M.M A-line
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
7 | 8 | - | 78 | 1〜2 | 2022/9/5 |
作品ページ | サークルページ |
<相も変わらず丁寧なシステム周りとテキストにより、とある初恋を終わらせる物語が紡がれます。>
この「A-line」は、同人サークルである「質量欠損」で制作されたビジュアルノベルです。質量欠損さんの作品は、過去に「そして僕らは世界を壊す」をプレイさせて頂きました。拘りのシステム周り、プレイを重ねていくごとに明らかになるシナリオとギミック、プレイ後の何とも言えない哀愁漂う空気感、大変印象に残る作品でした。その後C100にて島サークルを回っている時に質量欠損さんとお話する事が出来、その時手に取らせて頂いたのが今回レビューしている「A-line」です。A-lineとは、カセットテープの表面の事です。A面とも言いますね。カセットテープなんて私が小学生後半には既にCDとかMOが台頭し始めていましたので、20代の方なんて触った事無いんじゃないでしょうか。このカセットテープのA-lineがどんな意味を持つのか、それを確かめる物語が幕を開けました。
主人公である僕は、年上の幼馴染であるミナちゃんの事が好きでした。ですけど、そのミナちゃんは来月に結婚を控えておりました。ずっと好きだったミナちゃん、今日僕はそんなミナちゃんの家に遊びに行きます。いつも通りに優しく接してくれるミナちゃん、ですがその左手にはキラリと輝く指輪、部屋にはミナちゃんとミナちゃんの夫になる男との想い出が沁み込んでおりました。自由にくつろいで良いよと言うミナちゃんの言葉に甘えで、僕はミナちゃんの部屋にあるものを見渡します。一つひとつの物や想い出に触れながら、僕はミナちゃんとの初恋を終わらせようとするのです。その時目に留まったのが、1つのカセットテープでした。そこには何が収録されているのでしょう。そんな、誰にも知られる事の無い小さな恋の物語です。
前作の「そして僕らは世界を壊す」でも思いましたが、質量欠損さんの作品は本当にシステム周りを含め全ての要素で物語に引き込む工夫がされております。基本的にはテキストを読み進めていくのですが、プレイ開始冒頭はテキストが無く意味深な音声が流れます(勿論この時点で意味は分かりません)。そしてミナちゃんの部屋は緑を基調とした色使いで描かれており、版画を思わせるような線が強いイメージを与えてくれます。何よりも、そんなミナちゃんの部屋を本当に自由に見て回る事が出来るのです。プレイヤーは僕の視点に立ち、気になるアイテムや場所をクリックするとそれにまつわるエピソードをミナちゃんから聴く事が出来ます。そんな風に、能動的に僕の初恋を終わらせる事が出来るシステム周りが素敵でした。
その他の要素として、BGMは喫茶店で流れているかのような上品な物が使用されております。決して主役にならないバックグラウンドとしての役割を理解しており、それでも確かな存在感を与えてくれるものでした。システム周りについて、セーブ&ロードやスキップなど基本的な機能は揃っております。作品の性質上、人によってはセーブ&ロードが必要になるかも知れませんので、有効に活用して下さい。後は効果音が素敵だと思いました。カセットテープを使用した事がある人は分かるかと思いますが、テープを出し入れする時やふたを閉める時のあの「カシャン」という軽い音、テープを早送り&巻き戻しする時のフィルムが高速で動く音は脳裏に刻まれていると思います。本作でもそうした効果音がリアルに使用されており、臨場感を味わう事が出来ます。
そんなシステム周りなどの細かな配慮が印象に残りますが、最大の魅力はテキストにあると思っております。主人公である僕は、今でもミナちゃんの事が好きです。ですけど、ミナちゃんは来月結婚します。ミナちゃんの事を幸せにするために、僕はミナちゃんの結婚を祝福しなければいけないのです。それでも久しぶりにミナちゃんの顔を見て高まる鼓動、それがセリフ一つひとつに滲み出てしまっております。ちなみに、心の中はずっとミナちゃんの事が好き好きな中身となっております。それを悟られまいとしながらも絶妙に出来ていない、そんなリアルな恋心をしっかりとテキストで表現しているのがお見事だと思いました。こんな風に、心の機微を適切にテキストに出来る技術は同じ文字を書く人間として尊敬します。丁寧な仕事をされていると思いました。
プレイ時間は私で1時間10分くらいでした。この作品は主人公の僕がミナちゃんの家を訪ねて、ミナちゃんの部屋にある物を見渡しながら初恋を終わらせに行く作品です。ですが、エンディングを迎えてからそれだけでは終わらない事に気付く事になります。もしかしたら、プレイヤーにとっては思わぬ着地点についたなと驚く結末に思えるかも知れません。この辺りは質量欠損さんですからね。過去作をプレイしていれば一筋縄では終わらない遊び心があると気付けるかもしれません。とりあえず、全ての要素を確認するまで1時間10分程度でした。決して長くありませんので、ゆとりのある午後の一時にでもプレイしてみては如何でしょうか。楽しかったです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<いつまでたっても、恋心は恥ずかしくて情けなくて尊いですね。>
