M.M ALLiWs 1 奪われた未来へ




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 - 82 7〜8 2016/12/20
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<難解で複雑な伏線の数々とそれが荘厳なBGMと共に明かされる感覚はまさに「シネマティック」そのもの。>

 この「ALLiWs 1 奪われた未来へ」は同人サークルである「infinity-G」で制作されたビジュアルノベルです。infinity-Gさんの作品はこれまでプレイした事がなく、C90で島サークルを回っている時に初めて手に取らせて頂きました。可愛らしいキャラクターにミステリーを思わせるあらすじはそれだけで興味を引くものであり、壮大なシナリオが待っている予感がしました。予想通り一般的な同人ビジュアルノベルと比較し長いシナリオが待っておりましたが、最後まで緊張感を持って読み進める事が出来ました。

 舞台は現実の日本をベースとした2025年の世界。主人公である桐生月彦は普通の高校生として契明学園へ入学する事が決まっておりました。この学園は普通の学園とは明らかに違ったシステムがあります。それはマスチャーと呼ばれる心を癒す装置があるという事、この学園に通う学生な何かしら事情を抱えた存在なのです。主人公桐生月彦を始め友人である天羽さくら、そして今作のメインヒロインである雨宮冬莉はどのような事情を抱えているのか。そして彼らに降りかかる「謝罪の宿命」とは一体何なのか。歴史や心理学など様々な要素が織り成す物語が幕を開けるのです。

 この作品のジャンルは「シネマティックノベル」となっております。公式HPには「シナリオだけでも、キャラクターだけでもありません。必要なのは物語に没頭できる一体感です。」と書かれております。その宣言通り、テキストのみならず登場人物の描写や動き、そして背景描写やBGMなど全体が一体となった雰囲気を作っております。私にとってビジュアルノベルとは「文章と絵と音楽が一体となった表現物」であり、まさにこのシネマティックノベルの考え方そのものです。そんなビジュアルノベルの醍醐味に溢れた雰囲気はそれだけで価値があり、非常に時間をかけて推敲された様子が伝わりました。

 個人的に一番のお気に入りはBGMです。公式HPでも荘厳なサウンドを目指したと書いております通り、全てクラシックをベースとしたオリジナル楽曲で構成されております。そして緊張感のある場面、日常の場面、考察する場面とBGMの変化で一気に場面の色も変えてくれます。単純に耳に残る曲が多いというのもありますが、それが作品全体の雰囲気を盛り上げる要素となっているのが素晴らしいですね。久しぶりに手に汗握りながらプレイしてました。またこのBGMはプレイ終了後にBGMモードとして全て聞くことが出来ます。作中の印象深い場面を思い出すのに一役買ってくれます。

 そしてメインのシナリオですが、歴史や心理学など思いの他様々な要素が絡み合っており一筋縄ではいかないものでした。予めプレイ時間が長いという事は知っておりましたので始めから真実が明らかになるとは思っておりませんでした。ですが予想以上に伏線の数が多く、本当に最後には全て解決してくれるのか不安でした。この作品に限らず突然舞台も登場人物も変えて象徴的な場面を流すのが伏線の使い方としてよくある事ですが、正直それが多すぎでやや疲れてしまいました。一番気になったのは一人称が誰なのか分かりにくい事ですね。今の視点は誰なのか、そのセリフは誰が話しているのかがパッと見で分からないのです。勿論言葉使いを注意深く読めば分かりますが、気づいた段階でバックログを読み直して止まりながら読み進めるのはややストレスでした。次回作ではせめてセリフ部分だけは誰が話しているのか分かりやすくして欲しいと思いました。

 それでも中盤を過ぎればある程度そうした雰囲気にも慣れ、少しずつシナリオに没頭出来るようになりました。そしてそこからがこの作品の真骨頂でしたね。前半の無数の伏線がちょっとずつほぐされて明らかになっていき、一歩一歩確実に真実に近づいていく様子は絶妙でした。中々良いカタルシスを味わう事が出来ると思います。何よりも物語が後半になるにつれキャラクターに愛着が沸いてき、そのキャラクター達が感情いっぱいに叫ぶのです。これには心動かされましたね。純粋に彼ら彼女らの未来を案じている自分がいました。まさにシネマティック。前半大人しく難解で、後半明らかになってく様子は映画そのものでした。

