M.M 雨衣カノジョ-A面-




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
5 6 - 74 2〜3 2016/12/24
作品ページ(R-18注意) サークルページ(R-18注意)



<とにかくヒロインである雨衣の魅力と夏の田舎の魅力を十二分に味わって下さい。>

 この「雨衣カノジョ-A面-」は同人サークルである「はとのす式製作所」で制作されたビジュアルノベルです。はとのす式製作所さんの作品では過去に「ボクはともだち。I am not sweetheart.(以下ボクとも)」の方をプレイさせて頂き、非常に整ったシステム周りとキャラクターの魅力を全面に出したシナリオが印象的でした。特にボクとものメインヒロインである「楠本命」は私の周りの多くのプレイヤーのお気に入りとなっており、その愛らしい容姿と透明なボイスはある種の完成されたヒロイン像として心に残っております。そんな魅力的なキャラクターによって描かれたある種禁じ手的な題材を扱ったボクともは、間違いなくC88を代表する作品だと思っております。

 今回レビューしている「雨衣カノジョ-A面-(以下雨衣)」はそんなはとのす式製作所さんのC90での新作です。舞台は2003年の夏、とある田舎に降り立った主人公支倉貴之が雨の中佇んでいるヒロイン雨衣(うい)と出会うところから物語が始まります。むせ返る様な熱気が町中を包んでいるのに、何故か彼女が現れると雨が降るのです。彼女はこう言います、「私は呪われた魔女、私に出来ることは雨を降らすことくらい」と。素性も何もわからないミステリアスな少女は果たして夏の幻想が作り出した幻なのか、それとも確かに現実に生きている普通の少女なのか、それを確かめる事が出来るのは主人公とプレイヤーであるあなたしかいないのです。

 この作品の魅力はとにかくヒロインの雨衣につきます。自分のことを魔女と称しているミステリアスな雰囲気はそれだけでプレイヤーを惹きつけるものであり、嫌が応にも彼女の真相が気になります。また白を基調とした服装は夏の田舎を扱った作品では典型的でありながら、白髪と赤い目はどこか浮世離れした印象を与え一目でプレイヤーの心を掴んでくれます。何よりも服の上からでも分かる豊満なカラダつきが雨に濡れることでより一層強調されているのです。この作品がR-18であることからも期待感が高まります。そして声優はボクともでメインヒロインを担当した沢野ぽぷら氏、彼女の透明な声はまさにヒロイン像にピッタリでありはとのす式製作所さんらしさに思えます。様々な要素が雨衣をヒロインとして成り立たせており、彼女の魅力を掴む事が全てと言って良いと思います。

 そしてもう一つの魅力は夏の田舎の描写です。BGMはクラシックギターや微かなピアノなど穏やかなものばかりで田舎らしさにピッタリであり、その代わりに蝉の音などの効果音がふんだんです。とりわけ背景描写は大変丁寧で、実際の場所をモチーフに水彩画の様な柔らかさで描いております。それが昼の暑い描写、夕方の暮れなずむ描写、そして雨が滴り落ちる灰色の描写と何種類も用意しております。テキストでも田舎らしさを幾つも表現しているのですが、特に気に入っている言葉に「この静寂と停止が昔は怖かった。今はそれが心地よい。」があります。子供の時に感じた田舎の風景と大人になって感じた田舎の風景は同じようで違う、そんな諸行無常の儚さを印象付ける象徴的なセリフですね。

 プレイ時間は私で約2時間20分程度掛かりました。ですが実際は夏の描写と雨衣との会話を楽しんでいるうちにあっという間に過ぎ去ったという感じです。厳密には違いますが選択肢もありませんのでフラグなども気にせず最後まで読む事が出来ます。田舎に住んだことのある人であれば懐かしさを、都会にしか住んだことのない人であれば妄想を膨らませて読んで頂ければより捗ると思いますね。そしてこの作品はタイトルにもあります通りまだ「A面」です。B面ではどのような顔を見せてくれるのか楽しみですね。短い時間で爽やかな気持ちになる事が出来る作品です。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<見方を変えれば、ほらこんなにも世界は鮮やかに見える!という事を教えてくれました。>


