M.M 36万5千の夜を越えて Completed artificial God




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
5 5 - 68 3〜4 2016/12/24
作品ページ(無し) サークルページ



<目まぐるしく変化していく時代と場面の中で、登場人物たちの着地点を探しながら読み進めてみて下さい。>

 この「36万5千の夜を越えて Completed artificial God」は同人サークルである「伝達者教団」で制作されたビジュアルノベルです。伝達者教団さんの作品をプレイしたのは今作が初めてでした。C90で同人ゲームサークルを回っている時に手に取らせて頂きました。正直に言いましてタイトルに惹かれましたね。36万5千の夜、つまり365,000日ですよ。年数にすれば1,000年です。巫女の姿をしたヒロインがもの鬱げな表情をしている姿からも、壮大な時代物である事が連想されました。そして副題がCompleted artificial Godです。完成された人工神?こちらからはSF的な香りがします。いずれにしても設定の深い壮大な物語が読めそうと思い、今回のレビューにまで至っております。

 主人公である月見里美月はどこにでもいる普通の大学生。特別真面目でもなくかと言って不真面目でもなく、快活な性格ですがまだまだ将来のビジョンが見えていない当たり前の大学生でした。そんな彼女の趣味はコスプレでありオタク文化全般。いわゆる腐女子という奴ですね。この日も彼女はとある取り壊しが決定した神社で巫女のコスプレをしていました。すると突然彼女の目の前に一人の青年が現れました。彼の名前は影月千夜。しかも彼は帯刀しており、目の前の空間から現れたのです。彼は言いました、「新たな歴史の伝達者になって欲しい」と。普通の大学生であった月見里美月が時間と世界を股にかける物語がここからスタートするのです。

 この作品をこれ以上ネタバレ無しで語るのは、実はかなり難しいです。世界設定や取り扱っているテーマは作品の本質に触れるものばかりであり、不用意に言葉にする事が憚られます。登場人物の正体も主人公月見里美月以外はその名前から既にネタバレであり、多くを語る事は出来ません。公式HPも存在しないのはそうした意図があるようにも思えます。ただ言えるのは世界感が非常に壮大であること、そして常に着地点を模索しながら読み進めなければいけないという事です。目まぐるしく変化する時代と場面、そして登場人物達の立場と心理描写で何が正しくて何が間違っているのかもどんどん変化していきます。自分だったらどう動くか、彼らはどのような選択をするのか、それを想像しながら読んでみて下さい。

 背景やBGMなどはフリー素材を使用しているようで、オリジナル要素はそこまで多くはありません。それでも作品の雰囲気に合致したものを選択しており、違和感を感じる事はありません。システム周りはLiveMakerの基本的な設定が組み込まれておりますので特出するべき事はありません。ただ予めゲームディスクをPCに挿入しておかないとセーブ場面で「ディスクがありません」とエラーが出てしまいます。ゲームの進行には何も影響はないのですが、ちょっとビックリしますのでインストールしたらそのまま取り出さずプレイする事をオススメします。

 プレイ時間は私で約3時間15分程度掛かりました。この作品は幾つかの章に分かれて構成されており、それぞれ約30分程度で区切られております。また章と章の間には幕間がいくつか用意されており、本編の内容を補足するシナリオが用意されております。セーブするタイミングもこの時が調度良いと思いますね。幕間は読むこと必須ではありませんが、このタイミングでしか読めませんので何も考えずに選択した方が良いです。是非全てのテキストを読み、最終的にどのような決断をするのか納得して欲しいですね。1,000年の夜を越えた先に何が待っているのか、それを見届けられるのはプレイヤーであるあなたしかおりません。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<大切なのは今この瞬間を一生懸命生きるという事。そして死が迫った時に後悔しないという事なのかも知れません。>

