M.M 明けない夜が来る前に




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 7 82 1〜2 2022/1/1
作品ページ サークルページ



<登場人物の魅力は随一のもの、それをリアルな背景描写や効果音で盛り立ててくれます。>

 この「明けない夜が来る前に」は、同人ゲームサークルである「幻創映画館」で制作されたビジュアルノベルです。幻創映画館さんの作品をプレイするのも、本作で4つ目になります。様々なジャンルの作品を制作されている幻創映画館さんですが、そのどれもに共通なのが登場人物の真っ直ぐさだと思っております。裏表を抱えていたり単純に素直だったりと様々な登場人物が現れますが、誰もが自分の気持ちに正直で嘘をつけません。そんな彼ら彼女らのひたむきさに、毎回泣かされてしまいます。今回プレイしている「明けない夜が来る前に」は、幻創映画館さんが2010年に制作されたものがリメイクされた2021年版です。元々2010年版をプレイしていない私にとっては新作も同然です。新しい幻創映画館さんの作品のつもりで、楽しみにプレイさせて頂きました。

 物語の始まりは劇的でした。主人公である蒼矢は、ある日目が覚めたら慣れ親しんだ街の中心にしました。代り映えのしない風景ですが、自分が何故ここにいるのかそれまでの記憶が曖昧でした。すると、近くに人だかりがあり救急車の音が響いていました。近くの人に尋ねてもまるで反応がありません。途方に暮れている蒼矢ですが、目の前に一人の女の子が現れます。彼女の名前は霧里夕美(読み方はきりさとゆうみ)、リベレイターというアルバイトをしている彼女から衝撃な言葉を聞きます。「あなたは、もう死んでいます」。突然自分の死を告げられた蒼矢、そしてそんな蒼矢の魂を刈り取る為にやってきた霧里夕美、そんな2人の少し甘酸っぱく物悲しい物語がここから幕を開けるのです。

 冒頭書きましたが、幻創映画館さんの魅力として登場人物の真っ直ぐさと書かせて頂いております。この作品に登場する蒼矢と霧里夕美もその例にもれず、素直な立ち振る舞いを見せてくれます。ですが、正直霧里夕美については想像以上の真っ直ぐさでした。この作品の一番の魅力は、霧里夕美という登場人物のキャラクターだと思っております。夕美は死んだ人の魂を刈り取る仕事をしております。ですがまだ仕事を始めて間も無く、何よりも鎌を振るだけの勇気を持っていないのです。そんな夕美に対して、魂を刈られる側である蒼矢の方が気を使い夕美が魂を刈れれる様お手伝いをします。どこか立場が逆転してしまったかのような関係が微笑ましく、それでも一生懸命死者の魂を刈る為にそして蒼矢の未練を解き放つために奮闘する姿がとても微笑ましいです。勿論、既に蒼矢は死んでおりますので微笑ましいだけではない展開が待っております。きっとその時は、誰もが夕美の存在が愛おしくそして応援したくなっている事と思います。とても可愛らしく素敵な人物でした。

 その他の点として、効果音や背景の緻密さが特徴です。効果音は、救急車が到着する様子や鎌を取り扱っている音が大変生々しくとてもリアルです。音質が良いのでしょうか、非常にクリアに聞こえるのも良かったです。背景も、実際の街並みを取材された様子がハッキリと伝わりました。また物語途中ゲームセンターに行く場面があるのですが、ここでの拘りっぷりは必見です(シナリオ上のネタバレはありませんが、敢えてここでは記載しない事にします。元ネタを知っている方なら笑ってしまうと思います)。他にも、BGMはいつもの通りオリジナルでクラシック調のサウンドが心地よいです。パッケージ版ではサウンドトラックついておりお得ですが、作中でも本編クリア後にミュージックモードが登場しますので安心です。エンディング曲はボーカル曲であり、アップテンポなサウンドが心地よい余韻をもたらしてくれます。

 プレイ時間は私で1時間30分くらいでした。選択肢は無く、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。この作品はヒロインである霧里夕美のみフルボイスです。声質とキャラクターが大変合っておりますので、是非声を飛ばさずプレイして欲しいですね。サークルさん想定プレイ時間は2時間ですので、映画一本見る感覚で読み終えられると思います。まさに幻創映画館ですね。そして、読み進めて頂ければ分かりますが中盤まで行けば何となくエンディングまでの時間が読めると思います。きっとこういう展開があってクライマックスなんだろうなと要素が付くという事です。果たして、その予想があなたの想像通りかどうか是非確かめてみて下さい。彼らが何を感じ何を思いどのような行動をとるのか、その生き方を感じてみて下さい。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<今日で命が終わるとしたら、最後に何を願いますか?>