「だからきっと、世間的に正しいことばかりしちゃいけないってこと。」


 明らかに途中からこの2人に普通の未来は待っていない雰囲気が漂っておりました。先に待っているのは社会の流れの中に埋もれてしまいお互い添い遂げることが出来ない未来か、全てを捨ててでも一緒に生きる過酷な未来でした。そして、普通の人であれば前者を選ぶんですよね。一時の恋慕に身を焦がすよりも建設的に生きないと社会では生きていられない。その中で幾つもの妥協を繰り返しながら生きていくのです。だからこそ、あの最後の貴之の選択には応援せざるを得ませんでした。自分達には出来ない事ですのでそれを体現してくれて嬉しかったです。

 この作品は雨衣(=和事)の孤高の美しさと夏の田舎の描写が印象的な作品です。ですが実際として雨衣のような浮世離れした存在は地縁血縁共同体である田舎ではなかなか受け入れられる事はありません。保守的と言いますか、人と違う存在を簡単に認める事が苦手なのです。田舎らしさの象徴、それは自然豊かな景色だけではなく住人たちの冷徹なまでの排除っぷりにも現れておりました。まあ吹上家という権力を持った大富豪による息が掛かっているという理由がありますので一方的に彼らが悪いと言うのは早計ですが、同時にそんな雨衣に関わった貴之にすら徹底的に排除しようとする姿勢は露骨で分かりやすい描写だと思いました。

 だからこそそんな運命に抗おうとする貴之の行動力が魅力でした。作中でも「自分から行動しなければ、何も起こらない。」とハッキリ分かっていて、そして行動を起こしたのですから。村八分にされる事が分かっていても彼女と会うことが止められない。周囲からの支援が打ち切られる事が分かっていても彼女と会うことが止められない。雨衣に対する純粋な思いだけでは説明が付かない情熱と行動力にあふれておりました。そして友達の佳風流が良い味を出してましたね。どこか突っ走ってしまう印象の貴之をしっかりと牽制しそれでいて的確なアドバイスを与えてくれました。彼がいなかったら貴之は雨衣と添い遂げることは出来ませんでした。経済的にも心情的にも佳風流の協力があってこそのエンディングだと思っております。

 そしてこの作品では色というものについて扱っております。どんなに美しい景色でも気持ちが沈んでいたら美しいと感じることはありません。これは視覚だけではなく何でもそうだと思います。例えば上司から叱られた時にポジティブであれば「次は間違えないように頑張ろう!」と思えますが、ネガティブであれば「自分はダメな人間なんだ。」と思ってしまいます。同じ言葉でも心の持ち用で全然印象が変わるのです。この作品では心のあり方=色としており、先の見える希望のない未来を悲観した貴之が見える景色の色は全てがくすんでおりました。エンディング直前の東京の景色がやたら暗かったのはその伏線でした。そんな暗い景色を唯一鮮やかにしてくれたのは雨衣という存在。そうであるなら、世間的に間違ってようが両親から反対されようが村八分になろうが、自分が見える景色が鮮やかになる選択肢が一番だと思いますね。

 雨衣にとっても貴之は世の中を鮮やかにしてくれる存在だったと思います。誰にも迷惑をかけないように引き吊った笑顔を貼り付けていた雨衣、その笑顔に何の感情が篭っているのでしょうか。灰色の笑顔、そんな表情をつけたまま一生生きていくんだと思ってました。その表情を外してくれたのが貴之でしたね。さて、あなたの見ている世界の色はどうでしょうか?他人の言葉に心が動きますか?もし色がくすんでいたら是非鮮やかに見えるきっかけを探して欲しいですね。それは仕事でも社会でも何でも大切な事。人生において大切なものは何かという事を考えるきっかけになりました。ありがとうございました。


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