M.M あの夏




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
5 7 - 70 〜1 2017/8/21
作品ページ(なし) サークルページ(R-18注意)



<「あの夏」に行って何を受け取るか、それはプレイヤー1人1人で全く変わってくるでしょう。>

 この「あの夏」という作品は同人サークルである「GoodDaysMaker」で制作されたビジュアルノベルです。GoodDaysMakerさんの作品では過去に「ハートピストル」「浮気エッチ×本気エッチ」をプレイさせて頂きました。動きのある演出と登場人物一人一人を大切にしたシナリオに重厚感を感じたハートピストル、そして同じく登場人物を大切にしつつもコメディ感満載で楽しさ前回の浮気エッチ×本気エッチ、両者に共通しているのは熱量と言いますかエネルギーでした。それに対して今回プレイした「あの夏」という言葉の響きの何と素朴な事か。COMITIA121で手に取らせて頂いた時もGoodDaysMakerさん曰く「30分もあれば終わりますよ〜」との事。まだ夏真っ盛りと言いつつも残暑の余韻を感じる8月後半、今を逃すと次プレイするまで1年待たなければいけないという気持ちと共にプレイさせて頂きました。

 主人公はどこにでもいる普通のサラリーマンです。家族は妻と娘が1人。朝起きて会社に行き、夜まで仕事して家に帰りちょっとの団欒を過ごして寝る、という単調な毎日を過ごしておりました。真新しい事もなければ古い事もない、変化のない毎日にいつしか疑問すら持たなくなっておりました。そんな主人公の元に祖母の訃報が届きました。祖母の住んでいた田舎はかつて自分が少年の時に遊びに行ったところです。懐かしさを期待し何か起こるかも知れないと思っておりました。ですが、時と共に変わっていく田舎の景色と葬儀の手配に追われ、そんな郷愁は一瞬にして消えてしまいました。もう葬儀も終わったし明日帰ろう。そんな風に田舎での最後の夜を過ごす主人公。ですが、そこから「あの夏」への不思議な冒険が幕を開けるのです。

 この作品で伝えたい事、それは実は明確には用意されておりません。夏の田舎の雰囲気でしょうか?子供時代に無邪気にはしゃぎ回った思い出でしょうか?あの夏で遊んだ懐かしい幼馴染の笑顔でしょうか?この作品は、プレイヤー1人1人が生きてきた時間で感想も大きく変わるものだと思います。少し私の話ですが、私の生まれは山形県のとある港町です。コンビニはおろか信号機すら山を超えなければない程で、私が通った小学校は昨年度ついに廃校になりました。そんな田舎に高校時代まで住んでおりましたが、大学・大学院・社会人生活は都会に出ており、地元を離れてもう10年以上になっております。たまに帰省するために感じる郷愁と少しずつ変わっていく田舎の景色に何とも言えない気持ちになります。まるで、この作品の主人公みたいです。そんな私にとって、この作品で表現される田舎の景色は言ってしまえば当たり前のものです。BGM、背景、効果音全てを使って表現された田舎の景色はありありと目に浮かびます。ああ、うちの田舎もこんな感じだったな〜って思いました。だからこそ、私がこの作品から受け取ったものはそこではありません。私が受け取ったものは物語最後のフレーズでした。あなたはこの作品から何を受け取るでしょうか。是非あの夏に向かって飛び込んでみて下さい。

 プレイ時間は私で20分程度掛かりました。本当に30分以内で終わってしまいました。その分伝えたいことがストレートに表現されておりますので大変分かり易いです。これこそが同人ビジュアルノベル、商業では出来ない魅力だと思います。夏の魅力、子供の無邪気さ、大人社会の暗澹さ、必ずやどこかで首を縦に振り「あるある」と思う時が来ると思います。あらゆる要素が細部にまで拘っており非常に丁寧に作られた作品です。是非、夏が終わるまえにプレイして欲しいですね。非常にオススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<誰にでも大事なものは必ずある。それに気付いた時、子供の時の様な長い24時間が待っているはずです。>


