M.M 雨上がりのあの場所で




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
9 9 8 88 15〜17 2021/4/27
作品ページ サークルページ
DVD版

DL版



<クリエイターが求めて止まない「美しいモノ」、それを全力で表現した大作であり名作だと思いました。>

 この「雨上がりのあの場所で」という作品は、同人ゲームサークルである「EIME」で制作されたビジュアルノベルです。EIMEさんの作品は、過去に「ふたしかなところ」「届けそらの彼方まで」をプレイさせて頂きました。正直言いまして、今回この「雨上がりのあの場所で」の発表とパッケージを見て約束された名作だなと思ってしまいました。過去2作共に、人物を大切にしテーマを明確にした内容、そして拘った演出で良い印象を持っておりました。特に2作目の「届けそらの彼方まで」は、私が2020年にプレイした作品の中で一番心に残った作品でした。人物の汚いところや醜いところを包み隠さず書いていながら、それでも希望や感謝を忘れないシナリオにどこか世界に対する愛情の様な物を感じたのです。そんなEIMEさんの新作は、想定プレイ時間15時間以上の大作です。個人的に期待値は青天井、そしてその期待通りの美しい作品でした。

 主人公である涼(りょう)は、10年前のとある事故で記憶を失っておりました。それでも持ち前の明るい性格と、周りにいる友達の支援で現在高校2年生まで何不自由なく生活出来ておりました。特に、幼馴染である結葵(ゆき)は涼に対してとても献身的で、周りからは非公認のカップルとまで思われている程でした。他にもクラスメイトである心太(しんた)、後輩であり同じく結葵の幼馴染である陽花(はるか)など、涼の周りには沢山の信頼出来る友達がいました。ある雨の日、傘を忘れた涼がバス停を降りるとそこで傘を差しだしてくれた女の子がいました。彼女の名前はかすみ、自分の事をかすみおねえちゃんと呼ぶ奇妙な存在ですが、どこかその姿に懐かしさを覚えている涼でした。時を同じくして、学校内で徘徊する謎の美少女の噂が広がっておりました。梅雨の季節、雨が降りしきる季節の中で、涼の「美しいモノ」を求める物語がこうして幕を開けたのです。

 私がこの作品をプレイ前から名作だと思った理由は、上でも書きましたが過去作と比較し圧倒的に期待値が高いからです。ですが、それ以上に主人公の涼が持っているとある性格が強く私を引きつけました。その性格は「美しいモノ」を求めるというものです。美しいもの、それを一言で述べる事は出来ません。何故なら、美しいものは人の数だけ存在するからです。例えば宝石の様な綺麗で整った物、豊かな自然や星空、絵画などの芸術品、数式、生物、そのどれもが美しいものと呼ぶ事が出来ます。ビジュアルノベルに限れば、私にとって美しいものとは描きたい物を描き切っている姿かも知れません。絵の綺麗さやシナリオのトリックなどはそのエッセンス、だからこそ特に同人ビジュアルノベルに惹かれるのかも知れません。EIMEさんのこれまでの作品はどれも美しいモノでした。そんなEIMEさんの新作で、主人公は美しいモノを求めているのです。もう、EIMEさんが描く美しいモノとは何なんだろう。それを想像するだけでワクワクが止まりませんでした。クリエイターにとって、美しいものを求めるのは永遠のテーマだと思います。そこに対して敢えてストレートに打ち込んできた今作、期待できない筈がありませんでした。

 そして、同人ビジュアルノベル界隈では非常に長い15時間以上のプレイ時間設定にも驚かされました。登場人物的に、恋愛シミュレーションのように展開していくのだろうと想像出来ました。それでも、女性キャラクター4名ですので1人4時間となります。これだけでも十分な長さです。勿論細部にまで拘り決して手を抜かないサークルさんという確信はありましたので、果たしてこれだけのボリュームでどんな美しいものを描いてくれるのかとハラハラすらする思いでした。ですがその点は何も問題ありませんでした。始めは共通ルートとして幾つもの選択肢を選びながら学園生活を送ります。比較的長いのですが、そのおかげで舞台や登場人物に愛着を持つ事が出来ます。そこから個別ルートに入り、物語の真相に迫っていきます。確かに長かったですが、苦痛に感じる事は決してありませんでした。商業の美少女ゲームをプレイされている方であれば何も問題ないと思います。同人ビジュアルノベルをプレイされている方であれば、選択肢の多さに気を付けて進めば大丈夫だと思います。何が言いたいのかと言いますと、プレイ時間に相応の内容が待っているという事です。

 その他の点としてBGMが特徴的でした。全てオリジナル楽曲なだけでも凄いのですが、パッケージにも書かれ恐らくメインヒロインと思われるかすみの初登場シーンで雷に打たれたような気持ちになりました。その理由がBGMでした。ピアノの圧倒的な勢い、それこそ雨が降っているかの様な戦慄に一瞬で引き込まれてしまいました。ああ、間違いなくこの作品のメインヒロインはかすみなんだなと確信しました。それだけ勢いのあるピアノ、そしてかすみというキャラクターの雰囲気、まさに雨でなければ成立しない世界観を作ってくれました。その他のBGMも登場人物や場面に合った物ばかりで、シナリオを後押ししてくれるものでした。ですがやはりかすみのテーマ曲の力は大きかったですね。まずは開始5分です、そこで1回目の洗礼を受けますので是非堪能してほしいです。

