M.M あまつそらに咲く
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
8 | 9 | - | 85 | 6〜8 | 2023/12/2 |
作品ページ | サークルページ | 体験版 本編 |
<二度と繰り返す事はない高校最後の夏、それが鮮やかな描写で皆さんの中に蘇ります。>
この「あまつそらに咲く」という作品は、同人サークルである「studio aila」で制作されたビジュアルノベルです。studio ailaさんの作品をプレイしたのは、処女作である「after grow」に引き続き2作品目です。「after grow」をプレイした感想は、メッセージ性の強い作品だという事と全体的に丁寧に作られているという事です。扱っていたテーマは「死」であり、誰もが避けて通る事が出来ない物でした。それを、ビジュアルノベルの良さを生かした作り込みで表現しておりました。読み終わった後の余韻が素晴らしく、是非皆さんにもプレイして頂きたいです。そんなstudio ailaさんの2作品目が今回レビューしている「あまつそらに咲く」です。「after grow」は夕焼けの赤が印象的でしたが、「あまつそらに咲く」は一転澄み切った青空が印象的なパッケージとなっております。どのようなメッセージが込められているのか、楽しみにプレイし始めました。
主人公は、大手広告代理店に就職した社会人三年目です。順風満帆な人生を歩んでいる筈ですが、そこか空虚な気持ちを抱えて生活しておりました。そんな時、外回りの帰り道にふと小さな喫茶店に立ち寄ります。古めかしい内装、それでもどこか落ち着く雰囲気に心を休める主人公。たまたま選んだカップに描かれているのは白い花。ああ、そういえばこの花はあの懐かしい故郷に沢山咲いていたっけ。主人公は、そんな事を思い出しながら昔を懐かしみます。そして、物語は主人公たちが高校最後の夏を過ごしていた時間に遡るのです。二度と戻らない高校最後の夏、自分の夢、そして大切な願い、そんな気持ちが交錯しながら過ごした夏休みは、全て一人の幼馴染の誘いから始まったのです。過去と現在を行き来する、自分にとって大切なモノを探す物語がこうして幕を開けました。
皆さんは、昔の事を思い返したりする事はありますか?私はしょっちゅうあります。しかも、その殆どが失敗したり後悔したりした思い出です。あの時こうしておけばよかった、そんな思い出がフラッシュバックする度に今を大切にしなければと襟を正します。そして、もし願いが叶うなら過去失敗した時に戻ってやり直したいと思ったりします。ですけど、分かっていますが過去に戻る事は出来ません。あの時こうしておけばよかったと思った事は、今でないとやり直せないのです。人生は一度きりです。やらない後悔よりもやる後悔とよく聞く言葉がありますが、割と同意します。案ずるより産むが易し、そんな気持ちでこれからの人生も進んでいきたいですね。過去にやれなかった事は、案外今になっても出来たりしますからね。あとは、過去の失敗を繰り返さない事ですね。出来なかった事はやり直せますし、やらなければ良かった事はやらない、そんな風に過去を利用するのが良いのかなと思っております。
この作品を通して、そんな自分の中の淡い思い出がよみがえる事と思います。二度と繰り返す事のない高校最後の夏です。それを一生忘れない思い出にしたいという気持ちは誰もが一緒だと思います。学生の時の夏休みは一ヶ月です。昔は一ヶ月なんて長いと思ってましたが、社会人になってからの一ヶ月はどうでしょうか?案外短いと思ってしまっていませんか?それはもしかしたら、学生の時に願った想いが薄れているからかも知れません。一日一日を大切に精一杯遊んで勉強して切磋琢磨する、そんな登場人物たちの姿は必ずや皆さんにとっても心に刻み付けられると思います。人物を大切にして、毎日の生活を丁寧に描いたテキストは臨場感にあふれ、本気で夏を過ごそうという気持ちが伝わりました。無茶と思う事もやってみようと突き進む姿は、もしかしたら「若いな」と思ってしまうかも知れません。ですがそれは実は「羨ましい」の裏返しかも知れません。少なくとも、私は彼らの姿を見てそう思いました。そんな、素敵な登場人物と丁寧なテキストが印象的でした。
また、舞台が夏という事で夏の描写がとても丁寧に描かれております。登場人物たちが高校時代過ごした舞台はとある離島なのですが、離島らしい海や山の描写が数多く準備されております。また真昼や夕方、夜など時間による差分も丁寧に表現されており丁寧です。そして、個人的にstudio ailaさん一番の魅力はBGMと思っております。「after grow」に引き続き今作でも10以上のオリジナル楽曲を収録しております。ジャンルもコミカルな物からシリアルなもの、ノスタルジックなものまで様々です。特に変ニ長調で奏でられるピアノ曲がお気に入りで、流れる場面も相まって暫くクリックの手を止めて聴いていました。是非サウンドモードの実装、もしくは早急にサウンドトラックの販売を強く希望します(言い値で買います!)。
