M.M 102年後のヒトたち




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
9 9 7 88 4〜5 2024/1/23
作品ページ(R-18注意) サークルページ(R-18注意)



<102年後という近未来を舞台にした、人間をテーマにした壮大なスケールの作品です。>

 この「102年後のヒトたち」という作品は、同人サークルである「幻創映画館」で制作されたビジュアルノベルです。幻創映画館さんは、コミケで新作が出る度に必ずプレイさせて頂くほど好きなサークルさんの1つです。これまでプレイさせて頂いたどの作品もテーマがハッキリとしており、また背景やBGMなど全ての要素がオリジナルとなっております。特に初めてプレイした「光の国のフェルメーレ」という作品に大変心撃たれ、今でも時々思い出して涙ぐんでしまう程です。描きたい事を妥協なく徹底的に描き切るスタンスの素晴らしさと大切さを、この作品から教えて貰いました。今回レビューしている「102年後のヒトたち」も、「光の国のフェルメーレ」の流れを汲む長編作品となっております。102年後という事で今より遥かに未来が舞台となっております。幻創映画館さんが思い描く未来の世界はどのような姿をしているのでしょうか、そしてそんな未来の世界でどのようなテーマを表現しているのでしょうか。楽しみにプレイし始めました。

 102年後の世界、そこはウィルスによって多くの人類が死んでしまい地上が侵略された為もはや人間は地下でしか生活出来なくなってしまった世界です。人間の数はウィルス侵略前の1/10000、それでも科学技術の発達で近未来的な都市が実現しております。特にマシナと呼ばれるアンドロイドとメイツと呼ばれる人工的に作られたヒトの誕生、そしてネバーエイジング(NA)と呼ばれる技術によって不老の身体を手に入れられる様になった事が、社会の価値観を大きく変えておりました。主人公のレイトも、80歳でありながらNAにより20歳の身体を持っております。かつて大切にしていた恋人との別れを経験したレイトは、60年間人と積極的に関わる事をしておりません。唯一傍にいるのは、恋人に似せたマシナのサヤのみ。そんなレイトに、新しい仕事の依頼がやってきました。それは、産まれたばかりのメイツに性教育を行う事でした。人との関わりを避けてきたレイトは、果たしてメイツを教育することが出来るのでしょうか。ユーとマウと名付けられた可愛い2人のメイツと1人の人間による、人間らしさを考えさせられる物語が幕を開けます。

 皆さんは、不老になれると言われたらどうしますか?私だったら間違いなく不老になる事を選ぶと思います。何しろ、若い身体のまま死なないんですからね。より沢山の時間を楽しむ事が出来ます。実際のところ、この手の話は世の中にたくさんあります。日本でも古くは竹取物語に見られますからね。そして、その殆どは不老になる事に否定的な結末です。限られた時間を精一杯生きるからこそ美しい、永遠の時間は退屈過ぎる、この様な結末となっております。今作の主人公は、既に不老になる事を選択しております。ですが、不死ではありません。死を選ぼうと思ったら、選ぶ事が出来るのです。もし皆さんが同じ状況だったら、果たしてどんな選択をするでしょうか。現在の科学技術では不可能な不老の世界、なる事が出来ないからこそ想像力を働かせて読んでみてください。そして、この作品の結末として主人公はどうするのでしょうか。そんなところも想像しながら読むと楽しいかと思います。

 そして、本作にはもう一つ取り上げているものがあります。それはアンドロイドと人工人間です。これもまた世の中で沢山取り上げられている題材かと思います。ですが、アンドロイドと人工人間の両方が存在する作品は珍しいのではないでしょうか。アンドロイドと人工人間、これもまた現在の科学技術では実現させる事は出来ません。果たして、作られた人間的な存在を前にこの作品の人間はどのような振る舞いをするのでしょうか。そして、アンドロイドと人工人間にどのような違いを見出すのでしょうか。アンドロイドは、つまるところ機械です。どんなに人間的でも感情はなく、プログラム通りに動くだけです。片や人工人間は身体的には人間と同じです。三大欲求もありますし、喜怒哀楽もあります。共通しているのは、人間の都合で作られて人間の商品として扱われている事です。タイトルの「ヒト」がカタカナであるのには、そうした広義の人という意味が込められていると思いました。この未来の世界での彼ら彼女らの扱いを見て、何か感じるところがあったら良いなと思います。

