M.M 放課後のガーネット




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 7 79 4〜5 2024/6/26
作品ページ(なし) サークルページ



<リアルな等身大の高校3年生が織りなす、人生観に訴える物語が幕を開けます。>

 この「放課後のガーネット」という作品は、同人サークルである「IDEAL Software」で制作されたビジュアルノベルです。IDEAL Softwareさんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。切っ掛けですが、私とcrAsmの代表である倉下さんとで行っているビジュアルノベルオンリーというオンラインイベントに参加頂いた事です。イベント企画の中で放課後のガーネットを紹介させて頂いたのですが、この時は全てのテキストを読み終わった訳ではなく序盤でストップしていました。先の展開が気になりながらも中々プレイに着手できず、このタイミングになってしまいました。コミックマーケットでパッケージ版を買わせて頂いた縁もあり、改めて初めからプレイし直し今回のレビューに至っております。

 主人公である千種拓未はどこにでもいる普通の高校3年生です。部活動等には所属しておらず、何となく日々を過ごしております。元々何かに熱中したり人と付き合ったりする事が苦手で、意識的にそうした環境を避けておりました。無難に高校生活が終わるのだろう、そう思っていた所に担任である榎本俊秋先生から「交流部に入らないか?」と声を掛けられました。なし崩し的に参加した部活動には、裸にブレザーを着る郷田亮、ほわほわして読書好きな榎本夏希、そしてかつて小学校時代に一緒に遊びその後引っ越しで離れ離れになった幼馴染の藍川瑠璃がいたのです。ですが藍川と旧交を温め合う訳でもなく、他のメンバーとも何となく過ごそうと千種は心に決めていました。そんな惰性から始まった部活動の先に、果たしてどの様な結末が待っているのでしょうか。人生観を考えさせられる物語が、こうして幕を開けました。

 この作品の特徴、それはリアルで等身大な高校3年生達の立ち振る舞いです。皆さんはどの様な高校生活を過ごしたでしょうか?山あり谷ありだったと思いますが、当時は色々なものに流され気付いたら3年生を迎えていたのではないでしょうか。漫画のようなドラマチックな生活を送った人など、まずいません。誰もが多かれ少なかれ共通項のある生活をしていたのではないでしょうか。この作品に登場する4人もそんな感じです。主人公は無気力ですし、郷田は変な趣味はありますが特別超人という訳ではありません。榎本も特徴のない文学少女、唯一幼馴染との再会というドラマチックな状況になり得た藍川ですら特に何も無いのです。そんな本当にリアルで等身大な登場人物の姿を、丁寧なテキストで表現しております。ただ、皆さんも表向き普通に振る舞っている様でも内心は色々なことにドキドキし振り回されていたのではないでしょうか?その辺りも再現しており、そんな姿が垣間見れてからが本番となるのです。

 その他の特徴として、様々な素材がオリジナルです。BGMは全てオリジナルで、個人的には学校生活の日常で流れるマリンバサウンドの曲がお気に入りです。また主題歌もあり、手作りのオープニングムービーが華を添えてくれます。背景素材は一部フリー素材ですが、主要な部分はオリジナルに見えました。通学路や学校風景は、数多くの同人ビジュアルノベルをプレイされている方であればお馴染みですね。システム周りはティラノスクリプトをベースとしており、不自由なくプレイ出来ました。基本的に読むという動作を阻害する事は無く、自分の読みたいペースで読めたので満足でした。プレイ後にはそんなオリジナルのBGMやオープニングムービーを鑑賞する事が出来ますので、是非最後までプレイして欲しいです。

 プレイ時間は私で4時間10分でした。選択肢は無く、一本道で最後まで読み進めることが出来ます。物語の始まりがもう高校3年生になってからですので、自ずとゴールは想像できると思います。高校生活最後の1年間を共に過ごす同級生同士が、どのようにシンクロするのかを楽しんで下さい。プレイすれば分かりますが、途中分かり易い明確な変化点が存在します。私はそのタイミングで休憩を挟む事で、集中力を切らさずプレイ出来ました。4時間たっぷり楽しんだなと、改めて振り返っております。そして、プレイ後にはきっと自身の高校生活を振り返る事になると思います。彼らの事を羨ましく思うか、それとも「こんな物か」と思うか、それもまた皆さんの高校生活に寄るのでしょうね。私は、羨ましいなと思いました。何故羨ましいと思ったかは、ネタバレありで書かせて頂きます。良い作品だったなと、心から思える内容でした。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<肩肘張らず何でも話す事が出来る関係、なんて羨ましい!>

 最後までプレイして、じんわりと温かい気持ちになる事が出来ました。等身大な登場人物が等身大で過ごした交流部としての1年間は、4人全員にとって掛け替えの無いものとなりました。それはきっと、肩肘を張らずありのままで話が出来る関係を築けたからだと思っております。

 人とコミュニケーションを取る事を避ける千種ですが、それは人間誰もが持っている普遍的な感情からでした。それは「嫌われるのが怖い」という気持ちです。恐らく、世の中の多くの人が嫌われるのを良しとしないのではないでしょうか。人生経験を積めば、誰からも好かれるなんて不可能と理解し嫌われてもそれまでと割り切る事が出来ます。ですが彼らはまだ高校生ですのでアイデンティティが確立していません。嫌われる選択肢を選ぶのには、それ相応の勇気が要ります。そんな勇気を振り絞るくらいなら、初めから深く関わらなければ良いと思うのは自然な事です。千種は決してコミュ障ではありませんでした。普通に周りと話を合わせたり出来ますからね。あくまで、周りに嫌われない為のコミュニケーションを徹底していただけでした。そしてそれは、言い換えれば周りに自分らしさの像を勝手に押し付けていたと言えると思います。