 始めから怒涛の展開で驚きました。まさかいきなり天照大神が登場し西暦2,500年の人類が崩壊する時へ時空移動するのですから。しかもその未来では人類は500億人いるにも関わらず365番を除きその他全員が人の程を成してなくて、その365番も死してしまうのですから。そしてそこから更に1,000年後の西暦3,500年で再び365番と364番の因縁が表面化します。目まぐるしく変化する状況の中でこの作品が何を言いたいのか掴むのが大変でしたが、最後の最後でちゃんと月見里美月が語ってくれましたね。この作品は生きるという事や死ぬという事、生き物として必ず向き合わなければいけない事についてある種の究極な世界設定を用い表現してくれました。

 人はいずれ死ぬ、この事は誰でも理解している不変的で当たり前の事です。ですがそれを受け入れられるかどうかといえばそう簡単な事ではありません。死ねばその人の人生は終わります。何かやり残しても取り戻す事は出来ないのです。そして死後の世界がどのようなものかは誰も分かりません。永遠の闇が待っているのか、天国や地獄が存在するのか、生まれ変わりがあるのか、誰もその答えを知らないのです。そんな先の見えない漠然とした不安が、死に対する恐怖に繋がるのだと思います。もし永遠に死なない不老不死が叶うとしたら、あなたは手を伸ばすでしょうか?こればっかりはその瞬間に立ち会わないと何とも言えないですね。不老不死なんて絶対に後悔する、そう思っていても目の前に選択肢があるのと無いとでは違うと思いますね。

 365番は不老不死になってしまった事で自分の願いを叶える為に全ての人類を道具として利用する選択をしました。彼にとって、きっと命の重みというものは殆ど失われてしまったのでしょうね。唯一自分と対等に接してくれた364番が蘇るのであればその他の命なんてどうでもいい、地球環境もどうなったっていい、それがあの西暦2,500年の姿なのだと思います。本編では最終的に365番と364番はまるで兄弟げんかの様な闘いを通して遊ぶ事が出来ました。そしてその後ちゃんと死ぬ事が出来て黄泉の国へたどり着く事が出来ました。あの時もし365番が死なずに永遠の命を持ち続けていたら、きっと虚しさしか残らなかったと思いますね。不老不死になるという事は、死の恐怖から開放されるだけではなく生の喜びからも解放される事だったのです。

 その事に月見里美月は気づいたからこそ、死を知らない人達に死を受け入れてもらおうと決意しました。天照大神の策略で死という概念を知らない西暦3,500年の人たち。一見何も悩みを抱えておらず平和そうに生きておりましたがあまりにも歪に見えました。自分たちがどこから生まれて何処へ行くのか知らないのにそれに疑問を持たないのです。たまたま老人が神隠しに会った、それが全てだと思っているのです。作中でも「辛いけどいつかは立ち向かわなければいけない」と言っておりました。死の場面はどうしても辛いですし寂しいです。だからこそそれを受け入れてその上で生の時間を謳歌しなければいけないと思いますね。私たちも同じです。死という言葉は日々のニュースで当たり前の様に聞いてしまいます。交通事故、自然災害、テロ、その度に「○○人死亡」と言っております。ですがそれはあくまで対岸の火事。自分の身近に死が降りかかって、初めて死を実感するのだと思います。

 月見里美月は伝達者の仕事を「一生懸命生きることの意味を今の時代の人たちに教える事」と言っておりました。天照大神が何と言おうとも、西暦2,500年の真実と西暦3,500年の姿を見てそう決断したのであればきっとそれが真実なのだと思います。日々の生活の中で死を実感する事など中々ありません。大規模な自然災害や事件に巻き込まれた経験でもないと難しいです。私もこれまでの人生の中で死ぬかと思った経験はありませんからどんなものか正直分かりません。ですが、死を理解すれば同時に生も理解出来るのだと思います。大切なのは今この瞬間を一生懸命生きるという事。そして死が迫った時に後悔しないという事なのかも知れません。ありがとうございました。


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