 その他の要素ですが、まずもって背景描写の細かさに毎度感服させられます。本作は102年後という近未来が舞台である訳ですが、そのイメージをしっかりと背景描写で表現しております。自動運転どころか空を飛ぶ車、頭でイメージすれば目の前の空間に浮かび上がるディスプレイ、ネオン眩しい街の様子、逆に無機質な建物内、これらをしっかりと描写してくれる事でこの作品で表現したい近未来をプレイヤーの皆さんへしっかりと植え付けてくれます。枚数も非常に多く、世界観をしっかり表現しようという気概を感じました。またBGMも全てオリジナルで、その曲数は20以上にもなります。近未来らしくサイバーな物は勿論、物悲しさや神聖さを表現している物もありとても多様でした。またエンディングはボーカル曲となっており、これもまた幻創映画館さんの十八番となっております。是非プレイ後の余韻に浸ってください。その他基本的な機能は揃っており、プレイに支障を感じる事はありません。マウスポインタが特殊ですので、少しだけ慣れるのに時間が掛かったくらいです。

 プレイ時間は私で4時間20分でした。この作品には選択肢がなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。サークルさん自ら長編作品と言っている通り、想定プレイ時間は500分=8時間20分となっております。恐らくボイスを全て聞いたオートプレイ想定と思われます。私はボイスを所々飛ばしてプレイしましたのでこの時間でした。それでも4時間以上掛かりましたが、途中章の変わり目で副題が入る演出がありますので、休憩するタイミングとして調度良いです。長い作品ですので、是非自分のペースで物語を噛み締めながら読み進めて頂きたいです。102年後の近未来という事で、沢山の固有名詞や前提条件の説明があります。まずはこれに慣れる事ですね。そして、その上で自分ならどうするかを想像しながらプレイしてみて下さい。素晴らしい作品でした、是非多くの人にプレイして頂きたいです。素敵な作品をありがとうございました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<誰もが尊厳を持っており、自分なりに精一杯の人生を生きました。その姿に感動しました。>

 最後、眩しく明るい地上の世界で体いっぱい使って喜びを表現するユーとマウを見て、本当この2人の主人がレイトで良かったなと思いました。ユーもマウもレイトも、自分に与えられた生を精一杯生きました。3人だけではありません、この作品は全ての登場人物が自分の生き方を見つめ自分なりの人生を生きた物語だと思いました。

 正直なところ、私は物語開始からレイトがどんな最期を迎えるのかにしか興味はありませんでした。不老になる決断をして最愛の恋人である小夜と別れ、80歳になるまでマシナのサヤと共に生きてこのタイミングでメイツであるユーとマウに出会いました。このままこの2人と一緒に暮らすのか、それともリディと結ばれて小夜との想いに決着をつけるのか、それともサヤと共に変わらない日常を過ごすのか、もしくはこのメイツとマシナが当たり前に存在する世界を壊すのか、こんな感じかなと思いながらプレイしていました。ですがエンディングはそのどれでもありませんでした。不老という人の断りを破った、神の領域に足を踏み入れた技術を用いたのです。そんな生易しい終わり方などではありませんね。ちゃんと自分の人生にケジメをつけて自分で決断して人生を締めくくる、やはりレイトは立派だなと思いました。

 この作品のテーマは、自分の人生を精一杯生きる事の大切さと誰もが尊厳を持っている事の2つだと思っております。自分の人生を精一杯生きる事については、もはや説明不要ですね。レイトは勿論、ユーもマウもメイツとして生まれた立場を理解しておりご主人様であるレイトに仕え続けました。しかしそれは強制されたものではなく、自分の意思で大好きなレイトに仕えたのです。だからこそ、ウィルスが蔓延しマシナが政府の命令で虐殺を始めてもレイトを守る為に奮闘しました。その結果として手を失い視力を失っても、傍に居ました。命が消える最後まで、ユーとマウはメイツとしての生き方を貫いたのです。傍から見たら辛そうに見えるかも知れません。ですが、2人の表情は穏やかでした。これが、ユーとマウの精一杯の人生でした。他にも、リディはマシナとメイツの生みの親としての矜持を最後まで持ってました。サヤはアンドロイドでありながら最後までレイトを心配してました。ライも自分が生まれた傍でやりたい事をやり遂げました。そして、小夜は人としての寿命を全うし大切な家族の傍で余生を過ごしてました。誰もが自分らしく、自分の人生を精一杯生きたのです。