私、恋してる自分は最高に嫌いでした。何故なら、恋って一番自分勝手な感情で自分のエゴの塊だと思っているからです。好きな人と一緒に居たい、それって自分の勝手な気持ちを押し付けている事だと思っております。それで相手が迷惑に感じたら、それ程恥ずかしい事もありませんからね。本当、恋してる人って理性とは程遠い、子供みたいだなと思います。ですけど、それでも恋してる人が輝いて見えるのは、何故なんでしょうね。
ミナちゃんの結婚が決まって、何かと理由を付けてミナちゃんの家にやってきた環。決してミナちゃんと結ばれる事は無いと頭で分かっていても、心のどこかでミナちゃんと結ばれたいと思ってしまってました。ですけど大人な振る舞いをしてミナちゃんを祝福したいと願います。そんな環が唯一幼稚な行動をしたのが、あのカセットテープでした。夫になる人が吹き込んだミナちゃんへの言葉、正直環はズルいと思ったんでしょうね。自分の方が、ずっとミナちゃんの事を見ていたのに。だから、そんな夫の言葉が吹き込まれたカセットテープに、この自分の幼い自分勝手な想いを形に残したいと思ったのかも知れません。それくらい許してくれよと、良いじゃないかと、そんなリアルな心情が痛いほど伝わりました。
そんな環ですが、まさか自分が恋される側になるとは思っても無かったんじゃないでしょうか。ミナちゃんが結婚し、子供が生まれ、その子供があろうことが環に恋してしまいました。頻繁に訪れる高校生の名前は日奈、ああ確かに母親がミナなら娘はヒナというのもゴロが良いですよね。日奈は、環の事が好きでその気持ちを隠す事はありませんでした。自分が会いたいから会いに行きますし、環が自分の母親の事が好きだと知ってもなお自分の気持ちを主張し続けました。恐らく、日奈も内心分かっていたんだと思います。環の心は始めから母親にあるって。それでも確かめずにはいられない、というよりも自分の目と耳で確かめたい、これが環と日奈の違いだなと思いました。日奈、良いキャラしてますね。年齢ばかり喰って大人びてる様に見えるだけの環よりずっと魅力的に見えました。
私はA-lineを最後までプレイして、この環と日奈の対比がとても印象的だと思いました。振り返れば、どちらも同じ高校生でしたからね。環は無駄に大人ぶって自分の気持ちに蓋をし、日奈は相手が迷惑に思うかも知れないという気持ちを壊して自分の気持ちを伝えました。これも、どちらが正解とかそういうのは無いのだと思います。よく「やらない後悔よりやる後悔」なんてセリフがありますが、自分勝手だと思うんです。自分本位で、相手の事を何も加味してないんですから。果たして、自分の気持ちに蓋して大人ぶる環と、自分の気持ちを伝える素直な日奈と、どちらが子供でどちらが大人なんでしょうね。これは、高校生でも大学生でも社会人でも老人でも、誰もが悩み苦しみ考える事なんじゃないかと思います。そんな曖昧で不安定な、それでもギリギリ破綻せず保っているのが人間社会というものだと思います。
最後、日奈は結婚しました。その隣に、環はいません。ですが、少なくとも日奈と環の関係は切れてはいませんでした。「結婚おめでとう」、これはかつて環がミナちゃんに言えなかった言葉です。ですが今回はちゃんと言う事が出来ました。一世代分時間を掛けて、ようやく過去の後悔を払しょくする事が出来たんでしょうかね。環は、きっと今でもミナちゃんに恋していると思います。自分はおじさんになって、ミナちゃんは娘が結婚する年齢になっても、好きな物は好きなんでしょうね。もしかしたら、日奈とミステリー小説という関わりを持ち続ける事が、環の幼稚な想いの残し方だったりするのでしょうか。この辺りが落としどころ、これで無理やり自分の気持ちに整理を付けて、日奈を祝福できる心の余裕が出来たのかも知れません。なんだ、結局はカセットテープから何も成長してはいないではありませんか!いつまでたっても、恋心は恥ずかしくて情けなくて尊いですね。
ダラダラと書いてしまいましたので、そろそろ締めようと思います。最後まで心の機微を丁寧に描いたテキストが魅力的でした。他にも、カセットテープを使った演出や次のシナリオを選ぶUIなど遊び心も沢山あり楽しめました。全体的に穏やかな雰囲気でしたが、その穏やかさは誰もが自分の心に少なからず蓋をしてるからこそ実現しているのかなと考えてしまいました。恋をする事は、やはり大切ですね。結ばれればより良いんでしょうけど、そうでなくても人生の潤いになりますからね。そんな、とある人物の素敵な恋愛を見させて頂きました。ありがとうございました。