プレイ時間は私で7時間ちょうどでした。この作品には全部で3人のヒロインがおり、選択肢でそれぞれのエンディングにたどり着きます。また共通パートが比較的長く、分岐するまでそれぞれのヒロインに感情移入する事と思います。同人ビジュアルノベルとしては長めではありますが、その長さに裏打ちされた内容となっておりますので最後までプレイし終わったときには心地良い読後感に包まれていると思います。夏休み・田舎・青春、そんな素敵なキーワードが散りばめられつつ、人生観に訴えるテーマ性を持った作品です。是非多くの方に手に取って頂きプレイして欲しいと思います。現在BOOTHで購入できますので、気になったからは上記リンクをクリックしてみて下さい。素敵な作品をありがとうございました。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<未来へ向かう願いは自分の力で叶える事が出来る、もし自分ひとりで出来なければ人の手助けで叶える事が出来る。>
最後までプレイして、とても綺麗な終わり方だと思いました。それぞれがそれぞれの未来に進み自分が叶えたい事を叶えている、それだけで十分です。彼らであれば、これからの人生迷う事があっても止まる事は無いのかなと思いました。
私も今年で38歳になっておりますが、ホント人生色々ありましたし現在進行形で色々あります。ネタバレ無しでも書きましたが、良い事だけではなくむしろ失敗した事や後悔した事の方が印象に残っているかも知れません。時にやり直したい事もありますが、何だかんだでそうした経験の全てが現在このレビューを書いている自分に繋がっている訳です。そんな風に繋がる縁に不思議だなと思いつつも感謝し、これからも生きていくのかなと思っております。そして人生の様々なシーンでですが、案外困った事や辛い事があった時に手を差し伸べてくれる人はいるなと思っております。それは家族であったり友達であったり会社の同僚だったり様々ですが、大切なのは困った辛いと声に出す事なのかなと思っております。ここ最近は自己責任論が広がっている印象ですが、リアルな付き合いをしていると決してそんな事は無いです。手を差し伸べて欲しいと言ったら差し伸べてくれる人はいますし、逆に自分もそんな人間になりたいと思っております。
この作品は、そうした自分の「願い」をテーマにした作品でした。夏向たちが生まれ育った倉豆大島には「夢紡大島-椿物語-」という伝承が残っておりました。愛する夫が無事に帰ってきますようにと祈った妻の願いに、島が応え島中に椿の花を咲かせたという物語です。これは勿論お伽話であり現実の話ではないと受け止められていましたが、真実は違っておりました。病弱で自分が夢見た青春を送れなかった楓は、幼馴染たちと過ごす青春を夢見ておりました。そしてその願いに島が応え、本来送る事が出来なかった高校生活最後の夏を迎える事が出来ました。奇跡だと思いますし、ファンタジーだと思います。本当に現実世界ではあり得ない事です。ですけど、本来人生とはこうしたものなのではないかと思っております。手を差し伸べてくれたのが島だっただけで、現実では人が手を差し伸べてくれるのですから。
病弱な楓を救いたくて、沙希は医学の道を志しました。そして沙希によって認可された新薬によって楓は自身の病気を克服したのです。始めから、島の力が無くても楓は自分の願いを叶える事が出来ました。私は、それが楓の人望でありまた願いの純粋さの結果だと思っております。島の奇跡は勿論真実ですし、それによって楓は自分が望んだ青春生活を送る事が出来ました。ですが、夏休みが終わりに近づくにつれて楓の表情は曇っていきました。願いを叶えたはずなのに、なぜか満足していないのです。沙希も夏向も「一足先に現実で待っている」と言ってましたが、きっとこれが答えなんだなと思いました。あの二度と訪れない高校生活最後の夏は、過去にベクトルが向いている願いでした。ですが現実は過去に向かう事はありません。現実世界での願いは、全て未来へ向かうのです。
物語最後、楓は夢の中で叶えた喫茶店を経営するという夢を現実世界で叶えました。それは沙希が認可した新薬を始め多くの人の助けはありましたが、基本的に自分が自分の為の心から願った事からスタートしました。そして夏向もまた、最終的に楓と一緒に喫茶店を経営するという夢を叶えました。楓が願った夢の中で誓った夢ではありましたが、これも夏向が自分の意思で未来へ向かって願った事でした。過去の失敗や後悔をやり直したいと思っても普通は叶いません。それこそ倉豆大島の奇跡でもないと不可能です。ですが、未来へ向かう願いは自分の力で叶える事が出来ます。そして、自分ひとりで出来なければ人の手助けによって叶える事が出来るのです。
思えば、studio ailaの作品はこのように人と人が手を取りあう事を根本とした物が多い気がします。一人では出来なくても二人いれば出来るかも知れない、そしてその為に声を出すことは決して恥ずかしい事ではない、そんな性善説に基づいた物語は読んでいて嬉しくなります。楓が喫茶店を経営したいと言って、誰も反対しませんでした。そもそも、楓の夢の世界に付き合わされて誰からも不満など出ませんでした。そんな風に、皆を巻き込んで皆の事を気に掛ける楓の事を誰もが好きなんですね。病弱で当たり前のことが出来ない楓はこうして夢を叶えました。過程を云々いうのは野暮ですね。あまつそら(=手の届かない遠い所)へ届く夢は、島に咲く椿によって叶いました。そんな風に、皆さんの人生の中でも多くの人と手を取り合ってやりたい事が出来るようになったら良いなと思いました。これからも自分の目指したいものに向けて誰もが手を取り合えるような世界が続く事を祈って、レビューの終わりとしたいと思います。ありがとうございました。