 次に尊厳について、この世界ではマシナもメイツも人間に仕える存在として広く認知されておりました。その事実の是非は、ここでは語らない事にします。大切なのは、誰もがそれぞれの立場で尊厳をもっているという事でした。マシナはアンドロイドですので、ヒトには出来ない作業や環境でヒトの為に尽くしております。そしてその事は決して哀れな事ではありません。それはサヤの姿を見ていれば一目瞭然です。アンドロイドに感情はないかも知れませんが、サヤは何度も「もし人間だったら」と言っております。きっと、これがサヤの感情でありマシナとしての矜持なんだと思いました。政府の指示に従うのは、プログラムされているからです。それでも、レイトの指示も両立させて目的を達成する姿勢は見事だと思いました。そしてメイツのユーとマウとライ、かつて現実に存在した奴隷ですね。肌の色が違うだけで差別され商売として扱われる、そんな事はもはや現代の私達にとっては過去の歴史でありもう二度と起こらない事として思っている かも知れません。では、メイツのような存在が生まれたらどうでしょうか?私は、歴史は繰り返すと思います。そして、そんな扱いメイツが反抗するのは当然でした。それがライです。しかし、ユーとマウは反抗しませんでした。それは、レイトがユーとマウをメイツと認知しつつも大切にしたからです。立場が違っても相手を敬う事が出来る、それが尊厳を持つ事に大切なのかなと思いました。

 そして、物語の展開には驚かされっぱなしでした。ウィルスが蔓延する様子は、まさに新型コロナウィルスを始めとした過去の感染症流行そのものでした。そして人は、非常時になると普段決してしない決断も平気でするんだなと思い知らされました。心に余裕がある時はマシナもメイツも気にしないのに、それが無くなると急に差別意識が浮上するんですね。マシナとメイツだけではありません、ルメール人であるリディも同じでした。そんな人間の生々しさを全面に押し出した後半の展開に飲まれました。それでも精一杯自分らしく生きた皆さん、リディもサヤも後悔はしていなかったのではないでしょうか。そして生き残ったレイトとユーとマウが選んだのは、海が見たいという素朴な願いを叶える事でした。海を見るという事は地上に出る事、つまりウィルスに感染しまもなく死んでしまうという事です。ですが、それを3人は死に場所と決めました。死に場所を決断する、そんな事私には出来そうにありません。それが出来て、そして満ち足りた思いで死んでいった3人は本当に幸せ者だなと思いました。あの地上に出た時に流れるアメイジング・グレイスは本当にズルいですね!眩しい地上の背景と重なって、あんなの泣くしかないじゃないですか!

 102年経っても経たなくても、人が人らしく生きるには今を精一杯生きる事なのかなと思いました。その結果死が待っていても、自分でやり切ったと思えるならそれは幸せなのかも知れません。ましてや、ここが死に場所と決められる事はとても贅沢であり凄い事だと思いました。この作品は、レイトが自分の人生にピリオドを打つ物語でした。そしてその中で多くの人が悩み葛藤し、様々な決断と行動をしながらも自分の人生を生きました。その全員の生き方に敬意を持ち尊厳を感じる事、せめてプレイヤーである私が出来るのはその程度です。彼らの生きざまを見て、もっと自分の気持ちに正直になりそして目の前の人を大切にしたいと思いました。そんな、人生で一番大切な事を教えてくれた作品でした。このレビューを書いている2024年1月は、コロナ禍が明けたとはまだ言い切れず、能登半島地震が発生し、物価高で生活が苦しく、世界中で紛争が行われております。将来の人が見たら酷い時代と思うかも知れません。それでも精一杯生きて、少なくとも自分には胸を張りたいと思っております。素敵な作品を、ありがとうございました。


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