 プレイ時間ですが私で16時間程度でした。元々の想定プレイ時間通りの超大作で、やり切ったなと心から思える内容でした。この作品を通してEIMEさんが語りたかった「美しいモノ」、自分なりですが何となく掴む事が出来たと思っております。16時間掛けて確かに描く事が出来たものだと思っております。飽きさせないテキスト、度肝を抜いたBGM、過去作から引き継いだ演出、そしてクリエイターが求めて止まない美しいモノを扱ったシナリオ、間違いなく大作であり名作だと思いました。よくぞ、これだけのものを仕上げてくれたと思いました。是非、皆さんにもこの美しいモノを感じて欲しいと思いました。素晴らしかったです。かなりオススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<もしあなたが、何が物事に対して感じる物があったら、是非その気持ちを表に出してみませんか?>


「自分の世界を、他人に理解してもらいたいと思う?」


 これは勝手な考えですけど、人間は人生の中でどんな形でも良いので自分がそこにいたという証を残したいものだと思っております。何故ならば、証が無ければその人は存在しないも同じだからです。たとえ有名になれなくても、ちょっとした波紋でも構わないから、自分は確かに生きていたという証拠を残したい、そんな細やかな願いこそ美しいモノなのではないかと思っております。この「雨上がりのあの場所で」という作品は、EIMEさんがこの世に存在したという確かな証であり、間違いなく美しいモノだと思いました。

 物語の大半の時間を使って、涼が経験した過去の出来事の真実とかすみという存在の真実を明かす事に充てられました。前半の半分以上の時間を学園生活の雰囲気と登場人物のキャラクターの説明に使ってプレイヤーを馴染ませ、そこから一気に後半へと進んでいきました。かすみが恐らく死んでいる存在である事は予想つきましたが、ここまで涼と深い繋がりがあるとは思いませんでした。そして、タイトルになっている雨上がりのあの場所とは、涼がかすみに見せたかった最高に美しいモノでした。そんな子供のささやかな願いを叶えるのに、10年という月日を費やしました。私は、雨上がりのあの場所の美しさ以上に、涼とかすみが雨上がりのあの場所を目指すその過程が美しいと思いました。彼ら2人にとって、雨は言葉以上の意味を持ちます。かすみにとっては自分を包んでくれる存在、涼にとっては晴れを際立たせてくれる存在でした。お互いの認識が違うからこそ、雨上がりという境界の景色は貴重でした。そんな奇跡の瞬間に立ち会えて、本当素直に良かったと思いました。

 後は、もう一人のメインヒロインである結葵の存在も語らない訳には行きません。幼い時の恋心そのままに成長してしまった結葵、それでも彼女が費やした10年間は無意味なものではありませんでした。傍から見れば狂気に思える結葵の行動、常識的に考えれば非難される物であり許されないものかも知れません。それでも、最後の最後で涼は結葵と幼馴染として付き合う事にしました。ああ、結葵の10年間はこの瞬間の為の10年間だったんだなと思いました。普通じゃないですよ、ですけど正直恋心に普通も何もないと思っております。あるのは涼に対する真っ直ぐな想いだけ、それもまた美しいモノでした。ひょっとしたら、あの狂気は物語全体を盛り上げるための素材でありアクセントなのかも知れません。それでも、私は結葵の生き方もまた美しいと思いました。良いんですよ、涼がそれで良いって言ってるんですから。自分達外野は、ただ2人の今の生き方を見送るだけですね。それもまた、2人にとっての雨上がりでした。

 涼も、かすみも、結葵も、自分の世界や考え方を他人に理解してもらいたいと思っておりました。そして、それを叶える事が出来ました。私は、これこそが彼らにとっての幸せだと思いました。自分の世界を他人が理解してくれる事が、嬉しくない筈がありませんからね。私だって、自分が書いたレビューに共感貰えたら飛び上がる程嬉しいですし。私は別に共感を貰う為にレビューを書いている訳ではありません、ただ自分が感じたものをネット上にお裾分けしているだけです。でも、それは半分本当で半分は嘘なんですねきっと。そうでなければ、共感を貰って嬉しいなんて思わない筈ですもの。無理して共感する必要はないと思います。ただ、心から良いなと思った事に対してはその気持ちを伝えるだけでいいんだと思います。それが、きっと人生にとっての幸せであり美しいモノなんだろうなと思いました。

 この「雨上がりのあの場所で」をプレイされた方は、何か感じる物や共感する物はありましたでしょうか。無ければ無いで構わないと思います。ですけど、もし少しでも得る物があったらそれを表に出してみては如何でしょうか。今は色々な方法で自分の気持ちを外に出す事が出来ますからね。私みたいにレビューを書くのも方法ですし、SNSで呟くのもいいねするのも方法です。この作品のテーマは「伝える」事だと思っております。EIMEさんは、この「雨上がりのあの場所で」を通して何を伝えたかったのでしょうね?自分が表現できるのは精々このページのテキスト程度ですが、どこまで他人に届くのでしょうね。本当、世の中目を凝らしてみれば他人に伝えたい物で溢れていると思います。全てに共感するのは不可能ですが、何か感じる物があれば是非表に出して欲しいと思いました。そんな、自分の世界が他人に伝わる事の美しさを感じる事が出来た作品でした。ありがとうございました。


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