 プレイ時間は私で約7時間30分程度掛かりました。この作品は全部で7章の構成でして、1章当たり1時間程度の計算です。章についてはシナリオの重要な転換部分でキレイに区切れますので、休憩を挟むのにもプレイを中断するのにも最適です。私自身3日間に分けて2〜3章ずつプレイして進めていきました。提示された伏線を頭の中で整理する意味でも、一気にプレイするのではなく適度に休憩を挟みながらプレイするのが良いと思います。またこの作品は基本無料で最後までプレイできるのですが、有料版ではグッズなどの付加価値もついており大変お買い得です。そもそもこのボリュームのシナリオで基本無料というのが凄まじいですね。是非サークルさんを応援する意味でも有料版を手に取って欲しいです。このシリーズはまだまだ続きます。真の結末を迎えるためにも、是非これからの制作を頑張って欲しいと思っております。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<どんなに不幸な目に遭っても、それでも幸せであろうとする事を諦めてはいけないんですね。>

 振り返れば何ともまあ虚しい勘違いから起こってしまった悲劇でした。戦争という極限の環境が2つの名家の明暗を分けてしまいました。それはもうどうしようもないもの。運が良かったもしくは悪かったというしかありません。では運に見放された方はそのまま不貞腐れて相手を恨んでいれば良いのでしょうか。そうではありませんね。この作品は、どんな境遇になっても幸せで居続けようとする事の大切さを問うたものだと思っております。

 全体を通してやはり雨宮冬莉の頑張りが光っておりました。何不自由ない生活をしていたのに父親の航空事故を切っ掛けに家族と離れ離れになる事を余儀なくされました。それでも一条正寛や長門怜凛といった心許せる存在と出会う事が出来ました。ですがそんな冬莉の最愛の弟である千春が心の病で心を壊され、中学時代には信頼した大人の男にレイプされ、徐々に人を信じる心を失っていきました。それでも彼女は負けませんでしたね。負けないというのは一人でも生きていくんだという投げやりな気持ちになる事ではありませんでした。あくまで自分の過去の真実をあきらかにしたい、そしてもう一度家族みんなで過ごしたい、そんな囁かな幸せを諦めてはいませんでした。最後、雨宮家と長門家の確執が解決できたのは数多くの人の人力があってこそです。ですがその原点は冬莉が諦めなかった事でした。この作品は彼女の半生を描いたドキュメンタリーだと思っております。

 そしてそんな冬莉を本当の意味で支えてくれる存在が現れました。それが主人公である月彦でした。月彦の存在は冬莉にとってどれ程安心できる存在だったのでしょうか。誰も信じられない、誰も巻き込まないで一人で解決していく、そう心に決めた冬莉にとって唯一友達として心を許せた存在が月彦だったのです。ですが同時に月彦が友達になってくれたからこそ冬莉は更に苦しめられる事になりました。月彦の友人である天羽さくらの死、理不尽とは言え月彦が冬莉と友達にならなければさくらは死なずに済んだのです。冬莉はどれだけ自分という存在を呪った事でしょうね。自分のせいで両親がいなくなった。自分のせいで千春の心が壊れた、自分のせいでさくらが死んだ。もう自責の念で自分を殺してしまいそうです。だからこそ、本当に最後の最後で真実が明らかになって良かったと心から思っております。

 そしてこの作品は日本のある意味悪い日本的な部分を分かりやすく表現しておりました。村八分、これは本当に田舎では無視できない事です。私も生まれは山形県の田舎でしたので覚えがあるのですが、冗談抜きで集落全体が家一件一件の事情を知っているのです。情報なんて筒抜け。隠し事が出来ない世界なのです。そんな地縁共同体から弾き出されたらどうやって生きていけばいいのでしょうか。人間らしい扱いを受けられず、日常的に差別を受ける生活です。長門信があのような凶行に出るのも何となく分かってしまいましたよ。人間が悪魔になる瞬間、それは当たり前の日常から生まれるのだなと強く思いました。勿論長門信が行った事は許されません。作中でも「報復は絶対にやってはいけない。同類にみなされる。」と言っております。いくら自分が不幸だからといって、相手に同じ事を強いては一生この連鎖は消えないのです。不幸になってしまったのはしょうがない。大切なのはそこからどうやって幸せになろうとするかだと思います。

 冬莉は本当に頑張りました。そして強い子でした。辛い半生を生き抜いてようやく自分の幸せを掴む事が出来ました。失ったものは決して小さくはありません。それでも残ったものがあります。後はその残ったものを大切にすることですね。そして未来を奪われた人の分も合わせて自分が幸せにならなければいけませんね。幸せは、なろうとするから幸せになるんですね。作中でも「不幸が呼び込むのは不幸しかない」と言っておりました。彼ら彼女らの戦いはまだまだ続きます。雨宮家と長門家の因縁は解決しましたけど、まだ航空事故の真実は明らかになっておりません。何故雨宮誠二は事故に遭わなければならなかったのか、そこにどんな真実が隠されているのか。是非最後の最後で明らかになって欲しいと思いました。続きが楽しみです。


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