M.M after grow




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 - 81 1〜2 2020/6/8
作品ページ
(サークルページと同じ)
サークルページ 体験版

本編



<ビジュアルノベルの良さを良く活かしており、丁寧に作り込まれた構成が素晴らしかったです。>

 この「after grow」という作品は、同人サークルである「studio aila」で制作されたビジュアルノベルです。本作はstudio ailaさんの処女作であり、C95にて頒布されました。当時私も島サークルを巡っていましたので手に取っていた筈なのですが、その時は何故か入手出来ずその後BOOTHで販売されたリメイク版を手に取らせて頂きました。after growのタイトルの通り、夕焼けがとても美しいスチルが目を惹きました。本来、夕焼けや夕映えを意味する英熟語はafter glowです。微妙にスペルが違うのも、きっと意味があるんだろうなと思い想像力を掻き立てられます。そしてあらすじを読めば、どうやら死に向かっていく登場人物の話であるとの事。夕焼けという一日が終わる光景を題材にして死をテーマにしている作品という事で、どこか重く物悲しいシナリオが待っているのかなと思わせます。こういったものは自分の好物ですので、良い意味で期待してプレイし始めました。

 主人公である皆川陸は高校3年生です。陸の生い立ちは、人よりも少し不幸なものでした。幼い時に父親が浮気をして離婚し、ずっと母親一人で陸を育てていました。その母親も脳梗塞で他界し、ついに天涯孤独になってしまいました。生きる宛てを無くし何となく街を歩いてたら、目の前に一匹に猫がいたのです。その猫に導かれるように歩いていった陸、その先には街を見下ろせる小高い広場と、ギターを持った一人の女性の姿がありました。名前は唯鈴、快活な振る舞いで陸と話をする彼女は、次第に陸に興味を持ち始め陸を構成させる社会復帰プログラムを打ち立てます。唯鈴に半ば強制的に振り回される羽目になった陸ですが、何だかんだでこの生活を楽しみだしている自分がいる事に気付きました。ですが、どうして唯鈴はここまで陸に世話を焼くのでしょうか。その理由を陸が知るのは、ずっとずっと先の事になるのです。

 この作品で扱っているテーマは「死」です。死は全ての人間が避ける事が出来ない事象であり、いつか誰の身にも降りかかります。死を迎えたら自分という命が無くなってしまうのです、怖いですよね。だからこそ、人は死にたくないと思いますし生きているうちに幸せになろうとするのだと思います。きっと、自分がこの世界に生を受けた証を残したいのだと思います。そうやってたとえ体が死んでも誰かの心の中に生きていたい、そんな風に思っているのではないでしょうか。そして、たとえ死までの時間が人よりも短くでもその限られた時間で出来た事は必ず後世に残ります。大切なのは、時間ではなく行動するか否かなのかなと思いました。どれだけ長生きしても何もせず何となく年老いた人、余命短い中で何か一つでも自分らしいものが出来た人、生き方は人それぞれですが私だったら後者の方が後悔が少ない気がします。この作品を通して、きっとそんな風に自分の人生について考える事になると思います。

 その他の特徴としてはBGMが挙げられます。この作品のBGMは全てオリジナルで、全部で14の曲が収録されております。それぞれジャンルは様々ですが、やはりヒロインである唯鈴がギターを持っているという事でギターの楽曲は割と印象的でした。作品とよくリンクしていると感じるのはオリジナル楽曲のなせる技ですね。そして、夕焼けをタイトルにしているという事で夕焼けの背景が非常に多かったです。特に主人公である陸とヒロインである唯鈴が出会う広場の背景はきっとオリジナルであり、象徴的な場所になっております。後はスチルの使い方が上手でしたね。枚数こそ多くはありませんが、ここぞという場面では必ず登場してくれます。本当見せ方が上手いなと思いました。他にも、立ち絵の大きさを変えて遠近感を出したり細かい工夫を見る事が出来ました。かなりスクリプトに時間を掛けられたのではないでしょうか。それが伝わりました。

 プレイ時間は私で1時間30分でした。選択肢はなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。調度映画一本分くらいのボリュームであり、割と場面転換はサクサク進みますのでいつの間にか読み終わってしまったという印象でした。それだけ背景やBGM、そして死をテーマにしたシナリオに引き込まれたという事なんだろうと思います。始めからテーマを提示してますので心構えを持つ事も出来ますし、その辺りもよく考えて構成されていると思いました。ここまで読み手の立場に立った作品を読んだのは本当久しぶりかも知れません。短いながらも一本丁寧なシナリオですので、是非多くの方々に読んで頂きたいです。この作品を切っ掛けに、是非自分の人生について考えてみては如何でしょうか。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<やりたい事があったら声に出してみよう、頼りたかったら人に頼ってみよう、それは何も恥ずかしい事ではありません。>