「一日は何十年経っても、何千年経っても、同じ24時間のままだということ。」


 よく「年を取れば取るほど時間の流れが早く感じる」という人がいますし、まるでそれが世の中の当たり前の様に思われている風潮があります。何故でしょうか?思うに、子供の時は目に入るもの・耳に入るもの・手で触れるものの全てが新鮮であり、それが故に記憶に残るからなのだと思います。では、大人になれば目に入るもの・耳に入るもの・手で触れるものの新鮮さは減るのでしょうか。私はこの作品を通じてこの時間の感じ方という点がとても心に残りました。

 毎日同じ時間に起きて同じ道を辿り、同じ職場で仕事をして同じ道で帰り、同じ家で就寝する。サラリーマンであれば決して珍しい事ではなく一般的な景色かも知れません。だからこそ、上で書いた「年を取れば取るほど時間の流れが早く感じる」という言葉に共感してしまうのかも知れません。この作品の主人公も、いつの間にか見えている景色は灰色で何も新鮮味がありませんでした。この作品は、背景描写で主人公の心持ちが見えるのが良いですね。つまり、「あの夏」でユカリと遊んでいる時に浮かび上がった鮮やかな田舎の景色、この時確かに主人公の心は高揚し、今この瞬間を楽しもうという気持ちが溢れていた証拠でした。

 皆さんは気づいているでしょうか、主人公が過ごした「あの夏」の時間はたったの1日だったという事に。たったの1日で主人公よユカリは虫取りをしたりお墓ごっこをしたり、スイカを食べたり川で魚を捕ったり、秘密基地を作ったり夢を語り合ったりしたのです。たった1日で6個もの用事を済ましたのです。そりゃ1日が長く感じますよ。あなたは1日の中で6個もの用事をこなしていますか?会社で仕事をする、仕事終わって飲みに行くor家でテレビを見る、こんなものではないですか?そりゃ1日が短く感じますよ。何が言いたいのかといいますと、同じ24時間という1日を長くするのも短くするのも、自分の意識次第だという事です。

 この作品では大人になることで失うものと得られるものの対比がよく書かれておりました。その中でも特徴的だったのが「責任」と「自分の時間」というものでした。大人になれば自由になれる、そのはずなのに責任に囚われて何も出来ない。子供の時に出来なかった事が出来ているのに子供の時に出来た事が出来なくなっている、不思議だと思います。虫取りなんて、それこそ大人になって背が伸びた方が効率的に出来る気がします。でも出来ない、この違いは何なのでしょうか?その答えは物語最後にユカリが言っておりました。大人になって大事なものが出来たからだ、と。

 つまるところ本質的には大人も子供も変わっていないのだと思います。子供にとって大事なものは目の前の遊びであり友達でした。大人にとって大事なものは生活であり家族です。だからこそ、その大事なものを守る為にもっと本気で真剣に生きなければいけないのではないかと思います。朝起きて仕事をして家に帰る、それだけでも生活は守れますし家族は養えます。ですが、それ以上何も出来ないのでしょうか。それこそ、娘を祖母の家に連れて行って田舎の楽しさを感じさせるとか出来るのではないでしょうか。そんな風に考えれば、大人になっても1日は長く感じられるとは思いませんか。仕事をするだけではなく家族との団欒も真剣に考える、灰色で少し退屈だった景色が色づく気がします。

 「あの夏」は、そんな自分の大事なものを見失ってしまった時に思い出させる為に用意された場所なのだと思います。今目の前にいるあなたにももちろん大事なものはあります。もし「そんなもの無いよ」と思った方がいたら、真剣に自分の胸に語りかけてみて下さい。子供の頃の夢、欲しかったもの、大切なあの人、何かしら浮かぶものがあると思います。それがあなたにとっての大事なもの。後はその大事なものを見失わない事ですね。この作品は、「あの夏」という世界を通して自分の大事なものを取り戻す作品に思いました。ノスタルジー溢れる世界観で、是非あなたも自分の大事なものを探してみて下さい。それが見つかった時、退屈しない長く楽しい24時間が待っていると思います。ありがとうございました。


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