 もし、明日死ぬことが今から分かったら自分は何をするのでしょうね。きっと妻と死ぬまでずっと語り合って抱き締め合ってそのままなのでしょうね。ですけど、病でもない限り人は自分がいつ死ぬのかなんて分かりません。明日が当たり前の様に来ると信じて疑わないのです。でも決してそうではない、そんな今生きている事の有難さをしみじみと感じる作品でした。

 蒼矢は元々生きるという事に対してそこまで真剣に考えていませんでした。何となく生きているだけであり、強いて言えば女の子と付き合ってみたいといったありふれた事を考えている男の子でした。そんなだからですね、自分が死んだというのにどこか達観していると言いますか物分かりが良いのは。こんな死人、経験が浅い夕美にとっても初めてでした。思わず「どうして落ち着いているのか?死を惜しまないのか?未練は無いのか?」と尋ねてしまう程です。きっと、夕美には蒼矢がどこか儚く見えたのかも知れません。そして、そんな何もない風に消えてしまうのが許せなかったのかもしれません。そこで、唯一の望みである彼女になり彼女らしい事をするという希望を叶える事にしました。これが、否応にも生と死の絶対的な壁を認識させられるとその時の蒼矢と夕美は知りませんでした。

 ご飯を食べに行っても自分は食べる事が出来ない、漫画を読みに行っても自分で本を開く事が出来ない、ゲームセンターに行っても自分でプレイする事が出来ない、極めつけにはプリクラを取っても写る事すら出来ない、2人で恋人らしい事をしようとすればする程、生と死の絶対的な差を認識され続けました。夕美は謝るばかり、ですが蒼矢それに対しても仕方がないねと諦めた風でした。夕美にとっては救われる言葉かも知れませんが、やはりどこか納得していない様子でした。ターニングポイントになったのは、同じく死んでしまい幽体になってしまった猫との出会いでした。

 幽体になった猫は、頻りに鳴いてました。ただ、自分達は人間ですので猫が何を言いたいのかが分かりません。それでも「生きたかった」というシンプルな想いは伝わりました。そんな想いだけで、この世に未練を残し幽体になってしまったのです。人間が食物連鎖の頂点に君臨してしまった以上、それ以下の動物の生殺与奪は人間に握られてしまっていると言っても言い過ぎではありません。簡単に言えば、人間の都合で猫など簡単に死んでしまうのです。人間であればしょうがない事と思えますが、猫にしてみたら唯の理不尽ですね。まだまだ生きたかったのに人間に殺されてしまった、そんな猫の素直な嘆きに2人は心を揺さぶられました。最後、手を繋ぎ街を見下ろせる丘に2人はやってきました。そこで、蒼矢は隣にいる心優しい女の子の事が本当に好きだという事に気付きました。そして、街の灯りを見てどうして皆は生きているんだろうと思いました。やりたい事に向き合って、精一杯時間を使って、初めて蒼矢に未練が生まれました。そんな蒼矢の事を、夕美は優しく包んでくれましたね。彼女の優しい心に、きっと多くの人が救われるのだろうと思います。

 それでも、蒼矢と夕美が過ごした僅かな時間は無駄にはなりませんでした。夕美は蒼矢が勧めてくれた漫画を読んでました。そこから、クラスメイトとの会話の切っ掛けが生まれてました。もしかしたら、こんな些細な事が夕美の人生を動かす事になるのかも知れません。ですが、それは誰にも分かりません。明日死ぬかもしれないのですから。大切なのは、私も含め今生きている人達はこの瞬間をどのように生きているのかだと思いました。「今日で命が終わるとしたら、最後に何を願いますか?」そう言われた時に、すぐに答えられるような人生を送りたいと思いました。もっと言えば、言われなくても今やっている事がそれだと自信をもって言える人生が良いなと思いました。自分の場合は、ネタバレ有り冒頭で話した通りです。あなたにとって、明日死ぬとしてやりたい事は何ですか?そして、そのやりたい事が出来る環境にありますか?願わくば、やりたい事をやりながら生を全うしたいと思いました。ありがとうございました。


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