 自分の運命は自分の物、だから人に言っても仕方がない。陸も唯鈴もお互いにそう思っていました。ですけど、たとえ適切なアドバイスが貰えなくても言葉に出して外に吐き出すだけで気持ちが楽になるという事は必ずあります。この作品は、死に向き合う2人がお互いに助け合う事で生きる事を選択した物語でした。

 ネタバレ無しでも書きましたが、本当に構成が上手いと思いました。物語冒頭、私達プレイヤーは唯鈴が余命2年であり残り少ない余生をギターを弾いて過ごそうとしている事を知ってしまいます。ですが、陸は唯鈴の境遇を知らないので自分の両親が死んでもう生きていても意味がないという事を赤裸々に吐露してしまいます。正直私はハラハラしました。生きたくても生きれない人に、生きれるのに死のうと思うなんてとても言えないからです。ですけどそれは仕方がない事です。何故なら、陸は唯鈴の事を知らないのですから。明るくて何でも聴いてくれそうな人が自分の事を話してみてというから、それに従って陸は話しただけでした。ですが、そうしたらその女の人に頬を叩かれたのです。陸はビックリしたでしょうね。突然目の前の知らない人に叩かれたのですから。そしてその女の人から「それは、卑怯だよ!」と言われました。この言葉は、そっくりそのまま自分の気持ちの裏返しでした。

 唯鈴は自分の死を受け入れていました。ですが正確に言えば、自分の死を受け入れている振りをしているだけでした。全然受け入れていなかったのです。諦めたつもりでも諦めきれませんでした。それが、陸の少しずつ自分がやりたかった事を成し遂げていく様子をみて気付かされました。その気持ちを、唯鈴は「嫉妬」という一言に集約していました。嫉妬するという事は、なりたい自分がいるという事の裏返しです。自分が本当に死を受け入れていたら、嫉妬なんてしませんからね。死にたくないし生きたい、それが唯鈴の嘘偽らざる本音でした。だからこそ、一緒に歌いたいと言ってくれた陸の為に生きようと決意したのだと思います。1年待ってという言葉に、強い決意を感じました。私だったら、毎日来て励まして位の事を言ってしまっていたかも知れません。ですが唯鈴はそれを言いませんでした。もう絶対に生き抜いてやるという決意の表れ、死を跳ね返した証拠だったと思っております。

 そしてこの作品は死に向き合うと同時に、自分の気持ちを曝け出す事の大切さも伝えておりました。陸は元々人とコミュニケーションを取る事が苦手ですので、自分から積極的に他人と話をしようとしませんでした。当然、誰かに働きかけて行動しようなんてするはずがありません。ですが、今回唯鈴の計らいがあったとはいえバイトを行い文化祭で演劇の主役を担う事になりました。陸は人と心を通わせることを恐れていました。拒否されるのが怖かったからです。ですが、いざ突っ込んでみたらそれ程怖い事はありませんでした。自分もそうですけど、誰かに嫌われるのがとても怖いんですよね。拒否されるくらいなら何もしない方が良いと思う事はよくあります。なのに、誰かと繋がっていたいとも思うんですよね。自分で言いながらとても面倒くさい性格だと思います。そういう時は是非飛び込んでみよう、この作品ではそんな事を伝えているように思えました。案外、飛び込んでみると何とも無かったりしますからね。文化祭は成功しましたし、陸も自分自身の「青春したかった」という本音に気付けました。これが出来たのは、唯鈴と貴久のお陰ですね。

 物語最後、after growを演奏し歌う2人の男女の姿がありました。それは自分の死と向き合い、そして生きたいと願いそれを叶えた2人の姿でした。まさか、after growの由来がそんな単純なものだとは思いませんでした。"l"からなんか成長した気がするから"r"とか!まあこの位が調度良いのかも知れません、既にafter glowという曲はありますからね。多くは語られていませんでしたが、少なくとも陸がギターを引いて唯鈴が歌を歌っているだけで充分なんだと思います。その他細かい事は、まあどうとでもなりますからね。何故なら、2人ともその方法を知っているのですから。やりたい事があったら声に出してみよう、頼りたかったら人に頼ってみよう、それは何も恥ずかしい事ではありません。それをこの作品から教えて頂きました。毎日エネルギッジュに生きる事は難しいかも知れませんが、せめて自分らしく生きていこうと思いました。ありがとうございました。


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