M.M 明日の朝食は一緒に
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
7 | 8 | - | 79 | 2〜3 | 2020/2/11 |
作品ページ(なし) | サークルページ |
<自然体な会話と食事描写のリアルさが、物語に引き込んでくれます。>
この「明日の朝食は一緒に」は同人サークルである「Re:Journey」で制作されたビジュアルノベルです。Re:Journeyさんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。切っ掛けは、C97にて同人ゲームの島サークルを回った時でした。お誕生日席に配置されていたサークルさんでしたが、とにかく目を引くパッケージが印象的でした。当日サークルさんで頒布していたのは過去作2本と今回レビューしている新作の明日の朝食は一緒にを加えた3本でしたが、どれも登場人物を正面に出し加えて暖色系で統一されている様子が目を引きました。今回3本とも買わせて頂きましたが、折角ですので初めてのプレイは最新作にしようと思い今回のレビューに至っております。
主人公である函南守(オトナシカオル)は、20歳になる赤い髪の男性です。守の父親と母親の幼馴染である玄花が経営するカフェ&バーでバイトをしており、昼夜逆転の生活を送っております。守の家には同居している女性が居ました。名前を砂央里(サオリ)と言います。守に対して色々と小言を言いつつも何だかんだで良い関係を築いておりました。ある日、守がバイトをしている時に一人の女性客がやって来ます。名前を舞阪峰里(ミネリ)と言いまして、初対面にも拘らず守は彼女に対してどこかで会ったような感覚を覚えました。その後も何度かお店に来る峰里、その度に心をざわつかせる守、この気持ちの正体は何なのかを探す物語が幕を開けます。
始めに感じたのは、会話の自然さでした。主人公の守と同居している砂央里は20代前半の顔なじみという事で、大人の年齢ではありますがまだまだ子供っぽさも感じる年頃です。そんな年代らしい歯に衣を着せない自然体の会話が好印象でした。また守がバイトしているカフェ&バーの玄花は両親の幼馴染という事で恐らく40〜50代かと思いますが、どこか自分の子供を見ている様に見守っている様子とそんな玄花にちょっと反抗的になってい守の掛け合いも自然体でした。峰里は快活でよく食べよく飲むキャラクターなのですが、そんな彼女らしい会話も良かったです。いつまでも読んでいた日常の風景が印象的でした。
またこの作品はタイトルにあります通り、食事の様子が意味を持ちます。守は料理が上手でして、毎朝砂央里と食べる朝食のメニューをしっかりとテキストとして記述しております。例えば今日はサバ缶のパスタ、別の日は鶏ときのこの混ぜご飯、また別の日はハムエッグトーストなど、沢山の料理が登場します。そしてその料理を砂央里が食べて感想を述べ、また別の場面で峰里が食べて感想を述べるのです。もうそれだけでお腹が空いてくる感覚になります。私も、守が作る料理を食べてみたいと思いました。やはり料理は生活の一部ですので、このリアルな描写もまた自然な会話を生み出すのに繋がっているのかも知れません。
プレイ時間は私で2時間10分掛かりました。選択肢はなく、一本道でエンディングに向かう事が出来ます。途中日付などのカットインが入りますので、そのタイミングで休憩などを挟みながら読んで頂ければ良いのではないかと思います。前半は普通の日常の描写が続きますのでこのまま行くのかなと思うかも知れませんが、少しずつ物語の真相に向かって物語が入り組んでいきます。自然体の会話にどこか違和感を思った時、そこがターニングポイントになると思います。最後には美味しい朝食を食べて終わる、そう願いながら先の展開を想像して読んで頂ければと思います。急いで読む内容ではありませんので、是非雰囲気を味わいながらじっくりと読み進めてみて下さい。楽しかったです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<逃げ出したい真実から目を背けずに向き合う、たとえそれが失敗しても目を背けないだけで立派だと私は思います。>
人生生きていれば逃げたい事の一つや二つも出てくると思います。そしてその時に逃げる事は何も恥ずかしい事ではありませんし正しい事だと思います。ですけど、見ない振りをする事は少し違うと思います。現実を見てその上で逃げるのと、現実を見ないのでは生産性が違いますからね。この作品では、そんな自分が見たくない物を見る事の大切さを訴えていたのかなと思いました。
守には幼い時に忘れ去りたい経験をしておりました。それは見知らぬおじさんにレイプされた事と、そのおじさんから自分を助けてくれた命の恩人を失った事です。自分だけではなく他人の死に触れる機会など滅多にある事ではありません。だからこそ、守はその時から過去の記憶を失ってしまい、またそんな自分の精神を安定させるために砂央里を生み出しました。その後の人生において、守の傍には常に砂央里がいました。二人三脚で過去の辛い出来事から自分を守ろうとしたのです。
しかし、砂央里はただ守を守る為だけの人格ではありません。彼女もまた一人の人間として生きておりました。たとえ守のトラウマから生まれた存在だったとしても、その一言で砂央里を否定する事は出来ないのです。彼女が物語後半で「あたしって誰なのさ」と言いましたが、まさにこの言葉に彼女の葛藤が込められていると思いました。砂央里を砂央里と呼んでくれたのは守と玄花しかいませんでした。それでも砂央里は幸せでした。ですけど、人は一人では生きていけないようにやはり砂央里も今の状況で生きる事は難しかったみたいです。でも大丈夫です、ちゃんと砂央里は守と未来で生きると約束したのですから。
そして、そんな守と砂央里を支えていた存在が想ったよりもたくさんおりました。まずは玄花です。彼もまた、真実を知っていたのに行動出来ずに後悔した過去を持っておりました。もしかしたら、そんな自分の不甲斐なさの贖罪の為に守を砂央里を支えていたのかも知れません。ですけど、それでは自分自身の後悔を乗り越えることにはなりません。やはり、最後には自分で一歩前に踏み出す事が必要だったのですね。元々クールで渋みのある大人という印象であった玄花でしたが、その裏にこのような表情を隠していたとは思いませんでした。もしかしたら、そんなニヒルな立ち振る舞いもそんな自分の弱さを隠す仮面だったのかも知れません。
もう一人真実を知っていながら踏み出せない人物がいました。それが守の後輩である峰里です。自分の大好きな先輩、彼と待ち合わせの約束をしたのに会う事は遂に叶いませんでした。ですが、その事実を知っていながら向き合えずに瓜二つの守に接近するようになりました。ですけど、やっぱりダメだったみたいですね。守は守であって憧れの先輩ではありませんでした。気付いていて、9年間耐えましたけどやはりダメでした。峰里は自分の事を「狂えなかった」と言ってましたけど、二度と会えない大切な人の残滓があればずっと触れていたいと思うのは当然の気持ちだと思います。それでも峰里も一歩前に踏み出しました。少しずつ真実と向き合い、自分と向き合っていく様子が素敵でした。
全体を通して、どの登場人物も乗り越えなければいけない物を何とかして乗り越えようとする様子が印象的でした。見たくない物から逃げずに見て、その上で決断を下して前に進んでいきました。最後、いつものカフェ&バーでコーヒーや食事を楽しむ姿を見てホッとしている自分が居ました。勿論、砂央里は先に未来に行っておりますのでここにいる姿を皆が見ることは出来ません。ですけど、ちゃんとその事実を守が知っておりますので大丈夫ですね。最後、物語をしめる料理はクロックムッシュでした。こうやって、いつも通りの日常に帰って来れた事を大切にしてこれからも生きてほしいと思いました。ありがとうございました。