 千種だけではなく、交流部の誰もが人の顔色を伺い、自分で勝手に決めつけている自分の理想像を押し付けていました。榎本はクラスでいじめられていました。いじめについて、私は単純に不幸な出来事だと思っており本人に何も責任や落ち度はないと思っております。ただ、榎本はいじめられている事実を決して家族に見せまいとしていました。いじめられている事実が明るみに出たら、大好きなお兄ちゃんに心配を掛けるからです。そして、お兄ちゃんに好かれ続ける為に誕生日プレゼントを毎年アップデートしてました。そうしないと飽きられると思ったからです。ですけど、それは榎本の勝手な思い込みでした。お兄ちゃんは、始めから見返りなんて求めていませんでした。そして、自分の事を嫌っていると思っていたお母さんは誰よりも榎本の事を愛していました。一生懸命描いた絵が破られそれを取りに行ったお兄ちゃんは、交通事故に合ってしまいました。そんな榎本にとって死ぬしかないと思った出来事は、実は些細な事だったんです。その事に気付いた榎本は、肩の荷が下りて優しい表情になってました。いつの間にか、自分で自分の首を絞めていたんですね。

 最も適当に生きていそうな郷田も、勝手に決め付けた自分の理想像を押し付けていました。普段適当にしていそうで、裏で人一倍努力していたのは自分の理想像を守る為でした。ある程度適当に生きる為には、最低限やる事やってないと周りが認めませんからね。ただ、郷田は努力する事=恥ずかしい事だと思っていました。必死な姿って、確かに人に見せたくないと思いますからね。今だからこそ努力する姿はカッコいいと思いますけど、まだ高校生の郷田には難しかったのかも知れません。だからこそ、文化祭を終えた時に勉強するから交流部を辞めると言えたのは立派だと思いました。前の郷田なら、交流部で余裕そうに振る舞いながら陰で勉強を頑張ったのでしょうね。でもそれだと本当に厳しいと思い、自分の理想像と学業を両立出来ないという弱さをちゃんと周りに言う事が出来ました。それはきっと、努力を笑わず認めてくれる仲間だと確信したからだと思っております。

 藍川は榎本や郷田ほど意図的にキャラクターを意識していたとは思いませんでしたが、常に周囲の目を気にして周囲の期待に応える生き方をしていました。ですがその実はかなりの情熱家で、日々様々な感情が心の中を駆け巡っていました。お菓子作り勝負で郷田に負けたときは、本当に悔しかったのでしょうね(この時おそらく郷田は、裏で必死に努力していたのでしょう)。それでもクールに振る舞っていた藍川、そして心の中心にいつの間にかいたのは大好きな千種でした。好きなのに好きと言えない、それどころかかつて小学校時代に楽しんだ時のように振る舞えない、それを千種がアプローチしないからと言い訳して自分を納得させていました。そんな藍川が、自分から千種に告白したんですからね。立派だと思いました。人を好きになるなんて、ある意味1番クールから遠い姿ですからね。それだけ交流部のメンバーと信頼関係が築けた結果なのかなと思っております。

 そして主人公の千種は、交流部の1年間で「自分は人といるのが好きだ」という事を自覚しました。それが真実なのですから、しょうがないですよね。後は、人といる為の行動を取るだけでした。一緒にバンドをやろうと声を掛けたり、榎本と郷田に「がんばれ!」と声を掛けたり、4人で会おうと声を掛けたり、明らかに前の千種では起こさなかった行動でした。そして、これは千種が変わったからだけではありません。千種が変わることを受け入れてくれる交流部の皆が相手だからです。私がこの作品の中で一番好きなセリフは、千種の「俺は、ダメだった。やりたいこと見つかってないや」「大学に通いながらゆっくり探してみるよ」でした。周りの皆が明確な目標に向かって進む中で自分は目標が決まっていない、それはきっと後ろめたさになり弱さにも見えると思います。それこそ、ガッカリさせて嫌われるかも知れませんからね。でも千種はこのセリフを言えました。正直で素直で良いなと思いましたね。これが、交流部の良いところなんです。

 この作品を通して、人とコミュニケーションを取るために大切な事を学びました。それは自分の事に真っ直ぐ向き合う事、そして自分の素直な気持ちをありのままに出す事、最後に相手のそんな素直な気持ちを認めて受け入れる事です。この3つを、4人は交流部で過ごす1年間で自然と学ぶ事が出来ました。肩の力を抜いて会話できる関係、なんて羨ましいのでしょうね!いわゆる心理的安全性の高い環境とは、この交流部の様な環境の事を言うのだと思います。10年経ってまだ交流している姿から、本当に一生ものの関係を築けたんだなど素敵に思いました。人生の中でこうした関係を築ける人、一体何人いるんでしょうね。その為にも、上で書いた3つを自分も実践していきたいと思いました。決して派手ではない穏やかなシナリオの中で、人生の中で大切な事を学ばせて頂きました。こういうのを読みたかったんですよ!素敵な作品をありがとうございました。


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