢山の事に気づきました。個人的に印象的だったのは、帰りの電車で「人の視線なんて全然気にならない」と思った事です。ずぶ濡れな紬希はさぞ奇異の視線にさらされたのでしょうけど、生きるしかないと決めた紬希にとって他人の視線を気にする暇は無くなったのかも知れません。人と比べても仕方がない、自分は自分、その事に気付けた紬希は立派だと思いました。

 希死に囚われ本当に死ぬための行動をした紬希は、その中で生きるしかないと決断する事が出来ました。そして死ぬから生きるにシフトチェンジしただけで、見える景色がガラリと変わりました。案外、人生なんてどんなものなのかも知れません。もし今レビューを読んでいるあなたが何か人生で悩んでいたら、とりあえず逃げてみるのはありかも知れません。それで逃げれたら良し、逃げられなくて死ぬしかないとなったら死ぬしかないのでしょう。逃げられなくて生きるしかないと思ったら、考え方を変えてみてはいかがでしょうか。どうせ生きるしかないのなら、嫌々よりも楽しい方が良いですからね。それでも、きっと希死はある日ふとやってくるのだと思います。そんなときは、紬希のこのセリフを思い出して頑張ってみて下さい。彼女のセリフをもって本レビューの終了にしたいと思います。

 「がんばれ、わたし」


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